「やっぱり私は働いていなくては」と気づけたから今は楽しい
あなたが、「これからどうしよう?」と迷ったとき、他の女性たちの話を聴いてもらうことで、なにかヒントを見つけられるかも。そんな思いで、【L100】自分たちラボが紹介する「身近にいる普通の働く女性たち」のキャリアや人生についてのインタビューエピソードも、第16回となりました。
今回のお話は、パートナーの海外転勤で退職、帰国して子育てに専念しようとしてみて「やはり私は働く方が合っている」と気づいた、と語られたやよいさん(仮名)のお話です。
#ライフデザイン #インタビュー #働く女性 #夫の転勤 #海外留学 #転職 #子育て
ご主人の仕事の関係で、2度退職してフランスに渡ったやよいさん。ただ辞めるというのでは嫌だとその機会で学び、また、出産もされて、仕事以外の生活を充実させてきた。そんな駐在妻として過ごした生活は、良い思い出だそう。今は仕事中心の生活で、すごく忙しくて充実はしているけれど、この先を考えるとすごく不安になることも。自身の意思ではない流れの中での様々な転機を、自分にとって充実したものにしていく秘訣と、そんなやよいさんでさえも先々に抱える不安の中身とは?
―――今回、ライフヒストリーや人生曲線を書いてみていかがでしたか?
思っていたほどには抑揚がないと思いました。ひどく落ち込むことも舞い上がることもなく、それが私の特徴かなと思いました。敢えて曲線は思い出しながら波を描きましたが、人生の大きな転機だったわけでもなく、よくも悪くも平坦な人生かなと思います。流れに任せて、自分で選んでないことが多い。だんなの転勤に合わせてとか、転職も人の縁がきっかけなので、すごい決断をして自分で選び取ったということがあまりないんです。その時々に与えられた機会や試練をうまく乗り切っていく、活かしていく、それ自体を楽しむということがここまでやってこられた秘訣かなと思います。結果としては平坦だけれど、自分としてはその時その時で精いっぱいやって、楽しんでもいます。
アメリカ留学で自分の特性を理解
10代:高校で1年間アメリカ留学
―――最初のターニングポイントは?
最初に大きく自分の人生を変えたのは、高校のときの1年間のアメリカ留学。中高一貫の学校に入って高校受験もなく、変化が欲しかった時に友達が留学の試験を受けるというので一緒に受けたんです。何が何でも留学したかったのではなく、変化が欲しかった。あとから考えると、自分を見つめ直す時間を自分でつくったのかもと思います。
留学先の家族には恵まれて、いろいろな経験をさせてもらったし、友達もできた。でも一方で、アメリカは自分が自分がと出ていくことが称賛される世界だと思えて、それなら私は違う、だからアメリカでは生きていけないと、自分の限界を理解しました。そして、私は自分が自分がと出ていくタイプではないなと学んだ1年になりました。それまでは比較的成績も良くて順調な人生だったので、この体験が大きな挫折というか転機だったと思います。実は、親や友達に結構手紙を書いていて、「大変だったんだろうなと思ったよ」と後で親に言われたので、その時は今思い出す以上に大変だったのだろうと思います。で、この頃から無理しない人生になったと思います。
就職活動で男女差別を初めて体験
20代前半:面接での扱いにショックを受ける
―――20代の初めに人生曲線が少し凹んでいますね。
就職活動で、女子であることが不利になるというのを人生で初めて経験しました。大学までは感じたことはなかったんです。面接で「10年後はどうなっていると思うか」という質問があったんですけど、仕事に関することを答えたら、「そうではなくて結婚・出産について聞いたんだ」と言われてショックでした。それは忘れられないですね。それまで男女差別なんて感じたことなかったので、そのことに感謝するとともに、改めてそういう世の中なんだなと感じました。
そういうこともあって、有名な会社よりも本当に自分がやりたいことをやれる会社を選ぼうと思いました。
フランス留学
20代後半:ご主人の転勤で仕事を辞めて渡仏
―――就職してからはいかがでしたか?
最初の会社ではすごく充実していました。自分がやりたい仕事をさせてもらっていたし、結構勉強もしたし、5年いたんですけど、今の自分の基礎を作ってくれたと思います。30歳手前で人生曲線が少し下がっているのは、このままでいいのかなと思い始めたところだと思います。何かが足りないというか、限界を感じていました。私は海外の方と仕事をすることが多くて、そういうときに肩書が欲しいなとすごく思ったし、経営をきちんと学んで入社したわけではなかったので、にわか勉強で仕事をしていて、そろそろちゃんと勉強したいと思っていました。
そんなときにたまたま主人が転勤になり、仕事を辞めてフランスに一緒に行くことにしました。自分の仕事に限界を感じていて、いつ辞めて留学しようかと考えていたこともあり、ちょうどよいタイミングでもありました。
たまたまその間に子供も産まれて。仕事していた時とは違った意味で充実した3年間でした。このときのMBAの友達とは今もつながっています。今まで出会うことがなかったいろいろな国の人たちと出会えて、どの国の人とも抵抗がなくつき合えるようになったのは大きかったと思います。
仕事をしていないとだめだと気づく
30代前半:帰国後子育てだけの生活は合わず
―――30代前半で落ちているのは?
日本に帰って来て、仕事がなくて、一歳半の子供を抱えて公園デビューをしてみたんですけど、会話が全然合わなくて、「どうしよう?これから」と思った時期です。就職するあてもなく、どうやって生きていこうかなあって。そのときは実は子育てに専念するつもりでいたんです。でも、やっぱり私は働く方が合っていると思って、保育園と仕事を探して、今の会社に就職(1回め)しました。ここは短い谷でしたけど、その後の生き方を決める大きな谷でした。仕事していないとだめだな私、と自分で自分がわかった時期です。
―――その後、また仕事を辞めてフランスに行ったんですね?
日本に戻って6年くらいいて、また3年間フランスに行きました。そのときも主人の仕事で、娘も連れて行きました。基本フランスは好きなので、フランスなら一緒に行くよという感じでした。フランスにいた時って自分の中では別の人生。ちょっと切り取ったフレームに入れた一コマみたいになっています。フランスにいた3年ずつ2回は、海外の方とのお付き合いも多かったし、いわゆる駐在妻たちとの暮らしもあったし、習い事もして充実していた時間で、良い思い出。美術館にもたくさん行って華やかな時間でしたね。けれど、それはそのままは持って帰って来られない。帰国時に「日本に帰ったらバリバリ仕事しそう」と言われたんですけど、それはそんなフランスでの生活に区切りをつける一言でもあったかなと思います。
父が突然倒れて
40代:父の病と向き合った難しい日々
―――40代で人生曲線が一番落ちていますね?
帰国してから、たまたまご縁があって3社目の会社に就職したのですが、そのすぐ後に父が事故で失語症になり、体にも大きく麻痺が残ってしまったんです。あまりにも突然でした。
母だけでは介護ができず、ホームに入ってもらいもしました。週末父母に会いに行って、すごく良くなるわけでもなく、すごく悪くなるわけでもなく、「この状態をずっと続けているって、本当にどうするんだろう?」って答えのないまま過ごしていました。結局、父は5年くらい生きて、最期はがんで亡くなりました。この間は人生の終え方や家族の在り方など答えのない問いと向き合い、すごく精神的に不安定になりやすい、難しい時期でした。
この時期に「ジェロントロジー(老年学)」という学問に出会い、それを研究する社外のグループに参加したのですが、人生の後半戦について考える機会を得、また多くの方に励ましていただいたことは心の支えになりました。 父を見送って一区切りついてから、2社目で勤めた会社に戻って今に至っています。
この先に対して準備ができていないのがすごく不安
今後について
―――これから先についてはどう考えていますか?
今は楽しいです。転職してもう8年半ですが、充実しています。
でも、先を考えると不安ですかねえ。
一つは、全く第ニの人生の準備ができていなくてほんとに不安。地域との交流も全然ないし、これといった趣味もなく、「あと数年で退職したらどうするんだろう?」と思うと不安。でも、不安、不安と言いながらなんの準備もしていない自分がまた不安。日々に追われて何もできていないんです。
もう一つは、このコロナで、家で仕事をしている時間が長くて運動しなくなったため、ものすごく体力が落ちたこと。どちらかというと体力に自信があったのに、運動しないとこんなにも体力って落ちるのかと思いました。膝が痛くなってきたし、五十肩もやったし。なんでこんなことで疲れちゃうのとかいうのが、ここ2~3年で急に増えたことが不安です。老後は旅行三昧と言えないくらいに体力が落ちていて、それが今一番危機感を感じていることです。
定年まで勤めるつもりでいますが、それからどうするのかなとは思います。ぜひこれをやりたいというのではないですけど、無駄には過ごしたくない。母は完全に専業主婦だったので、ロールモデルではないんですけど、今でも高校・大学時代の友達と遊んでいてアクティブなのを見ていて、友達も大事にしなきゃなあと思ったりしています。
―――ご家族との関係はどうですか?
娘にもっと時間をかけてあげればよかったなとちょっと思います。後悔があるとしたら、子育てかなぁ、もっと関わってあげたかったなぁと思うので。仕事をしていたこともあって、食べさせて学校に行かせて育てるのが精いっぱい。もっと分かち合えるものがあったのかなと今になって思います。もっと小さい時とか、高校生の時とか、いろいろつきあってあげれば良かったかなと。それでも、フランスにいた時にはどっぷり関わることができたので良かったです。
夫とは、ドライな感じですね。子育てが終わって、それぞれ生活している感じ。それぞれの親はそれぞれがみていて、週末も別々に過ごして、ご飯は一緒に食べるみたいな。夫は仕事が少し落ち着いて次の人生に向けて動いているようです。私はというと、仕事は充実しているんですけど、すごく忙しくて、休日は寝て終わってしまうんです。そこを脱却して、もう少し小さな楽しみを楽しめる人生にしたいです。
出会った人を大事にする
女性たちへのメッセージ
―――今、迷っている女性たちに何かアドバイスやメッセージがありますか?
その時その時に会った人や友達を大事にするのは大切。私は仕事でお世話になった人とのご縁が続いていることが多くて、そのおかげで再就職もスムーズだったし、仕事上でいろいろ助けてもらうことも多いです。反面、学校時代の友達は疎遠になっていて、取返しに行かなくちゃと思っています。先日、友人のお葬式に参加したのですが、親友のスピーチがあったんです。で、私が死ぬときには誰が何を話してくれるのかと思って、たくさんの友達がいるより、すごく大事な友達を大切にしなくてはと思いました。まずは連絡をとろうと思います。
―――今日、インタビューに参加してみていかがでしたか?
子育てにはいっぱい後悔があると気づきました。子育てって、どんなにさぼってもどんなに頑張っても1年たったら次の年になる。そう思って頑張りすぎないでやるとずっと言ってきたんですけど、今になって振り返ると、もうちょっとちゃんとやれば良かったなと思います。
(*文中の写真はイメージです)
インタビュアーコメント
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