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ねがいだけ

まえがき-本編だけ読みたい方は飛ばして下さい

 私は50歳をちょっと過ぎたおっさんだ。
 先日ふと、なんの脈絡も前兆もなくこの小説のことを思い出した(仕事中に)。それで帰宅してからパソコンの中を漁ったり検索したけれど見つからず、もしやと思って押入れの中にある段ボール箱を開けて、数十年間読み返すどころか、開いてもいないノートや原稿用紙をぺらぺらとめくった。
 見つかった。しかもけっこう早く。
 残っているノートと原稿用紙の山を読み返すような、自分で自分を辱めることはせずに、この小説だけを読み返し、なぜだか自分でもわからないのだけれど、これを世に出したくなった。
 言葉遣いを直したり、固有名詞を濁したりしただけで、それ以外は内容も文章も変えていない。
 中学2年生のときに書いたものだ。
 読むとなんともない物語だけれど、中学2年生の自分にしては、中学生なりに考えておもしろがって、楽しんで書いたんだろう。
 数カ所にちゃんと考えて書いてある形跡があるし、何よりも全体に大きな仕掛けというか謎解きというか、これはこういう話だよと提示している。
 当時、20人くらいが読んでくれたような気がするけど、これをわかってくれたのは半分以下だった。
 まあ、難しく考えると逆にわからない。単純なことだ。
 今の私から見ると「浅いなぁ。遠浅だなぁ」と思う。
 けれど、あえてこの小説を載せることにした。
 中学2年生の私が仕掛けたものを、子供の心で見破ってみて下さい。

ねがいだけ

 これから話すことは、誰もが一度は耳にしたことがあるかもしれない。けれど僕にとっては忘れられない出来事だったんだ。

 高校二年生の秋、僕は男女のいわゆる仲良しグループ六人で、山に茸採りに行ったんだ。その中には僕が好きだった人もいた。Yさんとしておくね。途中、その中のひとりがこう言ったんだよ。
「あの山には願いっていう、三年に一度生えてくる茸があるんだ。その茸はカサの部分が虹色に変化するんだって。それを生のまま食べると、願いがなんでもひとつだけ叶うんだって。ただし注意があって、それを守らないと叶った願いが悪い結果に終わるそうだよ」
 僕たちは俺だったらこうする、私だったらと話しているうちに山に着き、僕たちは二人ずつ三つに分かれて山に入った。僕はラッキーなことにYさんと一緒だった。ナメコやしいたけを少しだけ見つけながら、僕たちは気がつくと、ずいぶん山の奥に入っていた。とはいえ、僕もYさんもこの山には家族と何度か来ていて、今どのあたりなのか、どこにどんな茸が生えているのかはなんとなく覚えていた。楽しく話しながら柔らかい土の上を歩いた。
 突然目の前が明るくなった。木々に囲まれた草地があり、真ん中に大きな切り株がある。
「ちょっとあそこで座って休もうか」
 僕が言うとYさんはうんと言った。
 僕とYさんは切り株に向かった。爽やかな風が吹いていた。切り株の前に着いた時、僕たちは立ち止まり、息を止めた。古い切り株の上にぽつんとひとつの茸が生えていた。傘の部分が赤から橙、やがて青になり、というふうに虹色に輝いている。
「ねえ、これってもしかして」
「あいつが言ってた願い茸じゃ」
「食べよっか」
「……そうしよう」
 僕とYさんは願い茸を食べた。とても美味しかった。僕はその時、一口ではなく二口食べてしまった。それはYさんには気づかれていないようだった。
「どんなお願いしたの」
 Yさんが小首をかしげながら上目遣いで聞いてきた。声もしぐさもかわいい。やっぱり僕はYさんが好きなんだなと思った。
「いや、たいしたことじゃないよ」
「たいしたことじゃなかったら言ってもいいじゃない」
「まあ、そうなんだけど、いいって。Yさんに言うようなことじゃないから」
 僕は内心ドキドキしていた。もちろんYさんと付き合えますようにと願ったんだから、言えるわけがない。それに二口食べたのが気になっていた。

 数日後、Yさんから買い物に付き合ってほしいと電話があった。
 これはもう絶対デートに誘ってると僕は想った。君だってそう思うだろ。それで僕は嬉しくなってしばらく黙ってしまった。嬉しすぎて何を言っていいのかわからなくなったんだ。
「ねえ、聞いてるの」
「あ、うん、もちろんオッケイだよ」
 土曜日、僕たちは買い物をしてカフェに入った。僕は飲んだこともないキリマンジャロというコーヒーを、Yさんはレモンスカッシュを頼んだ。
 しばらく楽しく話していると向こうから知っている女性が歩いてきた。中学生の時に付き合っていたMだった。付き合っていたと言っても友達の延長みたいなものだったし、別れたのも学校が離れているからって理由で、喧嘩したわけでもどちらかが浮気したわけでもなかった。
「久しぶり」
 Mが挨拶をしてきた。僕も久しぶりと返した。そして僕はMとしばらく話し込んでしまったんだ。
「あたし帰る」
 Yさんはそう言って僕がなにか言う前に立ち去ってしまった。追いかけようとする僕の腕をMがつかんだ。
「ちょっと待ってて」
 そう言ってカフェを出て左右を見たけれど、Yさんの姿を見つけることはできなかった。

 その後、何度もYさんに謝ろうとしたけれど、無表情で挨拶はしてくれるけど、話は聞いてもらえなかった。やがて他校の人と付き合っているという噂も聞いた。
 やっぱりあの時、二口食べたから。
 僕はふと、願い茸のことを思い出した。
 しばらくして、Yさんが他校の人と別れたという話を聞いたけれど、その時の僕はもうYさんのことはあきらめていた。

 あれから三年。
 僕はあの山にいる。
 もう一度、願い茸を食べよう。そう思って山に来たのだけれど、記憶をたどってあの時Yさんと歩いたあたりをいくら探しても、あの切り株が見つからない。記憶が間違っているのだろうかともう一度あの日のことを思い返した時、願い茸の事を話した友人が言ったことを思い出したんだ。
「願い茸は一度食べた人の前には二度と姿を見せない。チャンスは一度きりなんだ。って言っても、親に聞いたけど、親も願い茸を食べたことがある人の話を聞いたことがなかったよ。ま、言い伝えだと思うな」
 二度と姿を見せない。
 冷たい風が吹いてきた。
 僕はその場に座り込んだ。


あとがき

 というわけで、ここからはあとがきというか解答編を。
 先に、中学2年生なりに考えて書いたことを。まあ、私が中学2年生だった時はこの程度だったってことだ(笑)。

 1 主人公が願い茸を二口食べるというのは、ひっかけ。
 二口食べたことで願いが叶わなかったと思わせる引っ掛けを仕掛けているんだけど、下手くそだよね。まあ、二口食べちゃいけないってことはどこにも書いてないから、それは関係ないということを表したかったらしい。
 それと、友人が守らなければいけない注意事項があると言っていながら、それが何なのか書いていないのもあえてで、二口に注目させるためだったらしいけど、不親切すぎると言うか、やっぱり下手くそ(笑)。

 2 風の違い
 願い茸があった場所には、初めは爽やかな風が吹いていた。ラスト、1度食べた者の前には姿を表さないと書いてあり、冷たい風が吹いている。
 主人公はかつて願い茸を食べた場所にいるんだけど、もうあの場所にも願い茸にも出会えない。それを風の変化で表現したかったっぽいけど、これももうちょい文章を加える必要がある。

 というわけで、中2の私がこの物語に仕掛けたものとは何か。
 タイトルが『ねがいだけ』、本文は願い茸。
 つまりタイトルですでに、この物語はねがいだけ=願いだけの話だよと言ってるってこと。
 だから、主人公もYさんも願いは叶っていない。Yさんについても文章が足りなくて、デートはしてるけど付き合ってはいないってことをにおわせたら、もう少しまともなんだけどね。
 ま、駄洒落で書いたんだよ。
 ね、浅いでしょ、遠浅でしょ(笑)

 以上です。
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