想像現実 03 月に手を伸ばせ
鏡の前で踊るダンサーたちに右手でサインを送ってスタジオを後にした。蒸せた空間から解放されて、ふっと息をする。ちくしょう梅雨入りはまだ先のはずだが、弱い雨が降っている。白いスニーカー履いて来て失敗だ。ニューヨーカーを気取って傘は持たない主義だ。地下鉄の駅までダッシュする。
見ているスポーツやエンターテインメントに自分なりに装飾をして加工する。それが最近の流行だ。IR当初から見ているものに勝手にイメージを重ね合わせて楽しんでいる奴らは沢山いた、例えば、ボクシングの試合を見ながらそのパンチにでっかい擬音文字を飛ばしたり、そうマンガでよくあるやつ。いいパンチがヒットした時の衝撃波を自分なりに描いて重ねたり。録画したそのイメージを共有してI Tuberとして儲けているやつらもそこそこ。昔からのボクシングファンのおっさん達は邪道だと嫌うが、世の流れには逆らえないだろう。そのうちそのイメージがリアルタイムで共有出来るようになるとその動きはさらに加速した。ネットワークで世界中と共有、とまではまだいかないが、限られた会場の中1万人くらいまではマセマティック社のステーションを設置することによってその場で共有することが出来る。世界中と繋がるのも時間の問題だろう。アイドルグループのコンサート会場ではそれぞれが自分の推しにハートやキラキラを飛ばす。アイドルはそれを纏い歌い踊る。このシステムのいいところは個々の筐体から発せられるイメージの区別がつくとことだ。文字通りの区別で、弱いイメージは強力に詳細まで構築されたイメージに飲み込まれて消えていく。だからアイドルも自分のファンのセンスが重要になるし、何か問題を起こした奴の纏うイメージは悲惨だ。ファンに嫌われると成り立たないのは今も昔も変わらない。そこに投げ銭のシステムが開発されるという噂もあるがそうなったら人気あるやつはもうウハウハだろうな。その点ロックバンドなんかはワザと客を煽って会場をカオス化するなんて言うのも流行ってるらしい。だから歌舞伎や能などの会場はIR装着禁止なことも多い。演劇もだ、、あえてそれを使う先進的な歌舞伎の舞台などもあるようだが、俺に言わせてもらうならどれも子供の遊びだな。
俺はプロのイメージグラフィッカー通称IGだ。ステージの装飾の一部としてダンスなどのシーンにイメージを足していく。会場の大きさやデザイン、客のノリも計算に入れて盛り上がるイメージをアーティストに纏わせる。最初は背景を担当していたが、ここ数年メインのアーティストのイメージを描いている。まあ、自分で言うのもなんだがそこそこ売れっ子だ。
地下鉄を降りてライブ会場に足を運ぶ、メジャーなタレントの仕事をするようになって回数は減ったが、ストリート系のバトルをたまにチェックしないとおっさん化してエッジが鈍る可能性がある。それが目下最大の恐怖だ。IGは入れ替わりが激しい。想像するイメージにも流行りがあって、オーディエンスは敏感だ。今の位置をキープするには感性を磨いていかないとすぐに飽きられてしまう。
今日の小屋は下北沢の駅から10分ほど離れた、線路沿いにある元倉庫だった場所だ。名前はRubbish chute 俺が成長させてもらった場所でもある。すでにそこそこ客は入っている。
「よう、久しぶり。ご活躍だねーっ。」
顔見知りに声をかけられる。売れない頃はよくここのバトルで腕をいや感性を磨いたもんだ。音とパフォーマンスに合わせるには想像力だけではダメでタイミングやメリハリなど印象つけるイメージが必要だ。コンサートと違い、こういった会場はぶっつけでライブのバトルを行うので即興性も必要になる。今日の客のグルーブを感じてそれを増長するようなイメージを作り出す。すでにステージではバトルが始まっている。今日のルールはAll free。コンビやセットでないパフォーマーがステージに登場する。そこに即興でイメージを付けていく。向かって一番奥にステージ、その正面のPA卓の前とステージ上下(かみしも)の三箇所にIGスペースが用意されてる。別にどこでやっても構わないが、興奮した客に接触して集中力を切らす恐れがあるので大抵はこの用意されたスペースでイメージを描く。この規模の会場ではステーションなんぞ建てられないのでイメージを大型スクリーンに投影することが多い、大抵はステージ背面だ。どんなパフォーマーになるかは運なのでその辺りが難しい。イメージを描くのが無理だと思ったIGは自分のターンを放棄することが出来る。パフォーマンスや音楽が自分のスタイルに合わなかった場合や、パフォーマーのレベルがあまりにもひどい場合だ、その場合は我こそはと思うIGは飛び入りが可能だ。俺はどんな場合も放棄はしなかった。このぐらいでイメージが浮かばないようでは上に行くのは夢のまた夢だ。最初からすごいイメージを描き、スタイルも譲らず上に行く奴もいるが、それは本当の天才だ。でも確かにそう言う奴らはいる、大抵はすぐに海外に行ってしまうけど、、国内のエンタメ止まりの俺は努力を惜しんでは生き残れない。それでもいつか歴史に残るようなイメージを描き出すと言う夢は捨ててないが、人に言ったことはない。頑張りすぎてクールじゃねぇし。
ステージではショートカットの若い女のダンサーがhip hop に合わせて踊っている。曲は強め今の自分を打ち破りたいって曲だ。IGは3人グループ。正面と両サイドからのビューにイメージを重ねている。スクリーンの画面は一つだからスイッチングで切り替えながらイメージを描く。強めの曲とダンスだがあえてスチームパンク風の錆びたメタリック風のイメージを絡めている。ダンサーを囲むようにボルトナット付きのスチールの板が飛び出す。ダンサーの突き出した腕がその板を粉砕していく。粉砕された板は硬貨に変化して飛び散っている。上下サイドのIGはステージ裏から伸ばした巨大な鎖でダンサーを繋ぎ止める。曲調が変わった。ダンサーの動きがスローになる力を貯めている。鎖はどんどん巨大になる。縛られていくダンサー。貯めて貯めて。はい!爆発。サビに入って全てから解き放たれたダンサーがゴールドのシャワーを浴びて踊る。ありきたりだが詳細までイメージされていて良い出来だ。次にステージに上がって来たのはジャグラーにブレイクダンスを足した男の二人組だ。曲はスイング。こう言ったちょっとノスタルジックなパフォーマンスもここでは珍しくない。劇場があったり小さな小屋が多いこのエリアだと、メジャーや流行りのものよりアングラな変わったパフォーマンスも同じくらい多い。スクリーンに映るIRの背景がパリの裏通りといった風景に変わった。なかなかのリアリティ。ただこれで終わってしまったらただのクロマキーだ。しばらく退屈な展開が続く、パフォーマンスは素晴らしいだけに惜しい。ダンサー側がはずれを引いたようだ。その時石畳が動き出した。石の隙間から水が染み出してくる。みるみるそれは溜まっていき男達の腰高まで来る。するとブレイクダンスの動きに合わせて波のように水が動き始める。さらに水が溜まっていく、石畳は消えて大きな透明な半球のボウルの器に水が溜まっていく。高く投げ上げるジャグリングのボールを跳ねた水しぶきが追う。画面を見たパフォーマーもノッて来たようだ。空中で半回転しながらジャグリングでブレイクダンサーの上を飛び越えたところで半球のボウルが180度回転してダンサーたちに被さる。フィニッシュのキメポーズは水の中。キラキラと光のチップが舞い落ちる。そうかスノードーム!いつの間にか小さくなったパリの街頭とパフォーマー達がスノードームの中に収まっている。ブラボー!オーディエンスの反応も上々だ。これを紡ぐのに時間がかかっていたようだ。IGは小柄な女の子、まだ学生のようだ。将来有望じゃん。良い刺激をもらったぜ。カウンターに行って酒を買う。ステージでは次のパフォーマーが登場してきた。
「ようペイン。元気か?」
この会場の主催者のTAKASHIさんに声をかけられた。
「チス、ご無沙汰してます。今日も勉強させてもらいに来ました。」
「なにが勉強だよ。売れっ子ペインちゃんが、まあそれでもこうやってたまに顔出してくれて嬉しいぜ。ゆっくりしていけよ。」
「はい、ありがとうございます。さっきの子なかなかセンス良いですね。」
「ああ、女子美の学生でタマちゃんっていうんだ。瞬発力はないけど自分の世界をどのジャンルでも出してくるから期待してるよ。第二のペインってか。」
「何いってんすか、俺なんかエンタメ業界になんとかしがみ付いて生きてんすから、」
「いや儲かってんだからすごいことだよ。ここに来る連中の目標だよ。」
「いや、KENの方がすごいですよ。NYですからね。」
同じ時期にここで時間を過ごしたKENは3年前にロスに渡った、そしてわずか1年で様々なIGのコンテストで入賞し今ではNY住まいだ。ワールドワイドでアーティスのIGとして活躍する傍ら、自分名義のIR Artも発売している。KENとの思い出は懐かしいが、そこには嫉妬と妬みも混在することは否定できない。天才。その言葉が光輝く。俺は努力と経験を積み上げてイメージを絞り出すしかない。
「まだ時間あるんだろう。このあとすごい奴出てくるから見ていった方が良いぜ。これは本当にすごい。ある意味IRの世界を覆す可能性あるよ。」
「IGですか?」
「いやダンサーというか表現者だな。」
「表現者、パフォーマーをわざわざそんな風に呼ぶのが流行ってるんすか?」
「まあ、見てのお楽しみ。まだ今日で2回めだからかなりレアだぜ。」
そう言ってTAKESHIさんはバックヤードに消えていった。表現者ね。TAKESHIさんがあんな風に絶賛するのはKEN以来じゃないか、いったいどんなパフォーマンスなんだろうか、無茶苦茶気になってきた。なぜか酒を飲まない方がいいと言う心の声が聞こえて来てジンジャエールを頼んだ。酔わずに見ろと誰かが言っているのかもしれない。せめて名前か特徴でも聞いておけばよかったと後悔したが、TAKASHIさんがそこまで言うなら見ればわかるのだろう。
数人のパフォーマンスが終わった、スノードームを超えるようなものはなかった。やっぱり酒にしておけばよかったと思い始めたその時だった。会場の空気が変わった。常連の連中は2度めのやつも多いだろうからか、何か空気感が違う。きっと次のやつがそいつだ。次のIGは、ふーん、カズチョさん、この道10年のベテランだ。ベテランIGにあたるのはラッキーだな意外性は期待できないが安定感のあるステージが期待できる。会場の明かりが少し落ちるステージの明かりも落ちてピンスポ一本に。音は鳴ってない。
そして”あいつ‘が登場した。褐色というよりグレーに近い肌は上半身裸で黒いパンツを履き素足。髪の毛は少し長く銀髪に絞られた身体から伸びる手足は、しなやかで長い。歩く音はしない。歩き方はダンサーというより戦いに向かう格闘家のようだ。俺はカウンターを離れIGブースに近づいた。カズチョさんの緊張が伝わってくる。ピンスポットの中に立つ長身の男は静かにポーズをとる。バレリーナ?いや現代舞踏か、会場が鎮まりかえっている。静かに男が動き出し会場を見渡す、目があってしまったらもう離せない。ゆっくりした動きは無駄がなくしなやかな野生動物のようで、形のない霧のようでもあった。足の先から手の指先までその置かれた位置が1ミリでもずれていたら成立しないのではないかというくらいに、予め決められている位置へ移動する身体。回る飛ぶ、全ての動作が美しいという言葉では足りないくらいの所作。確かにこれはすごい。空間を支配するサイズがデカイ。日舞でもバレエでも最高のダンサーが支配する空間のサイズが俺には見える。格闘技で言う制空圏的なものだろうか、その支配する空間のサイズがデカければデカイほど自分の世界を作っているということになると俺は思っている。カズチョさんのイメージも素晴らしい。こんな芸風だったかとびっくりだ、音楽も聞いたことがないがなかなか素晴らしく動きに合っている。一挙一同目が離せない。男が手伸ばすとどこまでも伸びていく。回転するとその風は会場を吹き抜けた。そして心が締め付けられる思い。悲しみ、恐怖、葛藤、そして希望。アラスカの雪原を駆ける一匹の銀色の狼が遠くを見てそして去っていく。気がつくと終わっていた。ずっと見ていたい、この気持ちをどう表現したらいいのか言葉が見つからない。会場も静まり返っている。思い出したように歓声があがる。
「ぷはーっ。」
息をするのを忘れていたようだ。
「すげぇ。」
ブースから降りて来たカズチョさんに声をかけ。
「カズチョさんすげぇよ最高だった。いつの間にあんなテクニックを?」
「俺は何もしてない。」
そう言って青い顔をしてバックヤードに戻っていった。
「何もしてない?」
あんなイメージを描いておいて何もしてないとは謙遜がすぎるぜ、俺が知らない間にストリートのレベルが変わってしまったのか、なんだかすごく置いていかれた気分だ。KENの時とはまた違った感情が湧いてくる。んっ?待てよ俺はYWYを装着していたか?イメージはスクリーンではなく空間で俺が普段見ているアイドルやバンドのコンサート会場のように見えていた。
・・・・・・・・・・・・
カズチョさんは本当に何もしていなかった。イメージは投影されていなかった。では俺は何を見ていた?あの圧倒的なイメージは、男にイメージを見せられていたと言うことなのだろうか。冷や汗が止まらない。本当にとんでもないものを見てしまった。会場の何人がそのことに気がついているのだろう。そもそもみんなには見えていたのか?IRを装着していない俺にあれだけ具体的にイメージを見せる。俺だけが見ていたイメージ。いや少なくともカズチョさんには見えていたはずだ、だからあの顔色。イメージを投影しようと思っても出来なかったんだ、チンケなイメージを投影してあの世界を壊すなんてことは、それなりの実力を持っていたら逆に出来なかっただろう。俺がブースに立っていたらどうだ、描けたか?挑みたい気持ちはもちろんある。だが出せたか、あれを超えるイメージを。あの男に会わなくては、今すぐに。俺はバックヤードに飛び込んだ。項垂れるカズチョさんの横にTAKESHIさんを見つけた。
「TAKESHIさん。あいつ誰ですか?」
「おお、今日のは1回めより凄ったよ。」
「あいつと話をしたいんですけど、どこにいます?」
「ああ、もう帰ったよ。前回もそうだった終わるとそのまま出ていってしまうんだ。」
「え、カバンとかないんですか?」
いつも、と言ってもまだ二回目らしいが、毎回手ぶらでくるらしい。フラっと現れてパフォーマンスが終わるとそのまま帰ってしまうらしい。終わったのは今さっきだ、近くにいるかもしれないと探しに行きかけた時にカズチョさんに声をかけられた。
「ペイン。俺がイメージつけられなかったことはもう気がついているだろう。お前、曲は聞こえていたか?」
「ええ、いい感じの音が鳴ってましたね。」
力なく笑うカズチョさんの口から。
「音もなってなかったんだよ。」
嘘だ、音も無音だったと言うのか確かに俺はIGでミュージシャンってわけじゃない。ただ散々アーティスと仕事をしていて音にだってそこそこ詳しい。衝撃だが、ますますあの男に会いたくなった。
「とりあえず探してみます。」
と、バックヤードを飛び出した。
曲も聞かされていた! 確かにそう言われると頭の中で鳴っていたのかもしれない。IRに浸りすぎて自分の心の声が思わず漏れてしまうという話はよく聞くが、IRによって人類が進化しはじめてるのか、、、なんてことはないと思うがとにかく、捕まえて話して見たい。純粋な興味半分、もう半分は金の匂いだ。IRなしで映像と音楽を魅せて聴かせるとはいったいどう言ったトリックなのか、俺が見ていたイメージと他の客やスタッフの違いはあるか。それはあとで確認するとして、いまはあいつを探すことが先決だ。線路沿いの小道を駅の方に走ってみる。雨上がりの路地の水たまりは台湾料理屋のネオンが反射している。100mくらい先の曲がり角に、遠くてはっきりしないがシルエットが違いない。自転車に乗って止まっている男の横を電車が通りすぎる。その明かりに照らされた男、間違いないあいつだ、久しぶり全力で走ったせいで膝がカクつく。
「待ってくれ!」
大声を出したが、そうだまだ名前を聞いてなかった。頑張って走ったが追いつく前に男は夜の街に消えてしまった。男がいた場所には残り香のような、残り画が漂っているように感じた。なんだか街の明かりが意思をもって光っているように感じてしまう。会場に戻りながら、さっきのイメージと曲を思い出す。IRで録画しなくても強く記憶に残っている。そうだ、もっと言うと寒さと熱さも感じた気がする。温度まで操ったということか、何をどういえばいいのだろう、業界の奴らにこの話をしても信じてもらえないだろう。ついにイカれたかと笑われそうだ。IRの装着しすぎで陥る、「幻想幻視症候群」通称ゴーストは15年くらい前に問題になったが、今のYWY4発売以降そう言った症例は報告されてないはずだった。脳への画像焼き付き症状である幻想幻視症候群は当時かなりの社会問題になったが、IR前IR後と言われるようにもう世の中は昔には戻れなかった。問題視して使用禁止を決めた国もあったが、今も大抵の国で使われている。知ってしまったらもう知らなかった時には戻れないってやつだ。
会場にもどってTAKESHIさんを探した。カズチョさんにも話を聞きたかったが、なんとなく聞きにくいオーラが出まくりで気が引けた。カズチョさんの取り巻きの若造に声をかけた。
「よう、久しぶり。」
「あ、ペインんさんご無沙汰っす。」
「ああ、盛り上がってるか、ってカズチョさん大丈夫か?」
「いや、結構落ちてますね。打ちのめされちゃった感じですかね。さすがに、、前回も見てたんで次来たらって気合入っていたんすよ。」
もう事情はわかっているようだ。やはりみんなに見えていたのか。
「なあ、前回もみんなに見えていたのか?」
「いや、ほとんどの奴は見えて聴こえていたようですけど、数人見えてなかったやつらがいたみたいです。」
なるほど全員が見えてるわけではないのか、その違いはなんだろう。
「わかんないけどIR未経験者じゃないかって噂です。上京してきたばっかりでまだやったことないとか、数回しか試したことないとか、その他はここらに来るような連中なんで大体IRジャンキーっすから。」
確かに、イメージを描いたり見たりすることに慣れていたほうが見えやすいかもしれない。
「今度はペインさんお願いしますよ。ここいらのIGからすると顔を潰されたって感じでどうもスッキリしないんすよ。」
顔を潰された、か。だからお前らは上にいけないんだよ。ちっぽけなプライドにしがみついて、そんなことより、このでき出来事はとてつもない事件だぞ。この重要性に全く気がついてない。
「ああ、今度さっきの奴が現れたら連絡くれないか。」
とIDを交換してそこから離れ、TAKESHIさんを探した。会場はあの男以降グダグダで全く盛り上がらない状態のようだ。確かにイベント潰しではあるな。入り口近くでTAKESHIさんを見つけた。自分のイベントが荒らされてるのに大して慌てている風ではない。
「おお、ペイン見つけたか?」
「いや、見失いました。あいつ何者ですか?」
「凄かっただろう。いや今日二回目だしほとんど話をしないからよくは知らないんだ。名前はYOUGENでエントリーしてる。」
「よく知らないって、、」
そうだったこの人は俺がペエペエの頃からそんな感じだった。来る者拒まず去る者追わず。がこの人だ。なんの実績の無かった俺に経験を積ませてくれたのもこの人だった。だが、このYOUGENってやつはこの小さな世界をぶち壊す可能性があるのではないか。
「でも、IG潰しみたいになってませんか?カズチョさんもしばらく使い物にならない感じですよ。」
本当は他のやつのことなど気にはしていないが、TAKESHIさんがどう思っているかは聞いておきたい。
「いや、そもそもIRの前はDJバトルだったり、フリースタイルだったり、凹まされて逃げ帰るヤツなんて御万といたよ。IRバトルもお前らの頃と違って最近は大人しい客が多くて良いとこ探したり、褒めあったりで、つまらなくてなんだか先が見えない感じだったからな。」
「じゃあ、TEKESHIさん的にはアリなんすか。」
「ああ、しかもこれはすごくないか?装置なしで音と映像を見せるんだぞ。確かに天才バレリーナの無音の踊りに、風景や曲を感じるなんて話は昔から聞いたことはあったが、実際にこの目で耳で、まあ現実には脳が描きだした幻だが、、経験できるとは夢にも思って無かったぜ。」
「そこまで言うならこの箱で抱えるとかすればいいんじゃにですか?あれは客呼べますよ。」
「いや、俺はただの箱のオヤジだからな、これから高みを目指す奴らにアドバイスはしたいが、抱え込んでどうこうしようなんて思わないさ、しかもあいつにはするアドバイスも今のところ思いつかないしな。ただ、ここから巣立った奴が大物になって、お前みたいに活躍して偶に顔出してくれればいいのさ。」
「相変わらずですね。でも俺はあいつと話したい。めちゃめちゃ興味があるんです。あいつの連絡先とか知らないんですか?」
「悪いな、だがどうせ近いうちに再会するだろうさ。あれだけのやつだこのまま煙のように消えちまうことはないだろう。」
「さっきカズチョさんとこの若衆にも頼んだんですが、次現れたら連絡もらえませんか?」
「ああ、わかった。連絡する。せっかく戻ってくれたが今日はもうぐちゃぐちゃになっちまったからお開きかな。」
「ありがとうございます。お礼と言ってはなんですが久々に俺やってもいいですか?」
「ほんとか!それは助かる。」
「じゃあちょっとブース借ります。」
世話になったTAKESHIさんのために、久しぶりのIGバトルに参加することにした、さっきのやつを超えられるか自信はないが、このカオスを煽って盛り上げることくらいはお手のものだ、普段は数万人規模を相手にしてるんだからこの程度の人数を盛り上げられなかったらそれこそかっこ悪い。ぐだぐだになってIGたちが腰が引けて誰もブースに上がらなくなってしまっていた。ステージではパンクとスカとHIP HOPのmushupに合わせてダンサーが頑張って踊ってる。
まず最初に会場を飲み込む巨大な光の龍を飛ばしてカメラも各オーディエンスへパーンしてこっちを認識させる、そしたらステージで踊るダンサーの分身を客席に飛ばす。スカのリズムに合わせて行進していくダンサーの分身と客も合わせて会場をぐるぐる行進しだして大盛り上がり。一丁上がりだ。
その後の数日間は男性アイドルグループのコンサートのリハで何も動けなかった。YOUGENいったいどんな男なのか、あれだけのパフォーマンスを見せる男が、今まで注目されていなかったと言うのがどうも納得いかない。地方もライブハウスとかに出て、IG潰しとして出禁になったとか?あり得なくもない。こないだの会場のやつらもこの衝撃を気がついていなかった、むしろ排除しようとしていた。「吐出して出る杭は打たれる」がこの国だ、だからパフォーマンスをしてすぐに帰ってしまうのか、いやあそこまで圧倒的だと俺じゃなくても声かけそうだが、、。
「ペインさん打ち合わせ始まりますよ。」
ADに声をかけられて現実に戻る。どうもここ数日そんなことばかり考えている。仕事に支障が出たら元も子もない。切り替えて今は仕事だ、だが心の端っこに今動かないと世界に置いていかれる恐怖の感情のかけらが疼いている。KENのことがどこかでトラウマになっているのかもしれない。あの時なぜ世界へ出て勝負しなかったのか、もちろん俺のセンスでは難しいことはわかっていた。ただ、環境によって俺のセンスも磨かれた可能性だってあったかもしれない。KENの描くイメージは独特の世界観で日本人というより、外国人にウケた。そんなKENに対抗意識を燃やした俺はよりドメスティックに、会場に来る若者に日和ったイメージを描き人気を確立していった。それも簡単なことではないと自分でもわかっている。実際それで支持を受け今の仕事が成り立っているのだから、、。だからこそ、あの時世界に向けて舵を切っていたら、と、考えてしまう。いかん、今は集中だ。アイドルといってもバカにしている場合じゃない。今のティーンも目が肥えているし、すぐに否定的な言葉が書き込まれる、だから常にアイドルファーストでファンの望む姿を増幅して出し続けなくてはならない。3歩先ではなく1歩先くらいのイメージだ。その加減が全てと言ってもいいかもしれない。自分勝手にイメージを描くIGは沢山いる。自分の世界だからそれは否定しない。そこで値が付くならそれでもいい。だが99%のやつはそれでは食っていけない。そのイメージだけで金になるのはアーティストとして認められるものだけだ。だから大抵のIG はより強いコンテンツである、パフォーマーと組んでイメージを描くのだ。それ自体に力があるコンテンツと組めばそこそこの賛同は得られる確率が上がる。よく言うデザイナーとアーティストの違いってやつだ。誰もがアーティストになりたいがデザイナーとして食っている。という訳でもないだろうが、憧れてはいるだろう。そこそこの時間IGをやっていると自分の限界や向き不向きと向き合う時がやってくる。俺は俺の道。KENはKENの道を選んだ。それだけだ。それだけのはずがなぜか頭の奥の何かが疼き続けているんだ。誰かのコンテンツにイメージを乗せただけでアーティスト気取りの大御所もいるが、どうせすぐに原点回帰といって、アコースティックが一番とか言い出すに決まっている。本当に言ったか知らないがオノヨーコが「昔はよかった」=「あの頃まではついていけてた」言ったと歴史名言集に乗っていた。まさにその通りで俺もいつかついていけなく日が来るだろう。その時はしがみ付かずに、すっぱり引退したいと思ってる。その前に記憶と歴史に残るイメージを残したい。そう、ずっと思っているんだ。
リハはうまくって、修正箇所も少なくすんだ。当日はこれに客の反応をうまくプラスして動きを制御する。とはいえライブの恐ろしいところは強いイメージがあるとついついそれに引っ張られてしまうことだ。失恋したとか、ショックなことがあった翌日はどしてもその感情に引っ張られてしまう。だからこそ、心のモヤモヤの一つであるあの男のことをなんとかしたい。宛はないが下北に足を向けた。度重なる再開発でこの街もずいぶん変わってしまった、男が向かった方向は世田谷代田方面だから環七の方角だ。自転車だからどこにでも向かえるだろうし、推測のしようがないが、なんとなく感を頼りに羽根木公園の方に向かってみる。この公園でよく仲間と集まった。その輪から少し離れたところにKENもいた。KENはあの頃から変わったやつだった。付き合いが悪い訳ではないが、自分から誰かに話かけたり誘っているのを見たことがない気がする。それでもIGの話になると熱くなって時にはケンカになったこともあった。お前は今も世界で戦っているのか?とても今の仕事をお前に自慢出来ない。俺だけが勝手に思い込んでるって事はわかってる。それでも、俺はYOUGENを見つけてそれを切っ掛けに新たな世界へ向かうぜ。なんてなっ、さあ仕事だ。白い月が俺を見下ろしている。
翌日からは会場のビックサイトでの仮組みリハの為お台場に詰めていた。TAKESHIさんからの連絡もなく、コンサート準備に入っていた。昼過ぎにテクニカルにトラブルがあり3時間の中断になったので俺は外に出た。電動サイクルを借りて海沿いを走る。5月の風が気持ちよく感じる。明日の本番は特に目新しい試みがないので、逆にモチベーションを保つのが難しい。ワクワクがないってやつだ。慣れてしまうと途端に想像力に如実に現れてしまう。それをキープできるのがプロの証でもある。どんな状況でも楽しみを見つけ出しワクワクを失わずに楽しめるタイプとプロとしてのプライドでモチベーションをキープするタイプがいる。俺はどちらかというと後者のタイプだろう。もちろん大勢の前でIGするのが嫌な訳ではないが、正直アイドルのコンサートが自分の居場所でないはずという心のトゲがどうしても疼いてしまうのだ。
新木場の倉庫街を走った。物流トラックも出払っているのだろう静かで人影も少ない。休憩して電話したり、タバコを吸ってるおっさんたちを横目に埠頭を走る。そろそろ戻る時間だ。自転車を反転すると埠頭の先に人影を見つけた。スタイルの良い体躯でなにやら空手の型のようなものを練習しているようだ。頑張れ青年と角を曲がろうとした瞬間に何かが頭をよぎった。あのシルエットは見覚えがある。自転車を止めてもう一度見る。似ている。あの表現者に。とにかく近づいてみる。この間見たものとは違い空手かなにかの型のようだが、この流れる動きはすごく似ているように見える。あと50mほど、今度は逃げられることはないだろう。もっともあっちは逃げてるつもりないだろうけどな。あと30m、間違いないこの間のあいつだ。俺はツイテる、この引き寄せがIRだ。
「なあ、」
用心深く俺は声をかけた。すみません。では距離を縮めるのが難しいし、おい、では上からっぽい。打ち解けてる時間があまりない場合はそこをすっ飛ばす。
「こないだ下北のRubbish chuteでパフォーマンスしてだろ。たしか名前は、えっとYOUGENくん。違うか?」
振り向いた眼光の鋭さにハッとしてちょっとビビった。何も答えずこちらを見ている。何を考えてるのだろうか、改めて見ると結構若い。こないだの会場では動く大人っぽく見えたが昼間の光の元で見ると10代後半ってとこか。
「すごかったよ。あれはどう言った技なんだ?初めて見て興奮した。だから話をしたくて君を探していたんだ、そしたら偶然見かけたわけさ、あ、自己紹介が遅れてすまん。俺はペイン、もちろん芸名だがIGを仕事にしている。」
「何がすごいんですか?」
「いや君のパフォーマンスだよ。IRの装置なしでオーディエンスに映像と音楽を見せて聞かせるなんて、長いことこの業界にいて初めて見た。」
「ただ演舞をしていただけですけど。そんなに変でしたか?映像、音楽?」
どうやらこいつは自分が映像や音を見せている事に気がついていないらしい。それとも惚けているのか。どちらにせよこんなチャンスはない。そのノリに乗っかっておく事にする。
「ごめん、会っていきなりだけど、俺は君のパフォーマンスに感動したんだ。君はどこであのパフォーマンスを習ったんだい。」
「あ、ありがとうございます。どこでって言われても困りますが、あんな感じの場所はこの間で2回目なんで。」
「え、それまで人前で踊ったことはないのかい。それでいきなりあのクオリティ?」
「いや、踊ったというか、最初に前を通りかかって面白そうだなぁと思ったのと、ちょっとムシャクシャしたことがあったんで気分展開になるかと思ったんで出場させてもらっただけです。何しろ初めてでよくわからなくて、終わった後のみんなの反応も他の人の時と違ったんで、、やっぱり変でしたか。」
礼儀正しいがそこまで硬い感じではない、ただどこか人を寄せ付けない感じの話し方。初めてというのは、そんな訳はないと思いながら、一方でまだこんな人々もいるのかもしれないとも思う。IRが発表されて20年くらいか、俺は日々どっぷりIRに使っているから当たり前のように思っているが、まだ携帯電話のようにはなっていないし、脳に影響があると言って反対する人々もいるのは確かだ。確かに客の反応を見て、受け入れられなかったと思っても仕方ないかもしれない。
「君のバックボーンはなんだい?」
「私は空手家です。」
空手、なるほど入場の時の歩き方に関する俺の印象は間違っていなかったということか、ただ動きは空手の型のようには見えなかった。
「でもステージでやったのは空手ではないよね。」
「あれは、他の人が感情や気持ちを体で表現しているように感じたんで、自分も感情を表現した方が良いかと思って、、」
「いや、すげえ良かったよ。なんか悲しみと怒りと孤独が感じられた。」
へぇという顔。
「わかるんですね。そういうものなのか、、。でももう行く気はないので、」
そう言ってまた海の方を振り返り呼吸を始めた。
「え、ちょっと待ってくれ。それは勿体ない。もう一度見せてくれないか、そうだ今そこのビックサイトで明日の仕込みしてるんだ、まずそこを見に来てくれないか?俺のことも知ってもらいたい。」
興味はないと言った感じで目を閉じて呼吸でを整えている。
「なあ、頼むよ。少しで良いんだ。この後予定があるのかい。」
なにかの呼吸法をして真っ直ぐに海に向いている、その立ち姿の完璧さ、なんというか重心の位置と姿勢がもすごいバランスで絡み合っている。そして俺の目には今この男の体から立ち上る紫色の煙のような蒸気のようなものが見えている。その紫が徐々に消えていく、呼吸法が終了したようだ。
「予定はないですが、時間がある訳でもないので、すみません。」
「本当に少しのぞいてくれるだけでいいんだ。頼む。」
海から吹いていた風の向きが変わった。
「わかりました。何をそこまでと正直思いますが、少しならお邪魔します。どこから入ればいいですか?」
「ありがとう。関係者の入り口にパスを用意しておく。俺は今から戻るからいつでも来てくれ、タイミングによっては少し待たせてしまうかもしれないが、俺と話すまでは帰らないでくれ約束だ。」
「、、わかりました。」
会場に戻って関係者パスの手配をしてから、ブースに戻った。まだ照明と電飾のチェックが終わっていなかったのでしばらく待ちだ。あいつは来てくれるだろうか、まず連絡先を聞くべきではなかったか、といま頃気がつくと言うのも相当馬鹿だ。あの時は興奮してテンパっていたが、本当によく考えるとそこまで慌てて帰ることもなかったし、もっと話をしても良かったはずだ、ただなんだかその場所から離れたいという気持ちと、話したい気持ちが交じりあって居心地が悪いというか、むずむずした感じだ。今の常識が覆される興奮と自分の世界がなくなる恐怖。
セッティング新しいトラブルがあり、全員がこれは天辺越えるなと思い始めた時だった。会場入り口からあいつが入ってきた。隙のない歩き方。その時にすでに何人かはその存在に気がついて目で追っている。おいおい、オーラ出まくりだぜ。
「よう、来てくれたな。ありがとう。」
「いえ、約束したんで。」
「はは、サンキューサンキュー。ちょっと機材にトラブルがあってさ、今ちょうど待ち時間なんで、まずおれの仕事を見てくれ。」
ステージの前の客席に誘った。IRを装着させて様々なイメージが会場を飛び交う様を一通り見せた。
「面白いですね。」
「さっそくいいか。さっきも言ったけど俺は君のこの間のパフォーマンスに感動した。いや感動というかやられたというか、とにかく驚いた。君はIRは初めてかい。」
「はい。イメージを具象化する装置というのは知ってます。やったことはないですけど、」
「そうか、あのライブハウスはそのIRを使ってパフォーマンスと音楽と映像を融合させる場所なんだ。君が参加した夜はそれぞれランダムに組み合わされたIG、あ、IGってのはイメージ グラッフィッカーの略で俺の仕事。そのIGがパフォーマンスと音楽に合わせて即興でイメージを描きだすってイベントだったんだ。」
「そうか音楽も何か流さなくてはいけなかったのか。」
まるで人ごとのように、でも本当に今気がついたのだろうか。
「君は何をイメージしてパフォーマンスしていたんだい。そもそもどうして、」
「わかりません。」
「わかりません。か、かっこよく言うと何かの衝動に突き動かされたということか、そうでなくてはあのパフォーマンスの訳がわからない。」
「ペインちゃん。お疲れ。その子誰?」
プロデューサーの今井が声をかけてきた。さすがに目敏い。
「なんかスタッフの子が騒いでたからさ。雰囲気のある子がいるって。なに、ダンサーさん?」
「いや今井さん、こいつは俺の知り合いでちょっと遊びに来ただけっす。」
「へー、珍しいね。なんかテクニカルもうちょっとかかりそうだね。申し訳ない。なんかメンバーが飽きちゃってさ、外に行かせろってうるさいんだよ。ペインちゃんなんかIRで見せてやってよ。まだ経験少ないからこういうのも勉強になるからさ、」
「今ですか?すみません、ちょっとこいつと話があるんで。」
「なんかの新プロジェクトでしょ。そういうの解っちゃうんだよね。その練習に使っていいからさ、なんかやって時間つないでよ。」
「いや、」
と断ろうとしたときにYOUGENが。
「やります。」
「え、?」
「せっかくきたんでこんな場所を貸してもらえるならやってもいいです。」
怖いもの知らずとはこの事だ。まだ、何の話もしてないし、まだ隠しておきたかったが、しょうがないか、これも全て運命の流れだ。それにIRを装着していればこいつの本当の凄さはわからないだろう。
「わかりました。でも俺もやるからには本気で行きたいんで、見る人は全員IR装着して真剣に見てもらえますか?」
「お、いいね。みんな呼んで来るからちょっとまってて。」
変な成り行きだが、こいつとの初コラボがこんなに早く実現するのは流れがきているって事だ。これで俺とこいつの関係性が既成事実になる。ただここは気合を入れて挑まないとチグハグなことになってしまう。ただ作戦は考えてある。俺に見えるこいつのイメージを増幅してさらに被せればより良いものになるはずだ。と、その時は簡単に考えていた、それがその後の俺の未来を変えてしまうことになるとは気づきもせずに。
アイドルグループのメンバーやお付きやスタイリスト、バンドのメンバーなど「待ち」で退屈しているのが50人くらい客席に集まってきた。約束通りみんなIRを装着している。俺はバックヤードでYOUGENに簡単に手順を説明する。いろいろ言ってもわからないだろうから本当に手順だけだ。こうなったら出て来て、ここに立ってパフォーマンス。終わったら質問とか無視してすぐに戻る。てな感じだ。特に緊張する素振りもなくYOUGENは落ち着いている。
「なあ、なんでYOUGENって名前にしたんだ。」
「特に深い意味はないです。有限と幽玄ですかね。」
「幽玄はなんだかわかるが、有限というよりは無限の方が合ってる感じするけどな。まあ無限なんて誰でも付けそうでイマイチだけどなもしかして自分の可能性に気がついていないから有限だとでも思っているのか、お前がやっていることは無限大にすごいことだぜ。」
一回しか見てないものにここまで言い切れる俺も大概だが、こんなステージに素人がいきなり立つことに緊張しないのは恐ろしく頼もしい。
「よし、自由にやっていいから、一発かましてくれ。」
YOUGENの目が変わった。あの呼吸法を始めたのだ、体からまた紫のオーラが立ち上り始める。俺は急いでIRブースに向かった。
「会場はみんなスタンバイOKだ。」
今井Pからの合図がかかる。
客電が暗転しステージ灯だけが残る。まず先に俺がイメージを描く。俺が描くことをイメージを印象付けておく為だ。前回見た雪原ではなく。地吹雪のみを描く。ドライアイスのスモークがステージを這うように、だがもっと強く、速く、冷たく。客席まで届くような殴り付ける雪だ。YOUGENがゆっくり歩いてくる。格闘家の歩き方で。紫色の陽炎のようなオーラは暗くて見えない。センターに立つ。何かを待っているのか、微動だにしない。動かない。静かにたたずむ。歩いて来た時の殺気に満ちた雰囲気は消えただ彫刻のように立っている。まだ動かない。迷っているのか、いやそんな風には見えない。自分のタイミングを待っているのだ。俺は地吹雪をYOUGENの周りを渦を巻かせる。動き始めた。格闘技の方のようでもありダンスのようでもあり、ポージングのようでもある。動きに合わせて雪が弾かれていく。天に向かって突き上げた両腕を力強く振り下ろした。俺の作った雪の世界は吹き飛ばされてしまった。尖った銀嶺の峰を歩む。綱渡りのようだが足取りはしっかりしている。孤独な行軍は吹雪の世界よりも冷たく寂しい。俺は上空に上弦の月を描く。しかしその月は沸き起こる暗雲に消されていく。静かに飛んだ。まるで重力を無視したようなジャンプは背景の世界を地の底に置き去りにする。暗雲が無数の鳥に変化する。みんなはすべて俺の作り出したイメージと思っているだろう。だが俺は戦えていない。かろうじて世界の隅っこの装飾をさせてもらっているだけだ。だが、この世界に安易な光のエフェクトを足してお茶を濁すことなど出来ない。吹き出す汗も気にならないくらいに寒さを感じている。宇宙なのか雲の中なのかどこまでも広がっていることを感じられる空間の中でその空間自体を歪めてYOUGENは踊る。何かを掴むように、決して届かない何かを。俺はガスのような星雲を描く。デカイやつだ。だがもすごい勢いでその星雲は後方に離れていく。何者も彼に近づくことは出来ない。無限の空間でただ一人。IRでどうやって描けばいいのだろう。この何もない空間を。もう勘弁してくれ、この孤独に誰が耐えられるというのか、音も聞こえない。無音の世界。うずくまるYOUGEN、動かない。頼む動いてくれ、俺の精神まで孤独で張り裂けそうだ。ゆっくりと立ち上がるそして激しく踊る。飛び散るYOUGENの汗が落ちたところの床から、光の植物が胞子のようなものを空に向かって吹き出す。エフェクトの光ではない本物の光だ。その光は頭上に集まり塊になっていく。いつの間にかまた暗雲が立ち込める。俺のイメージなのか見せられているイメージなのか区別がつかない。暗雲に吸い込まれていく光の胞子が徐々にエナジーを貯めていく。その下には孤独な戦いを続けるYOUGENがいる。嫌な予感を感じる、そのイメージはよくない。動作がゆっくりに変わる。静かに立たずみ俺の方を見た。目の力はあるが、どこか寂しげな、だが優しげな微笑み。
「やめろ!」
雲を散らすように太陽と風のイメージを描くがすぐに隠されてしまう。天井いっぱいに広がった黒雲から目が眩むような稲妻がYOUGEN目掛けて、鼓膜がおかしくなるような轟音を立てて落ちた。視界が光で埋まる。何も見えない。何も聞こえない。会場にいる全員が耳を押さえている。だんだん目が慣れて来た。視界が戻ってくる。スタッフは呆気に取られて動けないでいるようだ。IRを外しステージに駆け寄る。ステージには誰もいない。どこに行った。バックステージにまわる。裏にいたスタッフに声をかけたが知らないという。パフォーマンスを見ていないスタッフには当然音は聞こえていない。また帰ったのか。ステージに戻り客席から入り口ゲートに向かおうとすると今井Pに捕まった。
「なんだあれは。すごいなペインちゃん。凄すぎてこの子たちには参考にならないが、とんでもないやつ見つけたな。これからどんな活動を、」
「今井さんすみません。ちょっと急いでるんで。あとで説明します。」
そう言って遮って俺は入り口ゲートに走った。関係者入り口の係員に確認する。それらしき男は通っていないという。ということはまだ中にいる。俺は踵を返し会場に戻った。中ではスタッフや出演者たちが騒いでいる。特にバンドマンや、ダンサーたちが興奮して話している。バックヤードのどこかにいるのか、どこかで倒れているのではないか、走って聞いて回ったが誰も見ていないという。PAの近藤さんが駆け寄って来た。
「おい、あの音どうやって鳴らした。どうやって繋いだ?うちは操作してないのにあんなSEをあの音量で流されたら機材がいかれちまう。」
「近藤さん。鳴らしてないですよ。何ならステージを見ていないスタッフに音が鳴ったか聞いてみてください。ちょっと急いでるんですみません。」
「な、お、おい。」
近藤さんいまはそれどころじゃないんだよ。2階3階の客席も見渡す。ロビーもだ。どれだけ探しても見つからない。消えてしまった。そんな訳ない事はわかっているのに見つからない。そもそもあいつは本当に存在したのだろうか、などと考えてしまう。IRなしでイメージを見せるのも説明出来ない。圧倒的なパフォーマンスがそれを起こさせるであろうことは何となくわかる。超能力?いやそんな事じゃない。とにかくあいつを見つけて話をしたい。いや話ではなく、もう一度ライブをしたい。これまでの俺は本気じゃなかった。どこかで自分の限界を決めてその中でうまくやろうとしていた。届かない領域を諦めて折り合いをつけ、求められるイメージを描いて来た。本当のオリジナルを描くことに憧れながら、自分にはそんな才能は無いと。だが今日の体験をしてしまったらもう戻ることは出来ないだろう。本物と闘うことを体が心が覚えてしまった。あのヒリヒリした感覚。生きているという感覚。初めてIGをやった日からそれなりに認められて、下北でチヤホヤされ、でもKENという本物に出会い、仲間を気取るようになってから常に逆を張って自分の居場所を作って来た。他よりもちょっと良いイメージを見せ、皆に求められるまま描くことは嫌なことではなかったが、どこかでそんな自分を卑下していたのも確かだ。たった一度だがYOUGENとのバトルは俺の心の奥底に無理やり仕舞い込んでいた何かを起こしてしまった。
リハの始まるアナウンスが流れる。ブースに戻らなくてはならない。身体が熱く制御出来ないでいる。このアイドルグループも真剣にやっているし、ここまでこの業界で生き残るのは大したものだ。ただ、そのかっこよさを増幅させるイメージを作ることが果たして今の俺に出来るだろうか。アーティスト病か?いや自分で選んでここまで来たのだろう。だがどうしてもイライラが収まらない。この場にいることが腹立たしい。一方でYOUGENの魅せた世界への恐れもある。一人で戦っていくということの孤独への恐怖。KENお前はこんな世界で戦っているのだな。本当にすごいと思うよ。ちっぽけな嫉妬や妬みを超越したところに本物はいる。俺もその世界に行けるだろうか。行ってもいいのだろうか。結果を求め続けて来たが、今は行くことが大事だとわかる。その先にあるのは天国か地獄か、それも行った者にしか見ることが出来ないのだ。
気持ちが軽くなって来た。イメージが溢れてくる。この子達という素材をどう料理するのか、今までは出来上がった料理に軽くスパイスを振りかける担当だったが、今日からは料理を俺が作らせてもらうぜ。
本番の評価は賛否両論だった。YOUGENのパフォーマンス見た者達からの評価はよかったが、見ていないスタッフと観客からの評判はイマイチだった。イメージ自体は悪く無いがアイドルらしく無いという理由だそうだ。だがそのおかげで一部のメディアからは絶賛されているらしい。撤収が終り夜の新木場の埠頭に向かった。深夜便のトラックが多く出入りをしている。その脇を抜け埠頭の突端に向かう。昨日の昼あいつはここにいた。当然今はいないし、手がかりなど無い事はわかっているが来てしまった。紫色の残像もない。水面に映る倉庫街の明かりと沖を航行するタンカーの灯りが不規則に揺れている。空には大きな月が浮かんでいる。また会えるだろうか。なぜ消えたのか、そんな帰り方をする必要があったのか。マジシャン?俺は最初から騙されていたのだろうか。それでもいいと思う。あのバトルを体験出来ただけで。あそこまでヒリヒリするようなIGバトルはこの先無いだろう。YOUGEN。お前をうまく利用しようとしていたが、利用するとしないとか、そんな次元ではなかった。本物はただそこに存在する。お前を本物と思うのはもしかしたら世界で俺だけかもしれない。それでも俺を変える、俺のバージョンをあげるアップデーターであったことは間違いない。
翌日は少し早めの時間に下北に向かった。TAKESHIさんに会うためだ。新たな世界に打って出る決意を話したかった。
「一昨日YOUGENに会ったんですよ。」
少し驚いた顔でTAKESHIさんが話す。
「そうか、話は出来たのか。」
「いや話はそこまでしてないですが、IGバトルをしました。」
「ほう、イメージは描けたか?」
「はい、勝負になってないですが、リングには上がれました。」
「それは、良かったな。」
笑顔で俺の肩を掴んで、俺の目の前に携帯端末の画面を出した。そこにはネットのニュースが映っていた。「空手のオープントーナメントで優勝した藤巻透さんが死亡。」
「なんすかこれ。」
「写真を見てみな。」
ニュースには表彰式のような写真の真ん中に立つ男の姿が写っていた。その顔はYOUGENだった。
「え、どういうことですか?」
「詳しくはわからんしYOUGENかどうかもわからん。ただ若いのが見つけて、送ってくれたんだ。この店でもあいつの事はみんな気になっていたからな。ただなんだかわからないが、この写真の男がYOUGENだというのは間違いない気がする。」
言葉が出てこない。何、どうした。整理がつかない。寒気がして、世界が、地面が、崩れていく。背中にゾワゾワする塊が這いずり回っているような感覚。信じられない。嘘だろう。だが写真を見た瞬間TAKESHIさんが言ったようにYOUGENに間違いないと俺も感じる。昨日が大会だったなんて一言も言ってなかった。って俺はあいつの何を知っている。何なんだいったい。
「そんな、俺一昨日バトったばかりですよ。事故か何かですか。」
「詳しい事は書いてないからわからないが、業界では有名だったらしい。ただここ数年は、病気で療養していたらしい。」
「病気?じゃあ病死ですか?全くそんなそぶりは、」
「だから俺も詳しくはわからないと言ってるだろう。ただ、死んだことがほんとうだったとしたら、あのパフォーマンスも装置なしでビジョアルを見せられたのも、なにか関係あるんじゃないかと思うよ。お前は何をしに来たんだ。てっきりあいつのニュースを見て来たのかと思ったが。」
「いや、今話すタイミングじゃないかもしれませんが、俺はあいつとYOUGENとIGバトルをして、変わったんです。陳腐な言い方かもしれないけど変わったんです。あいつが俺の目を覚ましてくれたんです。それで本当は今日TAKESHIさんに世界に勝負をかける報告をしようと思って。すみません。うまく言えなくて。」
「そうか。やっとその気になったか。今日店に入って来た時の雰囲気を見て何となくそう思ったよ。実はな、俺は待ってたんだ。お前が自分で決めた限界をいつ破るのかを。そうか、そうか、YOUGENがお前の魂を揺り動かしたんだな。」
「はい。今日というか今は何て言うか、ちょとくらってしまって考えられないですけど。この胸の辺りにある熱い感じを無視する事は出来ないし。ここで動かないとYOUGENとのことが無駄になりますから。」
「思いっきりやれよ。」
TAKESHIさんに笑顔で胸を小突かれた。
何か分かったらお互い連絡を取ることにして店を後にした。本来ならTAKESHIさんと酒でも飲みたいところだが、立ち止まってはならないと何かが俺の背中を押す。酒を飲み交わすのはもう少し後でいい。YOUGENの最後に見た笑顔を思い出す。孤独で荒々しいステージの上で、そこだけ涼風が吹くような、爽やかで凛とした笑顔。夕立の前の地面の匂いも感じたような気がする。臭覚までもかましてくるかYOUGEN。たった一度の邂逅だったが、濃い時間だったよな。お前はIRを見ていない筈だがきっと感じてくれたいただろう。だからこそ俺のイメージ消し去るようなパフォーマンスを見せてくれてバトルになったんだよな。お前がくれたニトロを使ってアクセルを踏むよ。見ていてくれ。
6月のドイツニュルブルクリンクは少し涼しい風が吹いている。会場には10万人以上の観客が集まっている。世界中のアーティストが参加するフェス。出番を待つ間に会場内を少し散歩した。無名の俺に気を止める客はいない。家族連れも多く様々な層の人々が楽しんでいる。目の肥えた観衆達の前に立つまで後数時間。不思議と緊張はない。あれから3年が経った。すぐに世界に挑戦しようとしたが、進行中のプロジェクトの整理や準備などで結局1年かかってしまった。そこから2年あえて業界のつてを使わず無名のストリートIGとしてスタートした。まずアメリカに渡り様々なコンテストに出場して武者修行を繰り返した。まあ、いろいろあったが、その苦労話をしてもしょうがない。あの日の数日後、Rubbish chuteに俺宛の一通の手紙が届いた。YOUGENからだった。TAKESHIさんと別れたあとにいろいろと調べたらYOUGENこと藤巻透は空手の流派、心玄流の門下生で業界では超がつく有名天才格闘家だったようだ。それが数年前に脳に異常が見つかり、一切の大会への出場を見合わせていたらしい。そして突然の復帰。フルコンタクトのオープンの大会で優勝し、その夜この世を去ったとのことだった。手紙にはこうあった。
拝啓 ペインさん。
バトル興奮しました。ずっと空手しかやってこなかったので不思議な体験でした。ステージからなにも言わずに帰ってしまってすみません。あのバトルの途中から様々なイメージが見えて来ました。あれがIRなんですね。自分は病気で空手を休んでいました。空手しか知らない自分でしたんので、空手が出来なくなることが耐えられませんでした。それで気晴らしに自転車で走っていて偶然あの店を見つけました。みんな楽しそうで自分お知らない世界でした。ふと、体を動かしたくなり、ただ空手の型ではちょっと違うかと思い自分なりのダンスを披露しましたが、静かだったんで失敗かと思いすぐ帰りました。ただなんだか楽しかった。それで翌週また行ったのです。そしてあなたが見つけてくれた。新木場で声をかけられた時は驚きました。そのうえコンサート会場に誘ってくれた。素晴らし経験でした。明日の大会に出るか迷っていた時にあんな経験をさせてもらったので出る決意が固まりました。なので一言お礼を言いたくて。ありがとうございました。また機会があればあのバトルやって見たいです。うまく言えませんが、不明確な自分の意思が明確になるような感覚は、格闘技の世界でもなかなか経験できない経験でした。まだまだ修行が足りません。いつかお会いできる日を楽しみしております。YOUGEN
俺が誘わなければお前は死なずに済んだのかもしれない。そう思うと心が崩れそうになるが、お前はそんな事は言わないと思う。俺もそう思わないようにする。勝手な言い草だがお前は今も俺の作り出すイメージの中で生きている。あのバトルで俺とお前は確かに何かが繋がった。そう信じてる。妄想と言われればそれまでだ。経験していないやつにどうやって説明しても無理だからそこはする気もない。間違いない事実はお前によって俺は前に進み始めて、今ここにいると言うことだけだ。きっと病気の中で孤独にずっと戦っていたのだろう。その感情をお前はステージで表現していた。振り払っても戦っても抜け出せない闇の中から必死にもがいていたんだ。それと優れた身体能力の表現が重なって俺たちはイメージを見た。あの時のステージを見ていたアイドルグループも今では国民的なアーティストと呼ばれるくらいに成長したらしい。専属でという話を断って国外に出てからもメンバーはよく連絡をくれる。カズチョさんも全く新しいスタイルを編み出して、今じゃ売れっ子だそうだ。そうやってお前のパフォーマンスを見た者は新たなステージへ進めたんだ。俺もここまで来た。これから世界にお披露目だ。結果はどうあれ俺は俺のスタイルを貫き通す。それがバトルだからな。
「ペイン、こんなとこにいたのか、そろそろチェックだぞ。」
KENが俺を探しに来てくれた。
「ああ、今行く。」
空には白い昼間の月が浮かんでる。大好きなジョーストラマーの言葉「My motto is “Reach out to the moon.” even if we can't .」を思いだす。そうだ手を伸ばさなくては始まらない。YOUGENお前に背中を押してもらってここまで来た。ここからは俺自身の力で勝負する。見ていてくれ。
さあ、一発かますぜ。