携帯ショップのお姉さんとの戦い/日記

こんな寂れた田舎にも一応ショッピングモールはある。
地元の客しか来ないから閑散としているけども逆に限られた需要に完全に答えて小さくまとまっている。今や電気水道ガスに並ぶライフラインを販売する携帯ショップもそんな需要の一つだ。

兎にも角にも、モール内を闊歩していたらそんな携帯ショップのお姉さんに声をかけられた。 

 太陽のように明るい笑顔が特徴で、あんまりデザインがイケてない販促用のTシャツですらよく似合うお姉さんだった。

内容を要約すると「お兄さん、今時間ありますか? 〇〇モバイルに変えませんか?」というよくあるやつ。 

一応「変えるつもりはありません」と断ったのだがお姉さんの押しが強くお店の中にホイホイついて行ってしまった。ついて行ってしまったのが運の尽きである。

お店に入るとかっこいいお兄さんがタブレットを持って待ち構えていた。

「あっ、どうぞお座りください」

四人がけのテーブルに通されてお兄さんの正面に座る。

なぜか横にはさっき声かけてくれたお姉さんが座った。お前の役割はもう終わっただろ。

然して、座らされるのか…あぁ、これはしつこいやつかもしれないと思った。

流されるがままに店に入った自分を恥じた。

モールを楽しげに歩くおばさまたちの「かわいそうにな」の一瞥が尚更そのように感じさせた。

 そもそも私は携帯ショップの店員にそこまで良い印象を持っていなかった。
むしろ「客の無知を利用して不要なオプション乗っけまくって掠め取ろうとする悪」とさえ思っていた。

 だから最初から少しだけ喧嘩腰に構えてしまっていた。

お兄さんに言った。

「回線速度はどれくらいですか」

もちろん、本当に気になっていた訳では無い。
お前のところのキャリアの回線速度は今のキャリアより悪いから変える気がないよという話に誘導しようとしたんだ。

 全くもって逆効果だった。

お兄さんは目を輝かせて言った。「うちの回線は一番早いんですよ!」  

刹那。お兄さんを起点として溢れんばかりの自信がモールに満ちた。

「なんかそういうデータ」を手に入れた時のひろゆきを前にした気分である。勝てる気がしない。

お兄さんに気圧され急速に自分の論に自信を失う。

(ハリー・ポッターとヴォルデモートの墓場での魔法対決ぐらいの感じがイメージしやすいだろう。もちろん私がヴォルデモート側である。)

この間、実時間にして3秒。決着がつく。

「アッ…ソッスカ‥ヘヘ」

およそ人間の出せる最も情けない一声を持ってしてこのラウンドは終了。

話の持っていき方を完全に失敗した。さっき喧嘩腰に言ったばかりに恥ずかしさが2乗である。

隙を見せてしまったがために、ここからお兄さんの勧誘が少し強引になってきた。(このときお姉さんは手持ち無沙汰だったらしく私の横でなんかのおもちゃで遊んでいた。かわいかった)

 10分ほどのお兄さんとの問答、否、格闘が続いた。

地獄はここからである。

キャリアを変えたくない理由を聞かれた。先程の反省を踏まえて答える。「 めんどくさいんで」
ははは、どうだ。そっちが理論武装ならこっちは感情論と主観で攻めるぜ。

しかし、お兄さん、再びの ひろゆきモード

「めんどくさい、よく言ってくれました!」

え?まさかこれに対抗する手札を持っているのか?嘘だろ。一瞬にして思考が停止する。

「僕は男なんでアレですけど女性の店員が丁寧に全部やってくれますし、わからないことあったら説明してくれますから」お姉さんもニコニコして頷く。
「エッヘン、私にまかせてください」そんな言葉が聞こえてくる気がした。

・・・・・ 拍子抜けである。

なぜそんなことで対抗できると思ったのか。そもそもキャリアを変える手続きに女性とか丁寧さとか関係ないでしょ。色んな考えが溢れ出す。

しかしその1秒後に完全に理解してしまった。

他に店員さんがいたのに、お姉さんが声をかけてきた理由も、隣に座って遊んでる理由も、あるいはお兄さんがそんな理由で説き伏せられると思ったのもきっと「そういうこと」なのだ。

ショップからすればかわいいお姉さんの甘い勧誘に乗ってきたハエである。

―  かわいいお姉さんが横に座れば断りづらかろう。
―   こいつが今、喧嘩腰なのは相手が男だからだ。 

彼らはそう思っていたに違いない。

若いお姉さんにだけデレデレするジジイと同じ扱いである。

強く不快感を覚えた。このやり口に、ではなく「ホイホイついていったハエみたいな自分」にである。

お兄さんと戦うまでもなく最初から勝負など決まっていたんだ。お姉さんとの2分程度の立ち話。これこそが勝負だった。お兄さんとの30分は単なる感想戦でしかなかった。

横柄な態度をとり、恥の上塗りを積み重ね、挙げ句には、自分がどのように認識されているのかを理解する。

果たして 私が対峙すべきだった相手は、お姉さんでもお兄さんでもなく自分の心の醜さなのかもしれなかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?