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100年前へと巻き戻るアメリカ

トランプが再び大統領に就任し、3週間が経過した。

昨年の大統領選での彼の勝利は衝撃的ではあったものの、同時に「あり得る未来」として想定されていたシナリオでもあった。

しかし、実際に彼が1月20日に就任してからの多くの動きと周りの動揺をここアメリカで見ていると、皆が想定していた「波乱」をはるかに超えた「大波乱」が訪れていることを実感する。

「トランプ2.0政権」がこの短期間で出した大統領令の数々は、単なる政策変更の枠を超え、アメリカという国の価値観や国際的な立ち位置を根底から揺るがすものばかりである。

そして私には、彼のこれらの施策が、アメリカを(良きにつけ悪しきにつけ)100年前の時代まで「巻き戻し」ているのではないか、という感覚がある。

「100年前のアメリカ」といえば、それは1933年にフランクリン・ローズヴェルトがニューディール政策「新規蒔き直し」を開始する直前の時代である。

「巻き戻る」アメリカに身を置く者として、現状を記録しておく。


トランプがもたらしたアメリカの地殻変動

あまりにも多くの大統領令が出ているため一つ一つのインパクトが小さく見えてしまうが、実際には多くの地殻変動が既に起きていることを、まずは振り返っておきたい。これらは、第一次トランプ政権とは比べ物にならないスピードとスケールで進んでいる。


「政府を効率化する」

「政府の効率化」を掲げるトランプ政権とイーロン・マスクは、連邦政府職員総勢200万人近くに一斉に退職パッケージを提示した。既に6万人以上がそれを受け入れており、このまま進めば全職員の2.5%が連邦政府を去ることになる。

同時に連邦政府から拠出してきたありとあらゆる団体補助金(教育機関からNPOまで無数の受領者が存在する)、総額1兆ドル以上を3か月間一斉停止する大統領令にも署名し、首都ワシントンD.C.は一時大混乱に陥った(その後この資金停止は一時的に凍結されることが決まった)。


「米国を第一に」

全世界の人道支援資金の40%を担っていた一大ドナーである米国政府はその資金提供を冷酷にも一斉に停止した(一部例外あり)。既に多くの支援の現場で支援の滞りが生じており、職員への給与が支払えないNGO(非政府組織)も続出している。

私のクラスメイトが働くNGOでは移民に教育を届けるプログラムを提供していたが、政府からの資金提供が突如停止。給与を払えなくなるばかりか、泣く泣く職員を解雇しようとしてもその退職パッケージさえ提供できないという深刻な状況に陥っている。

これらの国際協力を長年担ってきた政府機関である米国開発局(USAID)は全世界に1万人以上のスタッフを抱える大きな組織だが、政権は驚くことにこれを294人にまで削減する意向を示し(97%減)、既に一部職員には解雇通知が届き始めている。政府効率化省(DOGE: ドージと呼ばれる)を率いるイーロンマスクはこの機関そのものを解体することさえ主張し、米国開発局のウェブサイトが一時閉鎖にまで至るなど混乱が広がった。

さらに、国際協調から距離を置く姿勢も鮮明だ。

前回政権を取ったときと同様に、WHO(世界保健機関)、パリ協定、国連人権委員会からの脱退を相次いで発表し、パレスチナ難民を支援するUNRWAへの資金拠出も停止した。さらにユネスコからの脱退も検討している。

自由貿易にも逆行している。

2月2日、貿易協定(USMCA)を結んだはずのカナダとメキシコに対する25%の関税、中国を対象に10%の関税をかけると発表。その後カナダ・メキシコについては交渉の結果関税を延期するなど、関税を交渉の武器として使用する姿勢を見せている。実際、コロンビアがアメリカからの不法移民の強制送還を一時拒否した際には、トランプはコロンビアからの全輸入品に25%の関税をかけることを発表。コロンビアは慌てて強制送還民の受け入れを認めるに至った。


「多様性を終わらせる」

就任演説でトランプは、「連邦政府が認める性別は男性と女性だけだ」と宣言。性別変更を禁止する大統領令を出し、トランスジェンダーなどの多様性を全面的に否定した。すでに国務省のページでは「LGBT」の表記が「LGB」に変更されている

同時に職員の多様性を確保するためのDEI(Diversity, equity, and inclusion: 多様性・公平性・包括性)と呼ばれる施策を全て終了し、DEI関連の職務を行っていた職員は強制的に休暇を取得させられている。それに追随するようにメタやマクドナルドなど多くの米有力企業ではDEI施策の終了が発表されている。


「アメリカ合衆国を拡張する」

多くの人が想像していなかったのが、彼がアメリカ合衆国の領土的拡張に対して異常な野心を持っていることだろう。

デンマークが所有するグリーンランドの購入に意欲を見せ、住民から「ここは売り物ではない」と反論されたかと思えば、パナマ運河を「中国が運営してる」「取り戻さなければならない」と主張。さらにカナダを「アメリカ51番目の州にする」とのコメントも繰り返している(さすがにこれは冗談だと思いたい)。

極め付けには、ようやく長期停戦が決まったガザ地区について、「アメリカが所有して再建する。住民は別の場所へ再定住してもらう」とするパレスチナ人の自己決定を無視したコメントを発表し再びこの地域の緊張を高めている。


ここに挙げた以外にも、大規模な移民の強制送還指示連邦議会襲撃によって起訴された人々のほぼ全員へ恩赦の発出南部移民の合法的入国制度の廃止など、極端な大統領令が今も連発されている。


パフォーマンスも戦略のうち

前提として、これらの動きは全てが長続きするものではなく、「パフォーマンス」の要素が多分に含まれるものであることは指摘しておきたい。

たとえば、連邦補助金の一斉停止については、既にいくつかの訴訟が起こされている。補助金などの予算を管轄するのは大統領ではなく議会であり、彼の施策は議会の予算編成権と衝突するのである。

よって、この施策が実際に恒久的な政策として成立する可能性は低い。またパレスチナやパナマの領有構想も当然国際法に違反するため、国際社会の圧力や国内の法的手続きによって頓挫する可能性は高いだろう。

しかし同時に、その「パフォーマンス」自体が彼にとっての戦略なのであるということにも留意しなくてはならない。連邦補助金の停止が裁判所によって水泡に帰したとしても、「トランプやマスクは何か大きな変革をもたらしてくれる」「既得権益にメスを入れている」という(時に幻である)印象そのものは消えはしない。

政策そのものが失敗してもノープロブレム、成功したら儲けもの、そんな世界観なのである。

Carlos Osorio, Copyright 2024 The Associated Press. All rights reserved


ローズヴェルトが「蒔き直し」たものを、トランプが「巻き戻す」

さて、「歴史は繰り返す」とはよく言うが、今のトランプ政権を見ていると、歴史が「繰り返す」以前に「巻き戻る」現象が起きているように思う。

フランクリン・ローズヴェルトと言えば、1933年に始まる「ニューディール政策」でその名を覚えている人も多いだろう。「新規蒔(ま)き直し」とも呼ばれたこの政策は、今のアメリカの社会基盤を構築するために政府が積極的に社会に関与していくことを象徴するものであった。

今、ローズヴェルトが構築した社会の基盤を、トランプはまさに真逆のアプローチで一つずつ解体し、アメリカを100年前に引き戻そうとしているかのように見える。

政府の拡大から効率化へ

ローズヴェルトがニューディール政策の中で政府機関を多く立ち上げ、連邦政府の社会への関与を広げたのに対し、トランプは政府を「効率化」し、その関与を大幅に引き下げようとしている。彼が立ち上げた唯一の政府機関は何かといえば、イーロン・マスク率いる「政府効率化省(DOGE)」である。

福祉国家から自己責任へ

ローズヴェルトは失業保険・年金制度などの施策によりアメリカを「福祉国家化」し、高齢者や障害者への扶助を拡大したが、トランプは連邦補助金を停止し、DEI関連の取り組みも廃止することで、マイノリティの社会的な包摂の取り組みをリセットしている。

国際協力から自国優先へ

1947年、当時の国務長官マーシャルがハーバードでの講演で発表した欧州復興計画、通称「マーシャルプラン」は、今日のアメリカの国際協力の起源ともいえる存在だ。その後アメリカは全世界に支援を拡大し、今の外交上の地位を築いてきたわけだが、今回それを担う米国開発局が解体されるということになれば、その地位は100年前の更地に戻ることになる。そして、その空隙を埋めようと「中国版マーシャルプラン」が提唱されたとしても、現状何ら不思議ではない。

国際協調から保護主義へ

他国との国際協調の面から見ても、今のトランプの動きは1920年代後半から30年代前半にかけての保護主義・孤立主義を彷彿とさせる。国際連盟に加盟せず、世界恐慌の中でブロック経済に傾いた当時のアメリカと、国際機関から脱退し関税で貿易に歯止めをかける今のアメリカに相似点を見出すのは極めて容易である。

領土防衛から拡張主義へ

そして何より、トランプの「合衆国拡張主義」は、いかにも戦前の帝国主義的な覇権の広げ方ではないだろうか。自国を守るだけでは飽き足らず、グリーンランド、パナマなど、要衝の領土そのものを獲得し拡大していくという姿勢。これはもはや100年前ではなく、19世紀さえ思わせる国家の拡大手法である。

こうしてみると、トランプ政権がまさにニューディール政策以前のアメリカへと立ち返っているように思えてならない。「蒔き直し」以前への「巻き戻り」。そんな地殻変動が起きている。

イーロンマスクお手製のGrokによるトランプ大統領


再び「蒔き直し」は起きるのか

トランプの「新規巻き戻り」政策はどこまで続くのだろうか。

巻き戻った結果、今までとは違う形で繁栄するアメリカが現れるのだろうか。あるいはもう一度、誰かが「蒔き直す」のだろうか。だとすると、それは誰なのだろうか。

今ハーバードでも毎日のように議論が行われているが、このあまりにも予測不可能な男たちを前にして、一年後の未来を予見できる人さえも、まだ現れていない。


ではまた。

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