社会を動かす約40年の戦い。日本最大の産業廃棄物不法投棄事件の地である豊島に行ってきた。
2024年10月の衆議員選挙、岡山1区で立候補し次点で落選したハラケンです。
どう考えても、あり得ない91万トンもの不法投棄
先日、友人に誘われ岡山県の向かい、香川県豊島(てしま)に行ってきました。県が違うといえど、岡山県玉野市の宇野港から船で30分ほどで行くことができる場所。
この島は、1970年代から、豊島事件と呼ばれる大規模不法投棄に見舞われ、ようやく1990年に不法投棄が取り締まられました。その量なんと91万トン。
そして2000年に調停が成立し、知事が謝罪。
2019年に産廃と汚染土壌が撤去され、2023年に地下水の排水基準達成がなされました。
不法投棄を行った業者は過去に様々な問題を起こしていて、この豊島への産業廃棄物の持ち込みに関しても、あり得ない屁理屈を付けて県に持ち込みの許可を申請。県側も屁理屈だとわかりながらも、業者の圧力等へのおそれから結果的に産業廃棄物の持ち込みを許可してしまいます。住民の大反対の声は届きません。
そしてその後廃棄物の持ち込み・投棄が進み、住民の健康被害もたくさん出たにも関わらず県は全く動かず。
最終的には、香川県ではなく兵庫県警の摘発によりようやく不法投棄が止まります。
不法投棄が止まったあとも進まなかった原状回復への道
1990年に兵庫県警の摘発により、不法投棄が止まったあとも戦いは続きます。県に責任を認めさせ、国に対しても原状回復を求める公害調停をお越します。島の人たちは豊島を飛び出し、香川県全体、そして東京でも様々な活動を行い続けました。その過程で、中坊公平弁護団長とともに過酷な戦いを続け、島の住民から県議会議員を出すことで議会の中でも戦いました。
そして、ようやく2000年に知事の謝罪・調停成立になります。
この間、島の住民に対しての心無い声が、一般の方や地位のある方からも沢山届いたそうです。
「あいつらの島の原状回復のためになんで税金をかけなければならないのか」
「自分たちが賠償金をもらって儲けたいんだろう」
といった内容の声だそうです。
社会を動かすには時間がかかる(こともある)
今回は薄謝をお支払いし視察という形で訪問。
住民会議の方に現地や資料館を案内していただきました。
様々なことを感じた中でも、強く思ったのは
「社会を動かすには時間がかかる」ということ。
この豊島事件の場合は、そもそも県が業者に許可を与えたこと自体がありえない話です。
そして、不法投棄が続く中で、香川県が動かず、兵庫県警が動いたことでようやく止まった。
ほんとうに理不尽な話です。それでも、県が責任を認め、原状回復に進むまでの多くの時間がかかっています。
本当は「時間がかかってはいけない」話だと思います。でも悔しいかな現実は30年以上の戦いです。
時間のかかる戦いを諦めずに進めてこられた住民の皆さんを心の底から尊敬します。
ぜひ、みなさんも豊島に足を運んで話を聞いてみてください。
この事件のことを知ってください。
現代への教訓
豊島事件自体も、未だに現在進行系です。産廃が置かれていた場所はまだ一般立ち入りができない状況。
そのうえで、現在進行系の豊島事件からの教訓をいくつか書いてみます。
・行政、政治は万能ではない。
今回、行政側は業者側の悪質性を一定程度は理解していたにも関わらず、様々な許可を出し、業者を後押しした。
更には、他県である兵庫県警が摘発しなければ不法投棄は止まることがなかったかもしれない。
香川県政の大きな汚点だと感じています。あり得ない。
・でも、政治も力。
住民の方が香川県議会に立候補し当選し、議会で問題点の指摘や原状回復への要望をすることにより行政も動いたと感じます。
また、厚生労働大臣として菅直人氏が、総理大臣として橋本龍太郎氏が、豊島の現状に危機意識を持ったことも国の動きの変化に繋がりました。
政治の力はやはりあるんです。
もちろん、政治の動きを起こした住民の力があってこそです。
・日本、世界の廃棄物対策等が大きく変わった
豊島事件をきっかけに、産業廃棄物や公害に関する様々な法規制が進んだと言われています。
・それでも環境問題・公害問題は続く
水の汚染のPFASの問題が全国的に大きな問題になっています。
あるいは、私の活動地域の中での産廃処理場と地域の安全・安心・環境の話での懸念の声も各地で聞いています。
豊島事件と同じことを起こさせないために、法整備・政治や行政の力が必要。
そして、豊島事件を他人事と思わず、いつ自分の身近で起こるかわからないものとして捉えなければならないと感じます。