個を尊重
先々週、行政が開催する発達のセミナーに行って参りました。
ひっそり申し込みしましたが、それ仕組んだよね。という席の配置でした。
が、セミナー自体は非常に興味深いものでした。
最近、数年ぶりに現場にどっぷり浸かれる時間が取れるようになり、改めて勉強って必要だったわと反省しています。
これだけ少子高齢化になっているのに特別支援学校(知的)が新しい学校を作っても作っても減ったはずの生徒数が右肩上がりで増えている事。
各学校にある支援級の本来ある定義。
特別支援学校を出た後の進路として国公立、私立大学のうち発達に特性がある児童の占める割合の増加と受け入れ体制の整備。
非常に興味深く聴けました。
18歳までしか支援の出来ない児童福祉法の先は個を尊重と言いながら当たり前だけれど個を尊重しつつ自立していないと生きていけない、時には個でなく調和を重んじなければいけない世の中が待っている。
なら児童福祉法の中で行われる支援で個を尊重し、個人の意思決定を最優先にする事はどこまでが正解なのか。
本来あるべき姿のインクルーシブは特性を持つ者もそうでない者も。の筈なのに、出来る子は勝手にやってね。
に、なりつつある昨今。
弱者への支援はあるのに優秀な子への公的支援は所得で括られていたりと非常に少ない。
同じ子供の筈なのに出来るなら自分で勝手に頑張れよ。もっと頑張れよ。というのは今、何故か悪者にされつつある「昭和の発想」ではないのか。
事実婚やLGBTを認める制度があって構わないけど、それは今の制度に満足している人の中で認めないという人がいても良いじゃないと思う。
少数の大声を聞き入れる事が出来ない者への「尊重」は今の世の中にはない。
それはナンセンスだとか時代錯誤だとかいう言葉で力技かけて捻じ伏せてしまう、それは「パワハラ」「モラハラ」には該当しないというのがずっと不思議でならない。
私は(僕は)賛同できないけど、あなたがそう思うのは自由じゃない?
というのが今の世の中に合った考え方なら賛同出来ないという考えも認めるべきじゃないのか。
決して昭和は輝かしいだけの時代じゃないし昔は良かったなんて思いはないけれど今の世の中の考えに違和感を感じる。
今期のドラマ「不適切にもほどがある」は、水戸黄門のような勧善懲悪っぷりで悪しき昭和をぶった斬りつつ且つ令和の気持ち悪さを代弁してくれてスカっとする。
仮面ライダーのように悪が必ず悪ではないという新しい勧善懲悪なのかな、なんて思いつつ。
先日はCMやらあちこちで目にしたり耳にしたりするので取り寄せてみた愛きらりをおやつにしました。
愛知県が何年も開発に時間を有し、満を持して!
みたいな感じでしたが感想は「普通に美味しい」紅ほっぺと章姫を足して割った感じ。
というのが個人の感想。
年を重ね、感動する食べ物になかなか出会えなくなった最近、数年前の紅まどんなのような感動する食べ物にはなかなか出会えない😅
また懲りずに新たな感動を探しつつ今日は夫とゴールデンカムイ✨
#昭和 #令和