サイボウズ青野社長の経営改革を読み解く
現在ダイヤモンド・オンラインでは「働き方改革」の旗手として名高いサイボウズ青野社長の連載が公開されています。2019年1月15日付第1回では『サイボウズ青野社長が説く「会社というモンスター」に振り回されない覚悟( https://diamond.jp/articles/-/190745 )』と題し、先ず会社という実態のないモンスターの存在に気づくこと、更にはその実態のない会社に社員が振り回される無意味さや、モンスターを存在させることで社員が責任転嫁をする口実になり自立した行動の阻害要因になってしまっていることなどを考えた上で、サイボウズの青野さんは実際に現場でどのような組織改革を行っているのかという内容の記事が掲載されていました。続く、2019年1月28日付第2回『「全てを諦めたら腹が据わった」サイボウズ青野社長がどん底で悟ったこと( https://diamond.jp/articles/-/191819 )』では、ご自身が実際に経験されたどん底である自死直前の心境を機に、サイボウズを創業するまでの経緯や創業後のなぜどん底に至ることになったのかという失敗談と反省、そして青野さんがどん底で悟ったこと、更には、失敗から得た経験を現在はどのような行動へと繋げているのかという内容の記事が掲載されていました。(後日、ダイヤモンド・オンラインにて連載の第3回、第4回が公開されるようです。)
Source by https://diamond.jp/articles/-/190745
記事を拝読する中で私が特に注視した点は大別しますと次の3つになります。
「サイボウズはなぜキャズムを経験することなく創業から3年で上場できたのか」「当時は雨後の筍のように多くのITベンチャーが創業し崩壊した中で、なぜサイボウズは現在も生き残っているのか」「今後のサイボウズへの期待値はどれくらいなのか」という点になります。
先ず、1つ目の「サイボウズはなぜキャズムを経験することなく創業から3年で上場できたのか」という点に関して、青野さんを含めた3人の創業者がイノベーターではなく、アーリーアダプターの後ろの方、或いは、アーリーマジョリティの前の方に位置していた点が大きいのではないでしょうか。具体的には、ユーザーの立場としてのニーズをそのままサービス化し市場にリリースできたこと。ここで不可欠になるのがサービスをリリースするまでのスピードですが、そのスピードに対応できる開発力を創業チーム内に持っていたこと。これがコアコンピタンスとなり所謂、スピードという先行優位性により市場におけるドミナントデザインを勝ち取ることができた。しかし、ドミナントデザインの保有にあぐらをかき差別化要因への改善を怠ってしまったために、時間の経過とともに開発コストを抑えられる後発組に追随を許すことになってしまい一時期の低迷を招いてしまった。
次に、2つ目の「当時は雨後の筍のように多くのITベンチャーが創業し崩壊した中で、なぜサイボウズは現在も生き残っているのか」という点に関して、ハーバード・ビジネススクール教授のクレイトン・クリステンセンが著書「イノベーション・オブ・ライフ」(2012)にて述べている次の一節が参考になります。
「わたしたちが人生で重要な道徳的判断を迫られるときには、どんなに忙しいときであろうと、またどんな結果が待っていようと、必ず赤いネオンサインが点滅して、注意を促してくれると思っている人が多い・・・「この先重要な決断につき、注意」。自分はこういう大事な瞬間に正しい判断ができると、ほとんどの人が確信している。第一、自分が誠実ではないと思っている人などいるだろうか?
問題は、人生がそんなふうにはできていないことだ。警告標識など現れない。むしろわたしたちは、大きなリスクが伴うようには思えない、小さな決定を日々迫られる。だがこうした決定が、やがて驚くほど大きな問題に発展することがあるのだ。
企業でも、まったく同じことが起きる。ライバル企業にわざと追い抜かれようとする企業などない。企業をその道に向かわせるのは、何年も前に下された、一見あたりさわりのない、多くの決定なのだ。・・・(後略)」
更に、ピーター・F・ドラッガーは次のように述べています。
「企業が自らの目的と使命を十分に考え抜くことは、まずない。このことが、企業の挫折と失敗を招く、最も重大な原因の一つなのだろう。」
つまりは、クリステンセンのいう何年も前に下された大きなリスクが伴うと思えない小さな決断の積み重ねが数年後に驚くほどの大きな問題となって現れるということを経験された青野さんが、企業経営において警告標識など現れないことを悟り、目の前にある小さな決断の改善の積み重ねを実践された結果が、現在の大きな改善に繋がっており、同時にドラッガーのいう「企業としての目的と使命を考え抜くこと」を失敗前までは疎かにしていたが、問題に直面したことでとことん考え抜いたことが、生き残りの条件となっているのではないでしょうか。
最後に、「今後のサイボウズへの期待値はどれくらいなのか」について、過去5年(17期(25年12月)から21期(30年12月))の有価証券報告書( EDINETより)にある数値面から考察してみたいと思います。売上高は、25年12月(通期)で51.97億円から30年12月(通期)で95.02億円へと約2倍へと増加。純利益は、第19期(27年12月)に働き方改革に伴う移転を含めた設備投資増から一時的な赤字に転落するも翌年に回復し、過去5年では1.88億円から4.34億円へと増加。刮目すべきは、ROEが過去5年で4.9%から13.0%へと世界水準へ向上。発行株式数の変更はなく、自社株買いをしていないことが伺えます。投資活動によるキャッシュフローが30年12月期で、8.23億円と増加。積極的な投資活動への姿勢が見て取れます。その他で目にとまる点は、自己資本比率が過去5年で62.9%から48.9%へと自社株買いをしていないにも関わらず低下。その要因を探りますと、純資産は36.16億円から32.02億円で横ばいながら、総資産が57.47億円から65.56億円へと増加。総資産増加要因は、負債が過去5年で21.31億円から33.53億円へと増加していることのようです。つまりは、資本の調達をエクイティではなくデットで行っていることが伺えます。その要因として、市場の金利が低迷していることに加え、サイボウズが金融機関からの大きな信用を得ている可能性が高いとも見て取れます。つまりは、金融機関がサイボウズの経営は安定していると判断している可能性が高いということです。記事を拝読する限りでは青野さんご自身は「売り上げや利益は重視してないんだ」と仰っしゃっているようですが、青野さんの行っている経営改革が着実な形となり数値として現れていると言えます。私は、サイボウズへの期待値は高いと判断します。
中山兮智是(なかやま・ともゆき) / nakayanさん
JDMRI 日本経営デザイン研究所CEO兼MBAデザイナー
1978年東京都生まれ。建築設計事務所にてデザインの基礎を学んだ後、05年からフリーランスデザイナーとして活動。大学には行かず16年大学院にてMBA取得。これまでに100社以上での実務経験を持つ。
お問合せ先 : nakayama@jdmri.jp