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空想彼女毒本 #11

#11  高井戸葵

高井戸葵

新宿西口のとんかつ屋、豚珍館で相席になり、「ここの豚汁美味しいですよね」「お代わりもできるし好きなんです」と。「でも華奢なのによく食べれるね?」と言うと「こう見えて私、肉食なんです」と、持ち帰られ、何度もおかわりを要求された。
この世で1番美味いとん汁は?と問われれば、迷いなく新宿西口の豚珍館のとん汁と答えるほど、とにかくとん汁の美味いお店。当然とんかつも美味いのだが、とん汁を食べたくて行くほどに、とん汁の美味さが抜きん出ている。何よりご飯ととん汁がおかわり自由なのはたまらない。日大の相撲部だったら何杯おかわりするんだろうと心配するほどだが、とにかく狭いお店で、狭い階段を上がった2階の店内に、日大の相撲部の人は中々入りづらいかもしれないが。もう一つ、とにかくお客さんの絶えないお店で、その狭さから、よく相席になる。相席になると気になるのが、相席になった人が何を頼んでいるのかと、とんかつのソースが、辛口と甘口とあるのだが、どちらをかけるのか、また、ブレンドする場合の割合は?と、人の食べているものが気になるのは仕方ない。キャベツにはドレッシングも有るのだが、ボクはとんかつソースの辛口、甘口の両方をブレンドしてかけるのが好きだ。前に相席になったサラリーマンの方は、熱々のとん汁に、付け合わせのキャベツを放り込んで食べているのを見かけたが、食べ方は人それぞれだし、性格というか、人の欲望が露わになる。それは夜の営みを覗き見しているのと変わらないのでは無いかと思うほどに、貪るように食べる人や、綺麗に食べる人もいるし、箸の使い方もそうだし、食べ終わった後の箸の置き方なんかにも、性格というか、性癖も垣間見える。
先日もとんかつが食べたくなり向かったのはやはり豚珍館だ。狭い階段に数人並んでいる人が居たので、相席になるかなと思いつつ、今日は何を注文しようかと、そう云えばここは相席居酒屋が出来る前から普通に相席になってたんだろうか。昔はそういう事も当たり前で、そんな出会いもあったんだろうななんて考えながら。今は人と人との関係が希薄になりがちで、出会うための場所が用意されて、それが商売になっている。
順番が来ると、お店に入ると同時に注文を聞かれる。決まってなければ、決めてからの入店になる。そう云う店独自のルールというか、もはやこのお店の作法は、何度か今日うちに身につけている。
「ご注文はお決まりですか?」
「とんかつで」
「相席になりますが、よろしいですか?」
「はい」
と、席に案内されると、ボブカットの細身の女性が、とん汁を美味しそうに食べていた。そんな彼女をいいなと思いながら見つめてたのがバレたのか席に着くなり、彼女の方から、
「ここのとん汁美味しいですよね。」
と牽制球が投げられた。気付かれている、完全に凝視してたのがバレている。しかし、呼び水かもしれない。先手必勝で、踏み込ませないための牽制球か、呼び水かまだ判断はできないが、
「そうですよね、とんかつ食べに来るというよりもむしろ、とん汁食べに来てますよボク。」
「ですよね。お代わりもできるし好きなんです。」
「華奢なのによく食べれるね?」
「こう見えて私、肉食なんです。」
と、出会って数秒ですでに手玉に取られる。牽制球だったはずの球とボクとで、お手玉のように弄ばれているでは無いか!と胸踊る。が、単にお肉が好きなだけとも限らない。そんな事を考えている時点で彼女の手中だ。
「よく食べる人好きですよ」
と、聞かれてもいない事を答え出す始末。彼女は慣れた感じでまたも
「ありがとうございます。同性の友達とは中々食が合わなくて、私ホントによく食べるんですよ。」
「確かに、ここに女性1人で来るってのは中々だとは思いますよ。普通に量多いですもんね。」
「そうなんですよね、だから、1人で来るしかなくて。」
「彼氏とか一緒に来てくれそうな人はいないの?」
「今はいませんね。」
「そうなんだ、言ってくれればご一緒しますよ」
「え!本当ですか!ホントに誘いますよ!」
思い切って踏み込んでみた返事が功をなした。流れるように連絡先を聞き出し、次へ繋げる事ができた。そう喜ぶボクをよそに彼女は続けてこう切り出した。
「ちなみに、今日、この後とかお時間有りますか?」
女性にそんな事を言われて、時間のない奴なんて居ない。無くても作るのが男ってもんだろう。
「え?」
当然である。当然の反応を示したまでである。あまりに突然過ぎる誘いに、易々と食い付いてもいけない。そう思って反応を伺った。
「ごめんなさい、突然すぎますよね。私近くのコンカフェで働いてて、いつもこの時間暇すぎてビラ配りさせられるんですよ。」
「あぁそう云う事なら、行きますよお店。」
「ホントですか!やった!」
そう言ってる間に、ボクのとんかつも運ばれてきた。彼女はとん汁をお代わりしていた。
食べ終わると近くのとは言え新宿西口から歌舞伎町までは歩いて10分ほどだが、お店まで歩いて向かう中、お互いのパーソナルな事を話すうちに、キャストと客という垣根を越えるのは時間の問題というよりもむしろ、すでに垣根の向こう側だったように思う。お店では客然として振る舞い、店が終わる少し前に出て、彼女が上がるのを、西武新宿駅で待っていた。
「ごめんもう終電だね」
そう言って今日知り合ったばかりなのに、同性カップルかのような会話をしながら、なぜか急行が止まる鷺ノ宮まで2人で揺られ、揺れながら朝を迎えるのであった。


あとがき

この娘が描き出された時、もう理想の娘はこれ以上出ないのではと思うほど、理想の彼女と出会えた気がした。今風のチラ見せコーデに、この口もと。AIがリアルを抜いていく事ばかりなのは、想像や空想、妄想の想いを具象化しているに過ぎず、現実は思い通りにならないから現実で、リアルで、時には傷つき、痛みを持って現実を知ることになるんだけど、AIに足らないのは痛みだな。だからもっと話の中では痛みを伴わなければならないとは思うけど、全く思い通りでしか話が進んでいないから、いつかAIにしっぺ返し喰らったらいいよ、マジで。

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