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Happy Women's Map 旧満州 環境リスク管理学の創始者 中西 準子 女史 / Pioneer in Environmental Risk Management, Ms. Junko Nakanishi

-日本学士院 / Japan Academy

「リスクを自分たちで予測して、自分たちで社会をつくる」
"Predict risks ourselves and build our society accordingly."

中西 準子 女史
Ms. Junko Naknishi
1938 - 
旧満州大連市 生誕
Born in Dalian City, Former Manchuria

中西準子女史は汚水・下水・排水環境工学の先駆者。化学物質による人の健康さらに生態系に与えるリスクを評価する手法、環境リスク管理学を確立。
Ms. Jyunko Nakanishi is a pioneer in environmental engineering for sewage, sewage, and wastewater. She established environmental risk management , methods for assessing the risks posed by chemical substances to human health and ecosystems.
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「どちらの考えが正しいのだろう」
 
準子は中国の大連で、南満州鉄道で働く父・功と、大連の図書室に勤める母・方子のもと、2人姉妹の長女として誕生。上海に引っ越してまもなく共産主義運動家の父・功はゾルゲ事件関連で検挙され東京の巣鴨拘置所に連行されます。とても豊かだった生活が一変、今まで親切にしてくれた人達から急に石を投げられる生活になります。母・方子は姉妹を連れて大連市の孤児院に身を寄せて住み込みで働こうとしますが、準子は臭いご飯にハンガーストライキをして反発。母は姉妹を連れて日本の父を追いかけます。門司港まで船で着くと、父の実家を訪ねますが戦時下の貧しさと家父長制・封建制の理不尽で陰湿な生活に逃げ出します。藤沢市鵠沼海岸に住む父の弟・三洋また富貴子夫妻の家に転がり込みます。父に死刑求刑がされる中、3人はたびたび巣鴨拘置所まで会いに行きます。敗戦を迎えようやく釈放された父が日本共産党員として凄まじい理論闘争をする現場を、準子は怖いと思いながらじっと見て育ちます。準子は小学生から広くマルクス主義の本を読みあさり、中学生で東大の大学院生が開く地域ゼミに参加、高校では社会科学研究会に所属、大学では技術革新の中身をのぞこうと横浜国立大学で化学工学を専攻します。

「濃度vs総量」
 
準子は、東京大学の歴史上10番目の女性として応用化学のドクターを取得。化学工業全盛期にもかかわらず、準子につられて女性の給与が高くなることを嫌厭され就職先が見つかりません。ちょうどその頃、水俣病の工場排水を研究する宇井純博士の推薦より、東大工学部に新設されながら研究者らから嫌厭されている汚水・下水・工場排水を扱う都市工学の助手に抜擢されます。早速、準子は東京に新設された浮間排水処理場(のちの浮間水再生センター)を訪ねます。「工場排水を集めて一括処理する最新施設。隅田川の浄化に一役買っている」と自信満々の場長の説明を聞けば聞くほど準子の疑問は大きくなります。「微生物を用いた活性汚泥法で工場排水中の毒物を処理できるはずがない」「濃度よりも総量(濃度x排水量)を規制する必要がある」東京都と激論の末、学生たちを引き連れて浮間排水処理場に流入する物質毎のマスバランス(物質収支)、ならびに小台下水処理場ならびに落合処理場で焼却処理される汚泥中の重金属毎のマスバランスの調査を敢行します。東京都下水道局計画部長・二階堂宏氏の思わぬ協力を得ながら、真冬に2時間おきに徹夜で処理場の採水試料を分析、真夏の炎天下に800度の煙突に張り付いて煙を採取。すると排水中の水銀・鉛・銅・クロム・カドミウムの50%以上が汚泥に移行せず河川に流出、さらに汚泥中の水銀・ヒ素・カドミウムの50%以上が灰に残存せず気化する調査結果を得ます。東京水道局・大学・マスコミが発表を阻止する中を半年かけて駆けずり回り、宇井純博士はじめ華山謙博士ならびに岡本雅美博士の推薦により、ようやく1971年「公害研究」創刊号に調査結果を発表します。これらの調査結果は住民運動を引き起こし、浮間排水処理場は廃止され、1976年下水道法の改正により工場排水は厳しく規制されます。

「一括処理vs個別処理」
 準子は研究費を削減され大学・学会から村八分にされながら、静岡県富士市で、製紙工場の排水で川も港も海も抹茶色で、4mの製紙カスがたまってぶくぶく硫化水素ガスを沸き出している、田子の浦の調査をはじめます。そこでNHK静岡放送局の加藤守孝氏に、120もある富士市の製紙工場の排水を共同処理する計画について何度も何度も意見を求められます。関心を示す学生もいない中を一人で真夏の太陽の下を1軒1軒と製紙工場を訪ねては、各工場の中にある様々な生産工程や処理工程を勉強し始めます。すると共同処理場の放流水中の浮遊物質(SS)は70ppm、個々の工場で処理をすると5-20ppm程度であり、排水別処理の方が処理効率も良く出てきた汚泥を原料に戻せることを確認します。しかも1000億円にものぼる建設費用の企業負担は1/4に軽減され、最終責任は静岡県に移されるというのです。「共同処理場は技術的にも、財政負担の面や排水処理の責任のあり方からもおかしいからやめるべき。排水処理は個々の企業が自己責任で処理すべきであり可能である。」準子は富士市長充てに意見書を提出、処理場予定地の住民たちに話をしに行きます。話を聞いた住民たちは連れだって工場につとめる知人を訪ねて工場見学を始めます。「中小企業は自己処理する能力がなく、共同処理場が出来なければ富士市の地場産業がつぶれる」静岡県・富士市・マスコミがキャンペーンを張る中、予算審議の当日、1000人の市民が富士市役所最上階の市議会の議場を埋め尽くします。続いて三幸製紙がNHK静岡放送局を通じて調査協力を申し出ます。ようやく静岡県も富士市も共同排水を諦め、1社もつぶれることなく企業の自己処理に踏み切ります。

「御用学者vs学生」
 大学に戻った準子は学生と共に、富士市の共同処理場計画を推進する同じ学科のS教授に、富士市の水質基準の根拠について公開質問状を提出します。ところが国・県・企業の主張を繰り返すばかりで、なにひとつ確認するための実験・調査もせずに実態とかけはなれた回答に、再度質問状を提出しても回答がないまま半年が過ぎます。年度末の修士から博士の進学希望者を巡る選考委員会で、準子の学生を落とそうとするあからさまなやり取りを経て他の先生たちとの協議でようやく決められた成績順位さえ覆され、準子の学生が落とされS教授の学生が合格します。衝撃を受けた準子は選考委員会の経過を模造紙4枚に書いて玄関のガラス戸に貼ります。「でたらめだ」周りのせんせいたちは準子と口をきかなくなり、S教授を誹謗中傷した責任を迫ります。すると大学院生はじめ学生たちは一人一人の教官を訪ねて歩きます。「どこが嘘なんですか?」その結果、うまく口裏の合わない他の先生達が嘘をついており、準子の帰ったあとに再び開かれた会議でS教授が準子の学生を落とし自分の学生の成績を上げさせたために、他の学生まで巻き添えを食って落とされたことが判明します。学生・院生・職員がストライキを起こし、学科との団体交渉が8日間ぶっ通して開かれます。議論は富士市における準子らの主張とS教授の主張のどちらが正しいのかというところまで進みます。準子の質問に答えられないS教授に他の教員が驚きあきれる中、審査がやり直され準子の学生の進学がようやく認められます。

「大規模vs小規模」
 
産業排水を下水で処理することが工場誘致のひとつの条件となる中、いくつもの市町村から下水を集めて下流で一括処理する「流域下水道」の相談が準子のもとに持ち込まれるようになります。愛知県が刈谷市に建設をすすめる「矢作川・境川流域下水道計画書」では、豊田市・刈谷市など6市3町の下水1日あたり97.3万トンの53%が主にトヨタ自動車工業とその関連企業からなる工場排水で家庭下水の1.5倍。岐阜県各務原市「木曽川右岸流域下水道計画書」では、下流の有力議員地区の下水30万トンを11億円かけて10km幹線管渠でポンプアップ。富山県高岡市「小矢部川流域下水道計画書」では、5~8km離れて点在する集落7市4町の下水を64kmの管渠を引っ張って集めます。群馬県佐渡郡玉村町「利根川上流流域下水道計画」では15,000人の静かな農村に、大都市で公害で有名な前橋市・高崎市・安中市・渋川市200万人分の下水と工場排水を集めます。「規模が大きいと安い」が巨大処理場をつくる根拠にされる中、順序は全国132の処理場の処理費用を解析、不経済性指数を提案して下水道では規模が大きいほど不経済になることを証明します。30カ所で反対運動が広がり、20カ所で工事がストップします。続いて、人口密度に応じた下水道計画を提案、1982年に家庭毎の下水処理施設「個人下水道(現在の家庭用合併処理浄化槽)」を開発します。

「リスクvsリスク」
 準子は環境活動家・浜田弘氏と結婚して娘を育てながら万年助手を続けます。「壊し屋(ほかしや)」と土木界から罵られる中、準子は水循環という観点から、いくつもの市町村から下水を集めて下流で一括処理する「流域下水道」に断固反対しながらも、河川の上流・下流の水の需要ならびに環境を保つ新しい理論について考え始めます。「健全な水循環を保ち、需要を満たすには一定の汚れを許す考えが必要ではないのか。」準子は水循環の一環をなす下水道をつくるために、アメリカのミシガン州立大学でリスク評価の研究手法を学びます。帰国後、日本の水道水中発がん物質のリスク評価を発表、発がんリスクは一生水道水を飲み続けると10万人あたり2~8件、リスク削減費用は1件あたり4~11億円、汚染のひどくない地域で塩素処理の代わりにオゾン処理を導入するのは不適切であり、リスク削減のコストの重要性を提起します。「人命軽視」と市民団体から批判される中、横浜国立大学環境科学研究センター教授に就任した準子は、ダイオキシン対策としてのごみ処理焼却施設の広域化・巨大化またRDF発電に反対。ダイオキシン類の発生源を追跡するために宍道湖また東京湾の底質資料を分析、さらに農家の物置を探し回って、ダイオキシンが焼却炉起源ではなく過去に製造・使用された農薬起源であることを突き止めます。新しく発足した産業技術総合研究所の化学物質リスク管理研究センター長に就任した準子は、化学物質のリスク評価書を作成、さらに化学物質の大気中濃度を排出量と気象条件から計算するソフトウェア(ADMER)を開発。リスクを自分たちで予測して、自分たちで社会をつくっていくことを呼びかけています。「リスクに対するベネフィットを見極め、この程度のリスクは仕方ないと決める必要がある」「ある程度の健康リスクは許容していくという態度で臨まないと、自然と調和していけず、どんどん環境破壊を起こしてしまう。」「何も変わらずに妥協点を求めることが合意形成ではない。参加する全ての人が変化しつつ、その中で同意的に合意をつくっていくこと、それが私の目標とする合意形成。」

-『都市の再生と下水道』(中西準子 著 / 日本評論社1979年)
-『水の環境戦略』(中西準子 著 / 岩波書店、岩波新書1994年)
-『環境リスク論:技術論からみた政策提言』(中西準子 著 / 岩波書店1995年)
-日本学士院 Japan Academy
-横浜国立大学 Yokohama National Univ.

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