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写楽ー江戸の夜に消ゆー【参】
【第三章】
彦三郎は、再び雲尾藩邸を訪れた。その手には、丸珠屋(まるたまや)の風呂敷で包まれた彫刻刀がしっかりと握られていた。
自分の家の風呂敷を使うのはどうかとも思ったが、わからず屋の父であっても、今はその面影と一緒に彦次郎はいたかった。それほどまでに、これから始まる新たな世界への一歩は、不安に満ちていた。
「ごめんなさいくださいませ。」
彦次郎は、雲尾藩の勝手口の門番に声をかけると、門番は怪しげに彦次郎の髷の先から足の爪先までじろじろと見てくる。
その視線が、彦次郎の力量を試されているかのようで、思わず持っていた包みをぎゅっと握りしめる。
大丈夫。私は今日、新たな一歩を踏み出すんだーー。そう自分に言い聞かせ、さらに言葉を続ける。
「あの、私は、薬種問屋丸珠屋の新井彦次郎と申します。こちらの家老、平井兵衛様の御用向きで…。」
そこまで言うと、門番の男は何かを察したらしく、「しばし待たれよ」と言い置き、小走りに中に入り、しばらくすると、別の男を連れて戻ってきて、門の中へ通してくれた。
「今回は、我が藩のためにご足労いただきかたじけない。」
彦次郎に向かってそう言うと、門番が連れてきた男は、自分の名前を三之助だと名乗った。
「御家老と景信様から伺ったところによると、彫刻刀をお持ちなのだとか。」
「はい、曽祖父の道楽で作られたものなのだとかで、曽祖父が他界してからは、ずっと家で眠っておりました。」
彦次郎の言葉に、「道楽で彫刻刀をねぇ」と三之助は呟いた。彦次郎には、その言葉が三之助が腰に刺している刀よりも鋭く感じられ、しくじったと思った。
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