複数の私~多和田葉子とくにたち~
国立市と立川市の違いの話が少し出てきた。
国立市でも、大学通りと富士見台地域って全然違うんだと知った。
いま出身地の隣町に住んでて祖母も同じ町に住んでいる。この間、出身地を書く機会があってつい「東京都○○市〇〇□丁目」まで書いてしまった。一般的にはこの二つの町は似ていてあまり境目(境界線)は無いように感じる。わたしも戻ってくるまではあまり感じてなかった。
でも丁目まで書いて思った。私の場合、確かに丁目まで書かないといけないくらい、隣接する二つの町は違っている。出身地はネットなどの予備情報なしに家族で住んだ町で、家庭や学校で交わされた会話や、図書館で初めて手に取った本など、"何を見たり聞いたりしても素直に感動した" 子どもの頃の新鮮な記憶がよみがえる。けれどいま住んでいる町は、確かにショッピングセンターやよく通る道は子供のころに何度も通ったけど、微妙に帰路が違うし、家族もいないからなんだかよそ者みたいに思えるときがある。あの通りを渡ったら、かつて住んでたエリアに行けるけどとくべつ用もないし、別の家が建ってるからわたしの見知った風景ではない。だからここで右に曲がろう。という感じ。それは多和田葉子さんのおっしゃる「境界線」というものなのだろうか。この境界線は、(多和田さんのおっしゃる)"想像力"で超えられるのだろうか?祖母の家はあくまで祖母の家で、母の実家であり、私の実家ではない。住んでたことはあるけど。
どこに住むかより誰と住むか、一人でも誰がいる町に住むか、が大事なのかもなあ…いま現在は、おしゃれ建築図書館(開館当時2011年から通っている)と、祖母がいるから、私はこの町に住んでいるのだ!と自分に言い聞かせる。
昨日寝ぼけながら『臨床哲学への歩み』を読んでいて、
この引用箇所が、映画『ベルリン・天使の詩』のマリオンの「私はあなたといるとき、さびしい気持ちになる」というのと自分の中で若干重なった。ほんのその後の文章の内容は難しすぎて何度もおってしまったが。
ふるさとには、天使のようないい思い出も獣のような悪い思い出も詰まっている。それは天使ではなく実態を持った土地の思い出。主にそこで過ごした生身の人間との思い出。それでも出身地は?と聞かれれば良い悪い思い出含められていようが何だろうが育った場所を答えるしかない。「さびしい気持ちになる」という人と出会ったとき、天使ではない故郷のような懐かしい感覚が沸き起こり、ああ、さびしい、でも私のアイデンティティがはぐくまれたホーム・グラウンドが無意識にこの気持ちを引き起こしているのかも。っておもうのかしらん?うーん、そうかも私の場合…物理的に離れたところで巡り合った、ふるさととは関係ない人だとしても。さびしい=嫌いではないだろう。さびしい=故郷への思いの数?
それよりまずは、日本のベルリン(?)である国立で、富士見台地域と大学通り、そして富士山!の境界線を身体の想像力でつなぎたい。富士山…ここから先は手書きのほうがいいかもしれない、みんなで創る舞台の前に一人つらつら言葉でまとめるぎるのもなんだし、、、でもこれだけは言いたい、富士山は私の内なる自我の反映だと思う。いま読んでる多和田葉子さんの『献灯使』で、無名が世界地図を自分の身体としてとらえてる場面があったけど、私の場合、世界地図は富士山で、身体は心かもしれない。無名がフィクションの中で文章によって心が表現されているように、私の場合はそれを実在するまちのホールの舞台で身体表現に還元する、みたいな!
学生のときは、国立はわたしにとってある意味日本のホノルルだったけど、いまは変わった。
最近フラとかジャワとかレッスン行けてないけど(ジャワ舞踊難しい😓オーストロネシア族で区切っててフラと同じ感じだと思ってたけど、違う。当たり前か笑)南の島の伝統舞踊は、わたしの踊りの世界の入り口なのかもやっぱり。北上中。長期的テーマとしてこの二つの境界線も身体の想像力で越えられるようになりたいっナ!
『ベルリン・天使の詩』の公開と同じ年にドイツで作家デビューしているってなんという偶然(1987).
帰りは、刺激的な話を聴いてコーフンしてたのか、足早に歩いて、大学通り入った途端、急に道がゆったりしてきたから、歩をゆるめた。「複数の私」シリーズ毎年やってるんだ!全日程参加したかったかも。来年、出来たら!