応用生態工学第20回日韓セミナー#3 河川を対象とした工学分野と生態学分野の研究者・技術者の交流
2024年7月25日、26日に韓国ソウル市の延世大学(Yonsee University)で開催された第20回日韓ジョイントセミナーに参加したレポートです。
日韓セミナー(韓国側では韓日セミナー)とは?
2005年の応用生態工学会ニュースレターには、第3回のセミナー(名古屋開催)についてこんな紹介がされていました。(太字は筆者による)
また、第20回となりソウル開催である今回の会告文は、こんなことが書かれています。(筆者が適当に和訳)
初期の頃から現在まで、一貫して、生態学分野と工学分野の研究者・技術者が集まって河川管理のことについて最新の知見を交換する、という意味では、日本の応用生態工学会に近いマインドの集まりであるといえます。
第20回のプログラム概要
今回は、ソウル市中心部に近い延世大学での開催でした。
1日目がエクスカーション(現地視察)で、漢江ダム、火砕流平原、Hantan-gang Sky Bridge、Bidulginang滝、Imjin-gangの柱状節理…といったジオ系スポットが並んでいます。私は当日の昼頃に仁川国際空港に着いたので,残念ながらこのエクスカーションには参加できませんでした。
2日目がセミナー本番で、1時間4発表の口頭発表セッションが×3(計12名の発表)と、ポスターセッションがありました。
今回のセミナーの振り返り
参加者の顔ぶれ
今回12題の口頭発表のうち、5題が日本側、7題が韓国側でした。韓国側の参加者は、大学の研究者が4題、KICT(Korean Institute of Civil Engineering and Building Technology)からの発表が3題ありました。プロシーディングスでは大学名義でも名刺交換したらKICTになってた人や,その逆の人もいたので、韓国では国の研究機関と大学の行き来が多いのかもしれません。
日本からは、徳島大学の鎌田先生、河口先生、名古屋大学の田代喬先生、椿涼太先生、摂南大学の石田裕子先生、岐阜大の原田(私)です。あと,徳島大学の学生さんも参加されてました.
このコミュニティを牽引してこられた日本側メンバーは、徳島の鎌田先生、京都の竹門先生、名古屋の辻本先生と聞いており、よくよく見ると、私以外のメンバーはこの3人の先生方の御弟子さんあるいは同僚でおられますね。
韓国側の発表で印象に残ったもの
日本側メンバーの発表内容はさておきまして、韓国側の発表は全体的にクオリティの高いものが多かった印象があります。(日本側も,もうちょっとちゃんとしないといけないのでは?なんて…)
Drag Coefficient for Vegetative Flow Resistance due to Riparian Woody Patches (Eunkyung Jangさん)
河道内の植生が流れに及ぼす抵抗の表現について、丁寧な水路実験で検討されていました。植生の抵抗モデルについては、さまざまな既往研究が示され、それぞれのモデルの適用性について検討されているのが印象的でした。
Eco-morphodynamic Modelling: present state and future perspective (Hun Choiさん)
河道内の植生の定着・成長等を組み込んだ平面二次元解析モデル(HECを使用)の開発のプロジェクトと今後の見通しについて、迫力のあるプレゼンテーションでした。
河川の洪水の流れの邪魔をする樹木(主にヤナギ類が多い)は河川管理の大きな課題であり、日本でも同様の議論がありますが、Choiさんのモデルは、過去の対象河川の10年くらいの河道内植生の挙動をかなりいい感じに表現しており、完成度の高い研究だな、と感じました。
私が質問させてもらったのは、日本ではヤナギ、タケ、ハリエンジュが三大樹林化要因だが、本研究でVegetationとされているのは主に何か?という点と、植生による定着(種子散布)や成長プロセスの違いはモデルで考慮されているか?という点でした。
韓国の河道内植生は主にSalix(ヤナギ類)とあともう一種聞いたことのないやつで、主にヤナギを対象にモデリングされているようですが、定着のプロセスや種間の競合等は考慮されていないとのこと。
全体的によくまとまった技術になっており、資料を是非見せてほしい、とお願いしたところです。
Hydro-morphodynamic Simulation for Phisical Habitat Simulation (Sung-Uk Choi先生)
延世大学のChoi先生は、Yongdamダム下流12.8km区間で進行する粗粒化を、HEC1Dで混合粒径条件で計算し、カワムツっぽい魚のSI(Suitability Index)を用いて、適地の縦断分布について議論されてました。
学生の頃からPHABSIMに親しみ、混合粒径の河床変動を扱う私からすると非常に親和性の高い話題で、興味深く拝聴したところです。
感心したのは、HEC1Dの一次元河床変動解析の計算結果がかなり当たってる(河床変動量、河床表層の粗粒化したあとのGSD; Grain Size Distribution)ことで、後でChoi先生に聞いたところ、HEC1Dに実装されている流砂量式を色々とテストして一番合うのを選んだとのこの。
写真にもあるカワムツみたいな魚の、流速、水深のSIカーブを使ってPHABSIMを行っていましたが、せっかくの河床材料の情報が評価に使われてないのと、カワムツの実際の分布の検証がされてないのが少しもったいない感じがしました。
Impact of turbid water on benthic macroinvertebrates and fish in Pukhan River basin (Mikyoun Choiさん)
Choiさんの発表では、韓国が実施している河川環境調査データを使って、濁度が大型無脊椎動物(簡単にいうと川の底生昆虫の類)と魚類に与えている影響を分析しようとしておられました。まだまだ研究はこれから、という感じでしたが、会場にざわめきが起こったのは、その分析対象となっている研究データです。なんと、流域全体で180点、一年に2回、魚類と底生昆虫の種リストが得られる調査をしているようです(詳細は不明)。180点!という数字を聞いたとたんに、会場にざわめき(主に日本側から)が起こりました。
Choiさんは京大におられた竹門先生のお弟子さん!ということで日本語もお上手でした。
Classification of River Surface Coverings in Korea Using Sentinel-2 Image-Based Random Forest (Seonggi Anさん)
Seonggiさんは大学出てKICTに就職して2年目!という若手で、飲み会で隣だったので色々と聞いたところ、学生時代は韓国の東側の山地でStep & Poolの研究をしていたという有望な若者です。
そんな河川地形学、ジオ好きな彼は、衛星画像を使って地表面の分類をRandom Forestモデルを使って行うという、なんとも最新の研究をしていました。正答率まできちんとチェックしていて、筋の良い仕事だなと思いました。
ちょっと気になって質問したのは、分類しようとしている地表面の区分が、ちょっと粗い区分だったような気がして、その点について聞いたところ、既に出ている論文か何かを参考にやっているようでした。日本の河川水辺の国勢調査や植生基図のような群落レベルの分類ではなく、樹林地や草地程度の分け方でした。もう少し詳しく聞いてみたいなぁ。
研究機関に来て2年目の若者がこうやって英語で頑張って発表しているのを見ると、うれしいものです。
Stream Restoration Assessment in Urban Ecological Park Using Fish Community and Food Web Indices (Yerim Choiさん)
Choiさんがなんだか多い集まりですが、Yerim Choiさんの研究は、全ての発表の中で最も生態学的に筋の良いご研究だな、と思いました。自然再生目的でワンド等を再生した都市近郊の中小河川の魚類群集や、その餌生物等について、群集の類似度や多様度だけでなく、同位体分析を使って食物連鎖についても分析していました。研究デザインが美しい…
自然再生サイトが外来種(コクチバスみたいなの)のたまり場になっており、他の生物を相当喰ってるっぽいことを指摘していました。自然再生が外来種のネストにならないように留意が必要である、というメッセージがありました。
あと一件、堤防の浸透流の研究なさってる方が発表されてましたが、やや場違いな感じではありました。
最後に、延世大学のChoi先生、日本側からは徳島大の鎌田先生から、総括のコメントがありました。鎌田先生の総括は、韓国側、日本側の研究発表の内容の全体像を総括するもので、研究相互の関係性を明らかにするものでした。いぶし銀。
日韓セミナーの感想
大変充実した一日でした。韓国の河川管理や河川環境研究について、印象的だって点をいくつか。
河川管理の課題感は、日本と韓国でとても似ている。しかしところどころ違いもある。土砂生産量が相対的に少なく、ダム貯水池のポケットが大きい韓国では、ダム堆砂はそれほど大きな問題になっていないようだ。また、温暖化影響としての河川水温に対する問題意識はまだないようだ。(KICTのKimさんとの議論を踏まえ)
KICT(韓国の土木研究所)が研究機関として大変頑張っている。大学はむしろ、基礎研究寄り、学術研究を行っているようだ。大学とKICTの人の行き来も盛んにおこなわれているようだし、何よりKICTの研究者が国際的な場面に出てきている。日本では、国交省組織として国土技術政策総合研究所と、国立研究開発法人土木研究所がありますが、平成10年頃に独立行政法人改革で2つに分けてしまった。国総研も土研も忙しそうではあるが、日韓セミナーにも参加してもらうと大変良い刺激が得られると思われる。(日本は全体的に内向きすぎやしないか。)
新しい技術をどんどん試している。KICTが新技術のインキュベーターの役割を果たしており、現場実装の一歩手前をやっている。これが本来国の研究開発機関が果たすべき役割の一つだろう。個々の技術では濃淡があり、日本では環境DNAはかなり普及したが、韓国ではまだあまり使われていないようだ。
国営の調査内容などを見ると、日本の河川管理からいいとこどりをしているようにも感じる。日本の河川行政も合理性を発揮して、見直しすればよいと思う。
日韓セミナーという場そのものについての感想としては、
大きな国際会議よりも、少ないメンバーで密な交流ができる点はとても良い。
学生や社会人ドクターの人がより大規模な国際会議に向けて英語プレゼンの練習をする場面としてもオススメ。
日本と韓国の河川管理の問題意識は結構近い(違いも当然ある)ので、議論が深まりやすい。
個人的には、国の研究機関であるKICTの方々のミッション意識とかなり近い感覚をもっており、共感するところが多かった。
アジアの隣国であるし、政治的には色々あるだろうが、仲良く、良きライバルとしてやっていけばいいんじゃないかと思います。来年は日本開催らしいので、日本側からも多くの方々に参加してもらえるように働きかけをしようと思います。 この記録が何かの役に立てばよいなあ…。
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