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パラパラパラ~で、くるくるくる〜♡

 当てもどもなく歩く散歩道。見知らぬ土地で素敵な飲食店に出会う。ときめかざるを得ない、このシチュエーション。私は今まさに見知らぬ土地を散歩しており、目の前にはクレープ屋がある。大分ひなびた雰囲気が漂っているけれども。
 個人経営のクレープ屋とは珍しい。惹かれる…とても惹かれる。この状況で惹かれない人はいないだろう。私は吸い寄せられるようにメニューを読み始めてしまっていた。

 クレープ屋にはときめきが詰まっている。小さな店舗に小さな窓口。そこからのぞき込む様に注文する。コンパクトな調理台はクレープ誕生までの舞台だ。
 熱した鉄板に竹とんぼみたいな道具でページュ色の生地をくるりと広げる。均等に広がる様子は、見ていてとても気持ちがいい。さっきまで液体だった生地がわずかな時間でクレープに変身する。出来上がったら、その上に真っ白な生クリームを広げ、真っ赤なイチゴや黄色いバナナを置いて包み込む。更に手際よく包装紙でくるくるくるっと包んで、クレープが完成だ。
 液体から物体へと変わる調理は錬金術のよう。また、あっという間で魔法のようにも思える。小さな窓口から、その魔法の過程が見られるのは、特別な仕掛けのようでとても楽しい。

 偶然出会ったクレープ屋にも小さな窓口があった。その上には赤白青のトリコロールの屋根。年月による汚れで鮮やかさはすっかり失われていた。だがかつてはきっとファンシーで、このくすんだ屋根も窓口も可愛らしかったのだろうと勝手に想像する。私はチョコ生クリームを注文した。
 店主の女性は、予め焼いておいたクレープの上に生クリームを塗る。そして瓶を手に取り、ふたを開けた。

「おい、待て!」

瓶の中の物をひとさじすくって、パラパラパラ~。

「いや、それは!」

 生クリームの上にかけたのはチョコスプレー。小さな細長い粒々のアレだ。カップケーキやアイスクリームの上にチョコの小さな粒々が乗っているのはかわいい。しかし、私はあれをチョコレートだと思って食べたことが無い。今まで一度たりとも無い。

「店主よ!チョコスプレーはデコレーションであって味付けではないっ!」

心の中で盛大に突っ込む。

「よく聞け、店主よ。例えその瓶のチョコスプレーを全部一気食いしたとしても、チョコレートの味はしない!チョコスプレーとはそういうもんだ!」

店主はもうひとさじすくって、パラパラパラ~。

「だから、なぜチョコソースにしない!そこはチョコソースだろ!スーパーで売っているのでいいよ!ハーシーのチョコソースあるじゃん!あれでいいよ!あれがいいよぉ~」

心なしか店主の口元には、笑みが浮かんでいる気がする。瓶の中から魔法の元を取り出し、美味しくなあれと言うかのようだ。パラパラと白い生クリームの上に撒かれる茶色いチョコスプレー。

パラパラパラ~、美味しくなあれ~♡

 ああ、もうだめだ。もう、あのクレープに期待はできない。もう一人の私が頭を抱え、天を見上げる。
 いや、待てよ。仮にだ、仮にあの生クリームがとてつもなく美味かったら…。そうしたら、あのクレープはものすごく美味いかもしれない。などと現実逃避的に思っていたところに、ピンク色の包装紙にくるまれたクレープが差し出された。店主は笑顔である。私はとてもファンシーな絶望を受け取った。

 とぼどぼ歩く散歩道。歩きながら包みを開ける。ただ生クリームをくるんだだけのクレープは、ふにゃふにゃして持ちにくかった。噛り付いたクレープは、生クリームが恐ろしく美味いと言うことはなく、甘さ控えめ薄っすらとミルクっぽい、もやりとした味だった。もちろんチョコの味もしない。

「でしょうね…」

 モヤモヤを噛みしめると、時折口の中でチョコスプレーがパリパリと鳴った。

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