想像現実 01 青春の塔
本を読むのが好きだ。
放課後の教室。窓際の後ろから4番目の席。校庭では運動部の連中が声を張り上げ練習してる。クラスの席ってのはだいたい窓際とその横の後ろから二列までがクラスの中心で、真ん中や廊下側に成績のいい委員会系の生徒。窓際の前の方は空気に近い存在の席ってことが多い。僕の名前は大木一馬。14歳の中学生。運動はあまり得意じゃない、友達は多くはないけどいつもひとりぼっちってわけでもない。まあ普通の10代の学生ってことかな、自分的にはね。世界は今ビジュアルの時代だ。でも人のビジュアルを見てもなんかピンとこない。それよりも文章を読んで自分なりのイメージを構築した方が楽しいに決まってる。そりゃ僕の少ない人生経験では想像出来るもののリアリティは限られるかもしれない。けど自分がイメージする世界を見るっていうのは何ものにもかえられないものがある。そう思わないかい? だってそもそもYWYという商品名も「youth without youth」って小説の頭文字っていう噂もあるくらいだ。コッポラ監督がその小説を映画化をした邦題が「コッポラ胡蝶の夢」ってちょっと出来すぎてるけど、IRで見ている世界と現実の世界がごっちゃになっちゃう人がいても、まあしょうがないね、てことを表すには、気が利いたネーミングだと思う。夢の中の自分が本物なのかもしれない。僕が生まれるずっと前にMADっていうTEXTだけのヴァーチャル世界があったらしい。そこにはまりすぎた人々は数ヶ月かけてその世界で育てたキャラクターが本当の自分だって思い込んで、そのヴァーチャル世界で殺されてしまうと、落ち込んで学校や職場に来なくなってしまい、どこかの政府が禁止令を出したなんて話もあったようだ。ようするに僕が言いたいのはそれだけ文章は想像力を掻き立てるものだってこと。文章オンリーにこだわっているわけでなくて、映像コンテンツで見た記憶なんかも合わせてこだわりなく使う。そんなわけで今日も僕は小説を読んでそのイメージを映像化して2度楽しむ。
今日読もうと思っているのは南米のジャングルの中で生きるサムライの話。ジャングルには行ったことないけど VR映画やTVで見ているからなんとなく想像できる。あんまり細かすぎると虫とか気持ち悪いものがたくさん出来てしまって逆に自分が作ったそのイメージに引っ張られて、虫メインのジャングルになってしまうから、そこは曖昧くらいでちょうどいい。江戸時代に南米に流れついたサムライが活躍する話の世界が夕方の教室を亜熱帯の植物で覆いつくし、窓から差し込む夕日が葉の間から溢れて来る。ジャングルの鳥の鳴き声はTDLの「魅惑のなんとか」で聞いたことあるからイメージしやすい。文章が自分目線かどうかは重要で、自分目線でない場合は映画を見るように一歩離れたところから見る感じになるし、自分目線で書かれた話はまさに自分が主人公になって進んでいくRPG的な感覚になる。本を読みながらのIRはどちらかというと物語その物を見るというより読んでいる周りの空間がその物語になるという方が正しい。はっきり見ているわけではないけど小説を読み進めるとその文章が僕の中でビジュアル化されて周りが変化していく。だからはっきり見ていなくてもどうなってるかわかるし、本から目線を上げるとはっきりとその世界が広がっているといった感じだ。主人公のサムライが数人を斬り殺した。ヨーロッパから来た侵略者だ。でも血はそんなに流れない。なぜなら僕は血は苦手。だからスプラッターやホラー系は読まないことにしている。自分が作った怖いイメージで夜にうなされるなんて、まっぴらごめんだよ。まっぴらなんて言葉もいまどき誰も使わないけど、それが僕が本が好きってことの証明になるんじゃないかな。ジャングルの原住民にあったことがないので、細かく描ききれない外国人の顔がみんな同じに見えるように、全員同じ顔をしている。大家族かよ!。僕がもっといろいろ知って経験してから読み返したらきっとそれぞれの個性を描けるのかもしれない。とにかくステレオタイプの原住民とステレオタイプのオランダ人の中で活躍するサムライだけが妙にイキイキと輝いている。
物語が終盤に差し掛かったころ、ジャングルには不釣り合いなガラガラと引き戸が開く音がした。
「大木!まだ教室にいたんだ。あら、IRやってんのね。」
ジャングルの葉っぱから現れた女子が近づいて来る。同級生の向井日菜子だ。こいつは幼稚園からの腐れ縁で、何かにつけ僕にお節介を焼くのが趣味のお転婆な子で、密かに僕は彼女が好き。なんてことはまったくなく、お節介はその通りだけど同級生という接点以外には特に何もない子。もう少し仲良くなってもいいかなとは思ってるけど、、。
「文化祭のメインオブジェのイメージなんだけど、美術部の今西さんが体調崩して帰っちゃって上手くイメージ構築出来る人いないのよ。大木ならいつもIRやってるから上手そうじゃない?ってことですぐ一緒に来て。」
「見てわかんない?読書中なんだけど、、。」
と、精一杯の嫌そうな顔で言ったのに
「本は逃げないわよ。早くいくよ。」
向井は全く動じない。
勢いに押された僕はサムライの刀をしまいIRを終了してYWYを額から外す。確かに本は逃げない。けど、イメージには繋がりってものがあって途中から見るのと最初からの繋がりで見るのでは感情が振られる部分に違いがあるんだ。細かな色だったりそういたものは、けっこう繊細に変わるんだと心の中で思いながら、このずうずうしい同級生のあと追って教室をでる。しぶしぶ動いている僕を向井は僕の後ろに回って押してくる。なんかの小説っぽいなと思った。そこから恋に落ちたりとかそんなことを想像するには僕はそれこそ経験がなさすぎだ。だけど人に必要とされることが、嬉しいと思えるくらいの気持ちは持ってるってことらしい。
体育館前の広場に着くとダンボールやスチレンボードで門とか受付や謎のオブジェらしきものなんかが作られていた。このIRの時代でもこういった手作業で作る手作り感もなかなかいいね。と、上から目線で見ていると作業を止めてみんなが集まってきた。なんか期待してる顔、顔。おいおい、そんなに期待されてもオリジナルなイメージ書き出せるほどの想像力僕にはないよ。さっきのは訂正します。僕は普通の10代よりもかなり下の階層の10代です。5人以上の人の前で喋れないし緊張しーです。そんなに見ないでー!
「大木くんいつも本読んでるよね。急に呼び出してごめん。なんとか今週中にイメージだけでも固めないと間に合わなそうなんだ。協力してほしい。」
生徒会長の佐久間が近づいてきた。
「う、うん。でも僕美術部でもないし今西さんみたいなイメージ描けないよ。」
「それはわかってるって。」
と向井が一枚の紙を差し出した、
「大木は文章からイメージを描けるんでしょう。だからこれ読んでイメージしてよ。
その紙にはこう書いてあった。
『君の青春を形にしよう!中山学園文化祭!』
???????一体向井は何をいっているのだろう。目の前が一瞬白くなった。この短い文章、いや文章じゃない、短すぎるキャッチコピー?で何を想像しろというのだろう。固まっている僕を見て佐久間が助け船を出してくれた。
「いくらなんでもこれは乱暴だろう。これで何かイメージしろと言われても抽象的すぎて難しすぎるよ。もうちょっとストーリーというか説明がないと、、」
その通り!佐久間さすが生徒会長いいこと言う。
「でもさあ、イメージなんてそんなもんじゃない?大木の青春を形にしてみてよ。」
向井さん?君はなにを期待してるんだい。冷静に考えてみよう。青春のイメージを形に。青春ってなんだ。だいたい今僕らは青春の中にいるのか、青春は過ぎ去って初めてわかるもの、って誰かが書いてた気がするし、父さんが若いカップルを見て「青春だなーっ」って言ってたことあったし、人生死ぬまで青春だ!って言う年寄り俳優がいたような、、じいちゃんがカラオケで「青春時代」とかいう曲を歌っていた記憶も、、だめだだめだ、なぜかどんどん年齢層が上がっていく。だいたい生まれてから一度も青春なんて言葉を使ったことないかもしれないぞ。青い春と書いて青春。青い春?春ってどちらかと言うと桜のピンクって感じだよね。春。学生だから入学式の春。いやいや今秋だし。方向性を変えてみると、心情的なものかもしれない。なんか甘酸っぱいような?知らねーーーっ。そんな経験もない。そうか儚い感じかも!経験の少ない僕らが、拙い考えとまだ足りない知識で過ごす不安だけど希望に満ち溢れた日々。ってこっぱずかしくてとても言えない。おっさんたちが言う青春は過去のものでもあり、現在進行形のものでもあるようでさっぱりわからない。でもこれを作らないと帰れない感じの責任感は少しだけ持ってる。めんどくさい自分。きっとこれが青春だな。絵は湧いてこないけど。
「出来るかわからないけど、ちょっと時間くれよ。どのみちイメージを書き出したことないから書き出し用アプリをインストールしてこないと。」
僕はとりあえずその場をあとにして教室に向かった。
とにかく時間が必要だ。本当に僕の青春を考えるのか、それともいままで読んだ小説の中から適当な青春っぽいシーンを選んでイメージにするのか、そこから考えよう。後者の方がこの場を恥ずかしくなくしのげそうだけど、なにかが邪魔をする。向井の言った、大木の青春を形にして、という言葉が妙に頭に残ってしまって、過去に読んだ本のイメージにフォーカス出来ないせいだ。勝負を挑まれた感じとも違うけど、想像力自慢のプライドなのかもしれない。思えばなんとなくこの学校入学して、なんとなく毎日学校に来て、あたりさわりのない会話をして、悪目立ちしないようにそーっと生活して今日まで生きてきた。失恋したり、親友と喧嘩したり、悪友と何かしでかしたりってリアルな体験があれば、もっと今という時間をビジュアル化できたのかもしれない。でもここにいるのは、昨日読んだ本の主人公はかなり細かくイメージ出来ても、クラス行事の思い出や同級生の顔も明確にビジュアル化出来ない僕だ。そうだ、今という時間が青春かも?。何かに夢中になることが青春なのかもしれない。Twitterで「努力は夢中にかなわない」ってけっこうReTweetされてたよな。夢中になれること。それって僕の場合は読書とIRだ。でもそれは分かち合うものではなくて自分の世界で完結する物語。読み手によってイメージは違うだろうし、興味や感動も人それぞれだ。でも文化祭は大勢で作り上げるものだと思う。去年までちゃんと参加してなかったから実際のところそこまで深くは知らないけど、、。今思えばきっとその瞬間何かが変わったんだ。自分の中の声というかスイッチというか、そんなこと考えたこともなかったから上手く表現出来ないけど、こんなになにかを真剣に考えたことなかった僕の脳に、何かがもやっと湧いてきたんだ。この文化祭のイメージを紡ぐことが僕にとっての青春になるんじゃないかと。そうだ、あとから思い出してキラキラしたイメージが湧きそうな可能性のある記憶を青春ということにしよう。
アプリをインストールして広場にもどり僕は向井に告げた。
「やっぱ今日は無理。だけど今週いっぱい時間をくれるならやってみたい。今西の体調が戻らなければの話だけど、、」
「うんいいよ。そもそも必要なものは進めて作っておくから。」
「文化祭がよくわからないから、ちょっと手伝わせてもらってもいいかな。」
「 Welcome! Welcome.人手足りなくて困ってたんだよね。」
案内板を作る手伝いをしながら周りの生徒の様子を観察してみる。当たり前だけど全員が活発というわけではなくて、誰とも交わらず黙々と作業をこなす人や手伝いに来てるのか、おしゃべりに来てるのかわからない人までいろんな人がいる。一見みんなバラバラに見えて文化祭という目標に向かって進んで行くのは一緒という、そんな当たり前のことも見えていなかったことに自分で驚いた。知ってはいたと思う。でも自分で認識することをさけていたのかもしれない。この段階では面白さはわからないけど、これっていろいろな脇役がいて、物語が進んでいく展開じゃないか?これはまさに青春小説なのかもしれない。売れる小説かただの日記になるかは、僕がどれだけ全員を詳細に描けるかにかかってくるんだろう。ストーリーテラーは僕だ。カラフルなサインペンと絵の具、みんなジャージや上履きに飛び散って汚れてる。ペットボトルと500mlの紙パック飲料。体育館から聞こえてくるボールが弾む音。遠くから聞こえる吹奏楽部の音楽。もしも共有出来るイメージが紡げれば、僕と世界との関わりもかわるかもしれないなんて、テンション上がりすぎたことをあとで後悔することになるのだけれど、、。
次の日から僕は本の世界を封印した。関わらないまでも同級生の会話や行動に意識をむけた。そうしてみると今までいいとこジャガイモだった同級生がトマトだったりアスパラガス程度には思えてきた。そういうことからすると、僕は人として認識していた向井にそれなりの感情を持っていたということかもしれない。いや認めなくてはならない、僕は向井に他の同級生以上の関心を寄せていた。恋とかそういうものではないと思うけど、僕とはまるで正反対の行動力を見せる彼女になにか憧れのような気持ちをもっていたんだきっと。
本当に不思議だけどIRで見る本の世界やモニター越しでみる景色の方にリアリティを感じ、目の前の世界はオブラートのようなものに包まれていたことを再認識しなくてはならなかった。案外世界はクリアで明るくて暗い。コンタラストがしっかりしてる。なんとなく避けていたクラスのリーダーグループも、改めて観てみると僕とそんなに変わらない中学生たちだった。リア充という言葉だけで括れないって、ちょっと考えればわかりそうなものだけど、物事を一方向からしか見ないのではいい物語を紡げない。細部にこだわるのが僕の好きな小説だからそこをよく観察するようにしよう。机の引き出しが綺麗なヤツ汚いヤツ。黒板拭きの周りのチョークの粉を引きずって歩く子。文化祭を二週間後に控えてなんとなくみんなそわそわしている感じがする、興味ないふりをしながら、じつは楽しみにしていて他のクラスの情報にすぐ食いついてくる子や、意味もなくテンションが上がっているやつまで。
放課後は出来る限り準備を手伝った。僕に出来ることはあまりないけど、それでも可能な範囲でアイデアを出させてもらったり参加するようにした。二言三言の会話だけど話し相手が増えて来て、なんだか自分の殻が割れていくような感覚。サナギが蝶とまではいかないが、変わってきていることは自分でもわかる。今西さんも体調不良から復帰したけどパンフレットに専念したいうことで、そのまま僕が継続することになった。心の中で小さくガッツポーズ。今更お払い箱になったらこの盛り上がった気持ちをどうすればいいか正直不安だった。
3日目くらいからなんとなく色のイメージが湧いてきた。燃えるようなオレンジ色だ。学校全体がオレンジ色のもやのようなものに包まれていくイメージ。まだ具体的な形にはなっていない。緑でもピンクでもなくオレンジ色、夕日の色とも違う色。みんなの期待感がオレンジ色に感じるのかもしれない。その日の夜久しぶりに空を飛ぶ夢を見た。
数日後、約束の日。僕はIRで描いたイメージをプリントアウトした。それはたくさんの天使の羽のようなものが、天に向かって重なり合っていくような塔のような形で、水色の羽とオレンジ色の羽が羽ばたき絡み合い山の頂を目指しているようにも見えるオブジェだ、手伝いをしていたのでダンボールやスチレンボードなど僕らが扱える素材で作れるはずの形状を考えた。空に羽ばたきたい!エネルギーを爆発させたい。という思いをイメージにしてみた。少し前の僕ならこのイメージを思いついたとしても、恥ずかしくて絶対に見せることはしなかっただろう。でもこの数日間の経験のおかげで僕だけでなく、みんなも等しく不安や持って行き場のない気持ちやら、整理しきれない思いを抱えていることを感じることができて、このイメージを作りあげられたし、これをみんなと共有したいと思うことができた。IRを通して見ている世界ではそのオブジェから緩やかに空に向かって陽炎のようなエネルギーが立ち上っているのが見えている。空気中に光の粒子をばら撒きながら僕の青春の粒子は自由に空を飛んでいく。
皆が手分けして作った羽がちょっといびつだけど毎日少しずつ組み上げられていく。陽の光の中で高さを増していくそのオブジェは光の粒子もなくバランスもイマイチだったけれど、誇らしく立ち上がっていくように僕には見えた。なんだか面白そうだと係の生徒以外も参加しだして、当初の予定を越えた4Mを越す大きなオブジェタワーが校庭の真ん中に完成したのは文化祭前日だった。
「完成!」
向井の一言でみんなから拍手がおこった。その拍手でまた僕は傍観者のようになってしまい。明日学生以外の外部の客にこれを見られると思うと、突然恐怖が僕を取り囲んだ。恐る恐るYWYを装着すると呆れ顔の客が周りに集まり失笑している姿が現れる。なにを調子に乗っていたのだろう。僕なんかが作ったイメージを具現化するなんて、みんなが良いと思うわけないじゃないか。そんなことはない、みんなだって楽しそうに作っていたじゃないか、そんな心配してもしょうがない。そもそももう完成してしまったんだぞ。いや客から不評を買ったらそれは全部僕のイメージの責任だ、今年はひどいなと笑われても僕の責任だ。心の中の声が大げんかを始めて体調が悪くなって来た、僕は輪を離れて帰ろうとした。
「明日天邪鬼出して休んじゃだめだよ。よ!イメージデザイナー!」
向井のダメ押しにますます暗い気分になって家に帰ることにした。
そして文化祭の日が明けてしまった。体が重くて立ち上がれない。なんだか熱っぽい、学校に行きたくない。 理由は当然わかってる。行きたい気持ちも勿論ある、むしろ楽しみにしている気持ちの方が勝ってるはず。でも小さな恐怖が僕をベットに縛り付ける。ただ虚しく時間が過ぎていく。もう昼か、今から行ってもなぁ、いや今から行くとちょうど終わりかけで人も少なくなってるかもしれないし、いやいやもし酷評されていたらみんなの目が怖い。どうしようもないアホなことは自分でも重々わかってる。でもなぁ、、、。僕はYWYを装着して少しでも良いイメージを描こうとする。空間にメッセージ到着のアイコンが浮かび上がる。イメージ共有するために今西さんとコンタクトをつなげていたのを忘れていた。アイコンを開くと空間に向井が現れた、今西さんが見ているであろう向井が僕の部屋に来て「大木早くおいでよ。オブジェ好評だよ。学校の決まりでオブジェは取っておけないから、今日おわったらすぐ撤去されちゃうの知ってた?だから最後にイベント仕込んだんだ。これ見逃したら一生後悔するよ。わかった?」と笑ってる。
好評?。そうかよかった。ダークな空気が晴れていく、僕の心はなんて単純なんだろう。一生後悔という言葉も生活してきた中で実際に聞くのはじめてだと思った。一応の僕の青春の具現化タワーが今日なくなってしまうと思うと、いても立ってもいられなくて支度をはじめた。そうだ、今日だけしかないんだ。たとえ何があっても落ち込むのは明日以降にしよう。
かあさんに車で送ってもらって遅ればせながら学校に向かった。15時を過ぎようとしているのになかなかの盛況だ、テントや教室では最後の呼び込み合戦が盛り上がっている。僕はまっすぐ校庭に向かった。校舎の角を曲がると校庭につながる中庭に出る。ここもすごい人出でなかなか通り抜けられない。紐に着いた飾りが沢山ぶらさがっているので校庭を見ることが出来ない。太ったおばさんが僕に気付いて道をあけてくれた。おばさんが退くと校庭が見えた。校庭にそびえ立つ青春タワーが見えた。それは午後の日差しをうけて輝いていた。まわりには沢山の人がタワーをバックに写真を取っていた。SNS映えというやつかな、僕の青春タワーはフォトスポットになっていた。不思議な気がした。2週間まえには望みも想像もしていなかった状況だ。僕なりに考えて青春というお題をイメージにして、それをみんなが形にしてくれた。そして沢山の人がその前で写真を撮ってる。人生の中でこんなことが起こるなんて、素直に嬉しさの感情をコントロール出来ずに、顔が不自然にニヤける。
「よし!来たな。」
いつの間にか向井が横に立っていた。ニヤけた顔を見られなかったか慌てたけど、向井はタワーの方を見ていた。
「後夜祭は校庭でやるから、タワーの作者として君に挨拶をさせてあげよう。」
「な、何行ってんの、無理に決まってんじゃん。絶対やらないよ。」
焦っている僕を見てニヤリと笑った向井は「じゃ、後で。」といってどこかに行ってしまった。
僕はずっとタワーを見ていた。僕のイメージではなくみんなが作ったタワーを頭に焼いつけようとしてずっと見ていた。いつの間にか陽が傾き夕日に照らされるタワーもキラキラとすごく綺麗だった、この先これ以上綺麗なものを現実世界では見ることはないかもしれないとまで思った、それは間違いだったとすぐに気付くことになるのだけれど、その時は本当にそう思ったんだ。校庭に伸びるタワーの影のコントラスト。夕日に染まる雲と空。YWYを装着してイメージと重ねて見ても光の粒子が舞い上がっていない以外はどっこいどっこいの綺麗さだった。
文化祭も終わり客は帰り、生徒だけの後夜祭が校庭で始まった。だいたい挨拶をさせてあげようって、なんで上から目線なんだよ。そもそも後夜祭を向井が仕切るっておかしくないか。これは冗談だなとわかった。そもそも僕が挨拶するなんて誰も期待してないだろう。後夜祭が始まりみんなでお疲れ様!と盛り上がっている。校舎の灯りで見るにはもうだいぶ暗くなってきていて、みんなの顔もわからなくなってきたころだった。スマフォのフラッシュが光ってる。佐久間の声がスピーカーから聞こえてきた。
「みなさんお疲れさま、みんなの協力のおかげで文化祭が成功できました。ありがとう!今回は本当にみんなに助けられました。こんなに参加しくれて感謝です、今回の「君の青春を形によう!」というテーマを実践してくたことがこの成功に繋がったと思います。でもそれもこのシンボルタワーがあったからと思います。大木が作ってくれたイメージはストーリーが感じやすくて、それだからみんなも制作に参加してくれたと思います。」
ん、今名前出た?雲行きが怪しくないか?
「この素晴らし青春タワーをイメージしてくれた、大木くんに一言もらいましょう。」
あ、やっぱり、、最悪の展開だ。いつまにか後ろにまわった向井が僕をぐいっと押して来た。
「さあ出番だよ。ニヒヒ」
「大木一馬くん前へ!」
360度の拍手。今度こそ本当に目の前が真っ白だ。動悸も激しい。ああ、神様! やっと殻をやぶろうとしていたのに、いきなりの巣立ちは急すぎませんか?
押し出されてみんなの前に出た。目の前に青春タワーが立っている。夜空に向かって、、上の方暗くて見えないけど、、。僕とみんなで作ったタワー。覚悟を決めてみんなの方を向く。うわー見てるよ、暗くてよく見えなけど視線感じるよ。向井スマフォのライト当ててくんじゃねぇよ。そしてマイクを渡された。
「、、、、、。」
「えーっと、お、大木です。すみません今西さんの代理でこのタワーのイメージさせてもらいました、あの、みんなは知らないと思います。大木です、あ、もう言ったか、、、ふーっ、、、、、。」
いつのまにか向井がいなくなっている。おいおい肝心な時くらい横にいろよ。責任とれよ。
「あの、今回頼まれて最初に考えたことは、青春ってなに?ってことでした。よく聞くけど、使ったことは一度もない言葉で、どうやってイメージ化することが出来るのかをずっと考えていました。それで、あの、みんなの観察を、失礼だけど観察をさせてもらいました。」
引いてる?みんな引いてる?
「そうしたら、ぼ、僕も含めてみんないろいろな悩みや葛藤をもっていて、楽しいことも嬉しいことも、量は人それぞれだけどみんなに平等にあって。でもそれって大人になってもあるだろうしと気がついて、この文化祭をやるこの瞬間が大事だと思いなおして、いろいろなルールや制約のなかで、自由というかなんというか、何かを求めて飛びたいと思うこの瞬間の気持ちが、も、もしも大人のいう過ぎ去ってしまってからわかるものだとしたら、そのことがわかるまで覚えていられるようにしたかった、そういう物語にしたかったです。わかりにくいですよね。すみません。だから僕はみんなの羽を積み上げてタワーにしてもらいました。実際、僕のIRのイメージではさらに陽炎のように光の粒子が立ち上っているのですが、それを差し引いてもイメージ以上の青春タワーだとおもいます。ありがとうございます。」
なんだか緊張を感じる。みんなが騒ついてる、語りすぎたか、あーっ。語りすぎ、ん、 世界が少し明るくなった。 僕の後ろを見てる? 振り向いた。
向井が赤々と燃える松明をもって立っていた。
僕の方を見ている。そしてゆっくりと頷くと、松明を青春タワーへ近づけた。スローモーションのように紙と木で出来たタワーに火が燃えうつる。あっという間に炎があがりタワーが火に包まれていく。 悲鳴をあげてみんなが逃げ惑う。 明るくてなってみんなの顔がよく見える。怖がってるけど面白がってる顔。陽炎が立ち上り火の粉が、いや光の粒子が空に舞い上がっていく、オレンジ色の光の粒子が舞い上がっていく。僕は呆然としてその場から動けない。顔が熱い。
「アメリカのネバダ砂漠でやるバーニングマンっていうイベントがあるんだって、知ってる?シンボルのバーニングマンという塔を建てて、イベント最終日にそのバーニングマンを燃やすんだって。もう30年以上続いているイベントで10万人以上の人が集まるんだって。いつか行ってみたいよね。」
向井がそっと車椅子を引いてくれた。
「そのために燃やしたの?」
「だってすぐバラしてこわさなくちゃならないんだよ。だったらこうした方が良いと思ったんだ。大木のIRの粒子と同じじゃない?」
「たしかにイメージそのまま。」
「私、偶然にいつもつまんなそうにしている大木がYWYだっけあの装置つけて本を読んでるところを目撃しちゃったんだ。そしたら冒険で活躍している子のようなすごくイキイキしてた。あんな顔教室で見たことなかった。こんなに良い顔ができる人ならきっとすごいシンボルをイメージしてくれると思って、佐久間くんと今西さんにお願いしたの。 みんなが参加してもらって、みんなで文化祭を成功させたい私の自己満足。 ありがとう。素晴らしいイメージを描いてくれて。 ごめんね、無理やり付き合わせて。」
オレンジ色に輝く青春タワーを見ながら後ろから向井の声が聞こえる。言葉が出てこない。全部向井に踊らされたことだったんだ。でも不思議と騙された!とか怒りの感情はわいてこなかった。
そんなことはないよ。事故で足が不自由になった僕は自然と周りとのコミニュケーションを避けて、本とIRの世界に逃げ込んでいたんだ。なるべく人と関わらないようにして自分のハンディを意識しないで済むようにして、飛びたいのに飛べない気持ちをごまかして小説の中の世界に隠れていた。そこから引っ張り上げてくれたのは君だ、僕もきっとキッカケをどこかで探していたんだ。そして僕のほうがお礼を言わなくてはならないよ。ただ引っ張り出されても、すぐに諦めて逃げ帰っていたはずだ。君は僕に出来ることを選んでぶつけてくれた、そして僕自身で自分の心の壁を壊すようにさせてくれた。おかげでこれからもこの世界で生きていける気がする。自信が付いたんだ、本当に。そして今日の君のこの、とんでもない行動でこの作品は完成した。なんだろう目の前がぼやけてる。涙が溢れている。恥ずかしくない。今回のことで僕はIRでイメージを描く仕事がしたいと思うようになった。でもこれから先の人生で青春という言葉や幸せをイメージしなくてはならない時は、必ずこのオレンジ色の粒子がイメージに出てきてしまうだろうきっと、夜空に立ち上るオレンジ色が。
逃げていた生徒が戻ってきてみんなで写真撮りまくってる。僕も誘われて何枚も写真を撮った。向井や佐久間や今西とも撮った。友達との写真なんて初めてかもしれない。
「でっかいキャンプファイヤーだな。」
誰かが言った。そしてみんなが校歌を歌いはじめた、うる覚えだけど僕も歌った。そこにいた全員で青春の塔をぐるりと囲んで大合唱になった。先生たちもいた、校舎の脇にはかあさんもいた。心配かけてごめんと今日なら素直に謝れる気がする。なにも言わないでくれてありがとう。なんとか友達の力を借りて、自力で現実の世界に戻ってこれたよ。
青春タワーは燃える。僕の羽も飛び立っただろうか、いや考えるまでもない、もう飛び立っているよ、今日という特別な日の夜空に。
隣の人の肩を借りて立ち上がらせてもらった。全員が肩を組んでる。誰かに触れるということも久しぶりだった。汗くさい学生服の匂いと燃える塔の焦げ臭い匂い。僕らの身体からもオレンジ色の粒子が立ち上っている。渦を巻いて力強く高く、宙を越え月よりも太陽よりも高く。歌は最近人気の曲に変わった。
ただ大声で歌った。