私達はもう少し頑張らなくてもいい
ツアーも、残すはあと一公演。
福岡は食べ物が美味しかった。
広島は静かな夜の街にスーツケースを引きずる音だけが響いていた。
東京はどこかしらで音が鳴っている。
あの街には本当に沢山の人が四六時中いる。
聴こえたのは自分たちの足音だけ。
夜を独り占めした気持ちになった。
どの会場でライブをしても、優しさを感じるのは私だけなのだろうか。
きっと違う。
それは私の思い込みに過ぎず、実際ライブまで来てくれた人達が口を揃えて何故か「優しかった」と言う。
「初めて来たけど特典券をくれた人がいた」
「最近上手くいってなかったけど優しい気持ちになれた」
どうしてこんなに沢山の人が私に優しくしてくれるんだろう、と心底思う。
私が私と他人だとしたら、絶対こんな奴とは友達になりたくない。
でも、私の周りの人は本当に優しい人ばかりだ。
人は自分を写す鏡とも言うが、だとしたら私は優しくなれているという事なのか。
そうだったらいいな。
この間もブログに少し書いたけれど、私にとって『自分を許す』という事は永遠のテーマなような気がしている。
私が自分を許せたことはあったか。
自分には甘いが、例えば今の自分を認めてあげたり好きになってあげているか。
こればかりは、誰に何を言われたって変えられないのだ。
自分で気づくしかない。
それを分かっているのに気づけないのだから、どうぞ笑って欲しい。
またある時はこう思う。
「自分ってこんな事を書いておきながら、実は自分のこと大好きなんじゃないか...?」
いまの私はこの説が1番有力であると考えている。
自分の夢の為に日々自分で努力をし、自分で朝起きて、自分で顔を洗って可愛くなる為にメイクをして、服を着て、香水をさり気なくつけて、自分のテンションが下がった時には適度に友達に頼ったり、美味しいものを食べに行ったり、好きなアーティストのライブのチケットを取ったりする。ZOZOの後払いだって結局はちゃんと払ってる。
生きてるだけですごいのに、更に自分を好きになるために努力までしちゃうのすごすぎるな!
こんな感じでやっていきたいと思う。
もう自分を責めるのは疲れてしまった。
今日も変わらず、厚いメイクに耐えながら長い時間頑張ってくれてありがとう。
それなのに、鏡を見て、自分は誰よりもブスだと思って、誰かと比べたりしてごめんね。
なんて、馬鹿げたことを考えながらメイクを落とした時、涙がでてきた。
自分が限界になった時、歌はそんな自分に生きてる意味を与えてくれるかのように、自然といい曲が書ける。
好きな人と両思いになれた時、曲は1ミリも浮かばなかった。
愛してる、ずっと一緒にいよう、そんな事は終わったあとからポンポンと浮かんでくるのだ。
自分は天才ではないし、周りのようなすごい歌が書けない。歌はヘタクソだし、ギターも全然わからない。
だけど音楽が好きだ。
今の自分が胸を張って言えるのはこれくらいだ。
これくらいでいいのかもしれない。
未来のことを考えて、音楽のことを考えて、泣き腫らした夜を無駄だったなんて思いたくない。
私達は、もう少し頑張らなくてもいい。
希望に満ち溢れながら頑張りたいと思った時。
噛み締めながら頑張らなきゃと思った時。
それは全く別物の感情だよ。
頑張らなきゃと思った時、あなたはもう限界な事に気づいて欲しい。
これからも剥き出しの感情とぶつかり合いながら楽しく自分のペースでやっていきます。
ツアー、ラスト、新潟きてね。
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