Happy Women's Map 福岡県田川郡 A級戦犯の妻 東條 かつ子 女史 / The Wife of A-class War Criminal, Ms. Katsuko Tojyo
「LOVE AND SERVE」を生き甲斐に歩き通してまいりました。
``I have lived my life with "LOVE AND SERVE" as my purpose in life.''
「お念仏にたたかれて、人間のはかなさ、人の世のむなしさをはじめて知りました」
“When I was struck by the Nembutsu, I realized for the first time the fragility of human beings and the emptiness of human life.”
東條 かつ子 女史
Ms. Katsuko Tojyo
1890 - 1982
福岡県田川郡安真木村(現在の川崎町) 生誕
東條 かつ子 女史は、A級戦犯で処刑された第40代内閣総理大臣・東條英機の妻。日満婦人会ならびに国防婦人会で副会長を務めました。
Ms. Katsuko Tojo is the wife of Hideki Tojo, the 40th Prime Minister who was executed as a Class A war criminal. She served as vice president of the Japan-Manchu Women's Association and the National Defense Women's Association.
「毛虫」
かつ子は福岡田川の山林地主で村長のちに県議会議員を務める父・伊藤万太郎と、母・トウの娘として生まれます。3歳違いの妹が生まれるとすぐに里子に出され、乳母に背負われながら四六時中おしゃべりをしたり、天下人のお嫁さんになれると聞いて涙をいっぱいためながら毛虫を鼻に這わせます。実家に戻ると、屋根裏部屋に入り浸って珍しい書籍を読みあさったり、両親また祖父母とともによくお寺に詣って毎晩毎晩一家そろってお勤行めをします。「勉強がしたい。平凡な生活は嫌い。変化のある人生の方が好き。」やがて母方の親類筋にあたる小倉の萬徳寺に下宿しながら小倉高等女学校(現:福岡県立小倉西高等学校)に進学します。「女の衣服など必要以上に箪笥にしまい込むのは愚だ。外見より中身だ。」教育熱心な両親は嫁入り持参金代わりにかつ子と妹を上級学校に送り出します。かつ子は国語の教師になることを志して単身上京、萬徳寺住職・德永靈鳳の娘・千歳の夫である東条英教を保証人として日本女子大学校(現:日本女子大学)国文科に入学します。
「LOVE AND SERVE」
かつ子は女学校の宿舎に入って学友たちと勉学に励みながら、東条家を訪問するうちに結婚話が持ち上がります。勉学を続けたいかつ子に姑・ちとせは言います。「東条家から学校に通えばいいではありませんか」こうして、東条家の実質上の長男(兄2人は逝去)で陸軍歩兵中尉の東条英機と「学業を続ける」という約束で学生結婚をします。ところが、夫・英機の祖父・父母・6人の弟妹・さらに夫が朝鮮赴任中の義妹の2人の子供の13人の大家族の面倒を見るために目まぐるしく働くことになります。毎朝5時に起床しては、100坪ある屋敷の内外を掃除、山のような洗濯と食事の支度、身の回りの世話を済ませて身支度を整えて走って学校に通います。夜は深夜遅くまで縫物。あまりの辛さ眠さに、うとうと針を持ちながら、起ちたくもないご不浄に立つとその戸にすがって僅か5分ばかり居眠り。かつ子は要領よく家事をこなしたり時間のやりくりをしたりして学校に通おうと奮闘しますが、几帳面で厳格な姑・ちとせはかつ子の大雑把な仕事を叱ってはさらに仕事を押し付けます。
「ラブレター」
かつ子は結婚後2ケ月で日本女子大学を泣く泣く退学します。「誠は天の道なり之を誠にするは人の道なり」「LOVE AND SERVE」の精神に徹する覚悟で家庭に入ります。早速かつ子は、陸軍大学校の入学試験に2度も失敗していた夫・英機のために受験勉強の計画表をグラフ用紙に書きだすと、それに合わせて時間割を立てて献身的に尽くします。几帳面な英機は忠実に実行してついに予定通りに入学を果たします。そして英機がエリートコースに乗ってドイツ・スイスに大使館付武官として赴任すると、かつ子は長文の手紙を書いて釘を刺します。「極度に婦人の貞操を責むる私は男の貞操も合理的に是非に行わるることを理想として居ります。」3年間で英機からかつ子へ144通、かつ子から英機へ159通の手紙が行き交います。帰国した英機は陸軍大学校の戦史学教官・参謀本部員・陸軍技術本部付き兼陸軍省軍務課員・陸軍省整備局動員課長(大佐)・歩兵第一連隊長・参謀本部課長・陸軍省軍事調査部長(少将)と進みますが、「乞食少尉にやりくり中尉、ヤットコ大尉」にもれなく、部下の面倒見の良い夫のためにかつ子は金策に奔走します。それでも子煩悩の厳格な家庭人で、訪問客があると必ずかつ子を同席させ、日々の仕事の助言を求める夫をかつ子は献身的に支えるのです。
「日満婦人会」
金融恐慌の嵐の中で昭和が始まると、汚職事件で政争に明け暮れる政治に国民の不満は募り、陸軍将校たちが昭和維新を目指して「3月事件」「9月事変(満州事変)」「10月事件」「5・15事件(犬養毅暗殺)」とクーデターを実行。部下の信頼厚い英機は士官学校の副校長に任命されます。まもなく軍部の対立が複雑になってテロによる暗殺が起り始めると、夫に従って子供と共に満州に赴いたかつ子は、筋金入りの質素倹約の服装・生活を揶揄されながらも、得意のおしゃべりで関東軍の幕僚夫人たちと親睦会を開き、日満婦人会あらため国防婦人会を結成。会合を開き、日本語と中国語でテーマソングをつくり、負傷兵を看病し、慰霊祭に参加し、慰問袋を作り、千人針を縫い、7人の子供たちを真剣に守ります。「2・26事件」が関東軍へ波及するのを食い止めた夫・英機は関東軍参謀長に昇進、日中戦争が始まると北京の日本軍を攻撃しようとする中国軍を押し戻した功績で近衛内閣の陸軍大臣・板垣征四郎の次官に抜擢、さらに第2次近衛内閣の陸軍大臣に就任します。
「天下人のお嫁さん」
中国からの撤退を要求して石油・屑鉄を禁輸するアメリカに反対して、フランス領インドシナに進駐、日独伊三国同盟また日ソ中立条約の締結、「帝国国策遂行要領(対米交渉がまとまらない場合の対米開戦の決意)」を進める「夫は正しい」という信念をかつ子は持ち続け、陸相官邸から勤労奉仕団と一緒に明治神宮・靖国神社・皇居を清掃、陸軍病院の負傷兵を見舞い、「戦士を捧げよう」「決戦生産に参加協力しよう」と宣伝しパレードします。対米交渉に難航する中で、とうとう夫・英機は内閣総理大臣に指名されます。陸相を兼任して陸軍内の主戦勢力を抑え、内務大臣を兼務して右翼を抑え警察を掌握、対米開戦の御前会議を白紙に戻す勅許を得、非戦に奔走しますが、世間は権勢欲と批判、アメリカは戦争内閣と見て「ハル・ノート」を突き付けます。戦争はじりじりと負け戦を続け、軍備破壊に生産が追い付かず、兵の数は減るばかり。学徒出陣、女子挺身隊を推し進める夫・英機が会議に明け暮れ、朝方まで資料に目を走らせ、寝室で嗚咽する傍らで、かつ子は銃後の総大将として戦災孤児に衣類を送り、電車とバスで傷痍軍人を慰問し、首相官邸への抗議文をいったん預かってから夫に伝えます。
「A級戦犯の妻」
やがて陸海軍はじめ重臣の反勢力により東條内閣は倒されると、かつ子は夫はじめ子どもたちと世田谷区玉川用賀町の自宅で畑を耕しながら戦禍をしのぎます。天皇の玉音放送とともにひっきりなしの客が途絶え、夫・英機は書類や名簿を庭で燃やします。「これからはお声をかけて下さる方とだけ付き合ってゆけばそれでよい。」子供たちを勝子の郷里・九州へ疎開させた矢先、2台のジープが門前に止まり数人のMPとジャーナリストたちが家を取り囲みます。親戚の家に写真を飾って心ばかりのお通夜をするかつ子のもとに、拳銃自殺に失敗した夫が命を取り留めた知らせが届きます。かつ子は人目を避けながら福岡の実家に辿りつくと、全国から届けられる慰めの手紙や憎悪に満ちた手紙に目を通します。「憎しみや呪い事さえありがたき わが師なりけり かえりみすれば」やがて始まった東京裁判のためにかつ子は娘たちと上京します。「せめてあなたの手を握りたい」他の6人のA級戦犯と共に東京の巣鴨拘置所で夫・英機の死刑が執行されます。続いて世界50カ所余りで行われた裁判で日本軍人1068人が処刑されます。かつ子は米兵またメディアに荒らされ廃屋と化した用賀の自宅に戻ると、畑を耕し七面鳥を飼い(米兵に高く売れる)、築地本願寺の法話会に欠かさず参加し、7人の子供・14人の孫・訪ねてくる若者たちを世話したり討論したりするのを生き甲斐として過ごします。
-「近代日本の女性史 第4巻 (激動期の妻たち)」(創美社 編集 / 集英社1981年)
-「東条勝子の生涯 : "A級戦犯"の妻として」(佐藤早苗 著 / 時事通信社1987年)
-「大乗 : ブディストマガジン 15(5)[(168)]」(大乗刊行会1964年5月号)
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