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繋がり

 注意:この作品は一部暴力的な描写があります。
    苦手な方はご遠慮下さい。


  1
 月が出ていない満天の星空、黒い世界に波の音。
 男は砂浜に立ち、故郷の星がある方角を見ている。
 男は大きな罪を犯し、二十年前にこの星に送られてきた。模範囚として三年前に条件付きで出所。条件は故郷の星に死後も戻らない、戻れないこと。AIの監視下の元で生活すること。監視下と言っても二四時間ずっと見られているわけではない。外出時と通信がすべて監視される。つまり住居の中にいて、なんらかの通信機器を使っていないときだけ、自由になれる。つまり今、男はAIに監視されている。
 それでもかまわない。
 他に何をするでもなく、ただ夜空を見ているだけだ。
 男は夜空を見ながら、結婚の約束までしていた女を思い浮かべる。もう会えないことはわかっている。それでも男は今でも女を愛している。幸せであればいい。それだけでいい。
 男は家路についた。
 
   2
 月が出ていない満天の星空。
 女は部屋の電気を消して、ベランダで男がいる星の方角を見ている。
 役人をしている主人と、中学二年生の長男、小学五年生の長女は眠りについている。女は家族を愛している。女の過去に起きたことを受け入れて、それでもと一緒になってくれた主人のことを愛し、感謝している。老後の心配もいらない幸せな暮らし。
 女は夜空を見ながら、自分のために女の父親を殺めた男のことを思う。
 女はかつて父親に凌辱されていた。女がまだ小学生の時、母親は交通事故で亡くなった。父親は仕事をしながら弁当を作り、参観日に出席し、家事をこなした。女も洗濯や掃除はした。女が高校生になったとき、父親は変わった。いや、ずっと蓋をしてきたものを、開けてしまったのかもしれない。
 その日、父親はひどく酔って帰宅した。仕事でなにかあったらしい。水道の水を何杯も飲み、そして再び冷蔵庫からビールを取り出して飲み始めた。日付が変わる頃、その時は来た。女は必死に抵抗した。しかし酔った父親は、いつもの父親の顔ではなかった。
 スマホで録画され、抵抗したらこの動画をばらまくと脅された。
 女の中で糸のようなものが切れた感覚があった。
 恋人ができても、それはカモフラージュになるからと容認していた。しかし父親は女を離そうとはしなかった。結婚は許さなかった。
 この人ならと、そう思えた男が現れた。
 父親のこと以外は、すべてなんでも話せた。次の日には何を話したか覚えていないような、中身のない他愛のない話でも、何時間でもしていることができた。
 男は女にプローポーズをした。
 女は断った。男は当然なぜだと悲しそうな顔で言った。
 この人なら。
 女はそう思い、父親とのことを話した。男は父親に会って話をすると言ってくれた。しかし、父親はまったく話を聞かず、男にどうだこれと、スマホで録画したものを見せた。男は父親からスマホを奪おうとした。動画が流れ続ける中、男と父親は殴り合いになった。今ならわかる。こうなる前に警察に行けばよかったのだと。しかし、あの時の女の精神状態は、動画をばらまかれたら人生が終わる。そのことで頭がいっぱいだった。
 男が父親を殴ったとき、バランスを崩した父親が倒れ、側頭部をテーブルの角にぶつけた。父親は嘔吐を繰り返し、引きつけを起こした。男は暗い目をしたまま、女に救急車を呼ぶと言って、自分のスマホで救急車を読んだ。
 到着したとき、父親はすでに動いていなかった。
 もう会えないことはわかっている。家族には申し訳ないと思っている。主人はおそらく気づいている。それでも女は今でも男を愛している。せめて人並みの生活をしていれば。向こうで男のすべてを受け入れてくれる人がいてくれれば。
 女は部屋に戻り、ベランダを閉じた。
 
   3
 男は家具の最終チェックの仕事を終え、帰宅する。
 家具は人ではなく3Dプリンターが作る。間違いなく作られているか、引き出しは開くかなどのチェックは、この星では人間の仕事だ。
 男は結婚した。相手は十年以上前に主人を病気で亡くした人で、一人でカフェを経営していた。男はその店の常連だった。
 その人とは気が合った。
 他の客と話している時も、男と話している時も、はた目から見れば変わりないが、その人も自分と気が合っていると思っている。理由はないが確信があった。
 この星は男と同じく、大きな罪を犯した者がかなりの比率でいるが、女はこの星で生まれ育った。男は店に客が自分以外誰もいないとき、なぜここにいるのかを話した。この人なら、こんな話をいやというほど聞いてきただろうと思ったから。その人も自分の身の上を男に話した。
 お互い、もう会えないけれど、今でも愛している人がいる。
 それでもいいならと男が言うと、それでもいいならとその人は言った。
 
   4
 男は施設に入っていた。ベッドに寝たきりだった。
 女は施設に入っていた。ベッドに寝たきりだった。
 男の再婚相手はすでに亡くなり、身寄りもいない。
 女の主人はすでに亡くなり、二人の子供はそれぞれ結婚して家庭を築いていた。
 男と女は同じ日、同じ時刻に息を引き取った。
 二人は最後に思った。
 
 来世こそは、もっと早く、もっと良い形で。
 
 二人とも微笑みを浮かべていた。
 あの日、夜空を眺めていた二人は、遠く離れた星と星で見つめ合っていた。 

   終

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