旅と本
本が好きです。でも日々の生活の中、なかなか読む時間がない。いや、ないのではない。優先順位でどうしてもやりたいことリスト上位に入れず、いつもギリギリ圏外。それが私にとっての読書なのです。旅もそう。まとまった時間があれば行けるのに、娘たちがわらわら笑笑童童いる中で、いつ、どう行くのか、旅なんて行こうとすら思っていないのが現実でした。
それが、たまには行けるもんだ。
本当の本当なら、私はしんしんと雪降る日本海側で、一人しっぽりと、温泉旅を楽しむ予定であったのです。文豪志賀直哉が湯治に訪れた、城の崎へ。雪深い日本海の冬はさぞかし身に沁みるだろう。それをあったかい温泉に浸かりなぐさめ、志賀直哉がもの思いに耽りながらあるいたその道を、私も歩こう。小さな水路のコンクリに、コツンと石を投げてみるのもいい。宿は若い娘さんが後を継いで始めたゲストハウスで、旅人たちと共用の部屋へ泊まろう。それがいい、それがいい。私は一人妄想を膨らませ、いそいそと旅の準備をしていたものです。
3人娘の母親が、冬の平日になんでこんなことができるのか。それは娘たちが祖母と東京のデズニーランドに行って泊まるという旅を計画したからなのです。母、2日間、終日自由行動。こんなチャンスは滅多にない。ありがたやありがたや。そう思っていましたのに。ほんとうに直前に、娘の飛行機搭乗拒否(怖いから)の話が持ち上がり、急きょ一人分をキャンセル。姉ちゃん、妹、祖母に親戚の子は飛行機だから、母は搭乗拒否の娘を連れて新幹線にて地道を走り、デズニーランドに送り届ける、という使命を果たさねばならなくなったのでした。こうして私の温泉旅の夢は、見事に転がり砕かれ、散り散りとなったのです。もうよい、またきっと行ける。すっぱりあきらめざるをえなくなった私は肚を据え、娘を送り届けてのち、日本の首都東京へと降り立つことになったのでした。ここで二日、終日自由行動。それはそれで非常にいいものになりました。行く先は変わろうとも旅して読書はできたのです。
また今回の、ままよと行くことになった東京旅で、私の大事なたった一人の妹にも久しぶりに会え、ゆっくり話ができたのもよかったのです。齢四〇になろうと幾つになろうと、私たちは日々思い惑い、人生いろいろあるよなぁ。実は妹は最近悶々と悩んでおり、電話では聞いていましたが会って聞くにつれ、またそう思わずにはいられないのでした。妹は結婚していて子供がおらず、それが苦しい寂しい悲しいと。そう思いながら暮らしていたら、新しい男が現れて、あたしの心を包み慰めてくれ、すっかり好きになってしまったんだ、と。うんうんと聴きながら、そうなのね、そんなことを思っていたのね、と私。あの人と一緒になりたい。ああ、苦しい、と妹。幼稚園や小学生の頃から本質的なことはきっと何も変わらないだろう私たち。私はいつもどこでも元氣いっぱい、毎日友達と遊びに夢中で動き回っていました。妹は内弁慶で恥ずかしがり屋、今も人と気軽にお話ししたりするのに苦手意識があります。そんな彼女が一人地元を離れ、東京へ。旦那さんの帰りが遅い毎日に、一体どれほど心細い思いをしていたのだろうと思わずにはいられませんでした。
幼少の頃の瞳は柔らかで光に溢れている。大人になるとそれはたちまち固くなり色を失う、、、たしか泉鏡花がそんなことを言っていたっけ。私たちの瞳は今、この景色を、一体どんな色で見ているんだろう。
妹と待ち合わせた駅前の小さな書店で、美しい哲学者池田晶子氏に出会うこともできました。書店員おすすめの本の中にふと、置いてあって手にして読んだらものすごくよかった。そのまま彼女も私たちのところへやって来て、妹の話を聞いていたに違いない。あんたの苦、あたしの苦がどうかなくなりますように。みんなの心のとげが、どうか取れて往きますように・・・。何年か前に読んだ「とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起」を、思い出しました。あすこに行こう。巣鴨だって。身体の悪いところや、苦しい思いを持った人々が訪れ詣り、それが少しでもよくなるよう祈る場所だって。私も行ったことはないけれど、おじいさんおばあさんの聖地だって。妹を誘いましたが断られました。だから私一人、翌日詣ることにしました。
コロナという流行り病がそこら中にいました。そんな東京であっても、夜は私たった一人が入るお店がないくらい混み合っていました。みんな元氣です。そう、コロナの人もいるけれど、そうじゃない人は元氣に遊べばいいのです。やれやれぃ!もっとやれぃ!頼もしや!と思いながらやや疲れてきて、吸い込まれるように入った赤提灯のお店。お店の方とおしゃべりしながら楽しく呑んでいると、常連さんがどやどやと入ってくるやいなや、ワンワン泣き出して、つい最近亡くなったお仲間を偲んでいらっしゃる。みんなで偲んで乾杯だ!と私まで入れていただきました。シマさん、どうかあちらでもお元氣で!いい仲間に恵まれた素晴らしい人生でしたね。また別のお客さんからは、「巣鴨行くなら、アジフライと塩饅頭をお食べ」と教えていただきました。
次の日巣鴨へ行くと、コロナはここでも出て、昨日までは営業自粛、お参りもできなかったそうです。今日からいいよ、という運びでした。詣り方は白いタオルを買い、水に濡らし、それでお地蔵さんを撫で清めるようです。一人ずつ、一家族ずつ、みんな順番を静かに待っている中に私も混じって、詣らせていただきました。人も少なく、男も女も、車椅子の方は撫でる時家族に少し腰を浮かせてもらいながら、みんな一心に撫でさすっていました。私は並んだ時タオルの存在を知らず、そのまま素手で触れました。水に濡れて冷たく、固いお地蔵さん。たくさんの人の痛みや悩みを一身に受け止めながら、ひっそりぽつんと立っていらっしゃる。いつもありがとうございます。どうか妹の心のとげが往きますように。そう思いながらさすりました。普段あまり食べないアジフライ、しかも3枚!に胃もたれしました。もたれた胃に塩饅頭は厳しく、おみやげにしました。帰りの新幹線でそういえば、と取り出した本は、ヘミングウェイの「老人と海」、斎藤幸平氏の「人新世の『資本論』」でした。これからもこうして出会った本に導かれて旅をするのかもしれません。ということは次はメキシコの海?胃もたれはとげ抜き地蔵さんのいる鳥居横の七味が抜群に効きまして、嬉しやら物悲しいやら、なんだかしんみりとしました。七味はひょうたんの入れ物と共に、今我が家に鎮座しております。とげはどうなったろう?刺さったままでもいいじゃないか。どのようにも思うまま進んでおゆき、妹よ。幸あれ。 二〇二二年二月 記 増田さやか
「とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起」 伊藤比呂美 講談社 帯より