単身中国に留学 カルチャーショック編

前回から続き。
現嫁さん(当時の彼女)の実家に赴きまして言葉の壁を感じた初日。
そこに住んでいるのは、彼女のお父さん、お母さん、お兄さん、お兄さんの奥さん、その息子さん2人(当時13歳と4歳)と娘さん(5歳)、こんなご家庭でした。
家は山の中腹通りに100~200mに1軒建っているうちの1軒。
平屋で木造、庭が10m×8mほどで、軽いスポーツは出来そうな広さ。
お兄さんのお子さん達は標準語が通じる為、話し相手は子供達のみ。お父さん、お母さん、お兄さん、お兄さんの奥さんは、貧困だったそうで学校に行っておらず、標準語が出来ないらしい。こちらの言う事は理解しているっぽいけど、返ってくる言語が理解不能。その度に子供達が通訳してくれる。通訳と言っても中国語なので、四川語山奥訛り→標準中国語→日本語に変換といった感じで脳内が落ち着く事は無かったです。

ここでの暮らしは、自分が育ってきた環境とは違っていました。
まず汚い話になりますがトイレ。豚小屋に10頭弱の豚さんがいるのですが、その豚部屋の柵の外に、溝が掘ってあり、その溝がトイレです。溝の行く先は肥溜め(見えない)。
大をする場合、「ブヒブヒ」と声が聞こえ、柵から豚がケツを見てくると言う状況。慣れるまで3日かかりました。
お次は料理。見た事もないほど巨大な中華鍋(直径約1m)が2つ並んでいる。
1つは人が食べる料理を作る鍋。もう1つは残飯を煮込む豚用鍋。をガスではなく焚火で調理する。こんなデカイ鍋でも作る量は普通の中華鍋と同じ。デカイ理由がわからない。
料理は家庭中華料理で、絶品まではいかないけど、美味しかった記憶しかない。
お次は風呂。湯船など有るはずも無く、豚小屋の横にある洗濯機がある部屋がお風呂場でした。シャワーなんていうオシャレアイテムはなく、バケツに湯を溜めて、そこに持っていってタオルで洗う。お湯の残量を気にしながらのお風呂は貴重な体験でした。
夜の就寝タイムは21:00。平屋ですが、部屋は5部屋あり、私の寝る部屋も用意頂けました。木造りのベッドでした。寝心地は普通。
寝る前に、30羽ほどの鶏を家の中に入れ、入口施錠。
鶏は盗まれるらしい。
この鶏達が毎朝6:00ピッタリになると鳴きます。
携帯のアラームよりも早く鶏に起こされ、私にとっての早朝からお掃除が始まる。お母さん、お兄さんの奥さん、その娘さんが忙しなく掃除している。
彼女は豚の餌となる草を切っている。
お兄さんは下山して仕事。
余った人員のお父さん、私、子供達は、牛の餌確保の為、竹籠を担いで登山30分。着いた場所は牛が食べる草があり、これを鎌で刈って、小さく縛り付け、竹籠に詰めれるだけ詰める。
これを担いで、家まで下山するのですが、これがまた重いのです。体力に自信のあった私ですが、途中で膝が泣き出す始末。お父さん、お兄さんの長男、次男は、平然とした表情で担いでいました。
ここは四川省山の中腹、小さな子供含めた一家全員が働いています。ご褒美なんて勿論ないのに、子供達は文句1つ言わず、これが当たり前と言わんばかりにお手伝いしていました。

長くなりましたので続きは次回。
最後まで読んで頂きありがとうございました。

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