神の手に触れたときのこと
「神の手」に触れたときのことお伝えしますね。
もう、10年以上前になりますが、「ろう学校」から講演依頼をいただきました。
当時、いただいた講演依頼をお断りすることはほとんどありませんでした。日程さえ合えば、即「ありがとうございます。お受けします」のはずが、このときばかりは、「少しお時間いただけますか?」と即答を避けました。
なぜならば、私の講演スタイルは、淡々と語るものではなく、声の抑揚などを利用し訴えかける対話スタイルなんです。でも、今回の対象者は、耳が聞こえません。伝わるかな?伝えることができるのかな?と、正直悩みました。
結局は、初めての体験、有り難いチャンスと考え、お受けすることにしたんです。
具体的には、中等部の3年生20名弱が対象で、「就職にあたって働くことの厳しさ・社会人になる心構えを遠慮なく伝えて欲しい」と、担当の教諭から言われました。
講演会当日、私の横には手話通訳の先生が。でも、ほとんどの生徒は、私の口の動きに集中しています。
眩しいほど輝いた目が、私の口に集中します。生徒達は、私の話が伝わると体を左右に揺らして、言葉にならない声で反応してくれるのです。
笑い処も逃しません。
なんて素敵な生徒達なんだ❗
私は笑顔で話しながらも胸を熱くして、涙を押さえながらどうにか最後まで話を終えました。
校長先生からお礼の言葉をいただき、講演会終了の案内が告げられると同時に、生徒達が一斉に私の方へ。
直接お礼が言いたい!握手をしたい!と、一人の例外なく席を離れてこちらへ押し寄せて来ました。
私は生徒達が怪我をしてはいけないと思い、すぐさま、担当の教諭に「動かないで!私が一人ひとりのところに行くから席を離れないで❗」と、手話で伝えてもらいました。
女の子も男の子も生徒達は皆素敵な笑顔で、ほんと輝いています。ギュと握手をすると、ろうあというハンディを負いながらも一生懸命に、ありったけ懸命に口を動かし語りかけてくれるんです。
私は、格好悪くても涙を流しっぱなしで、一人ひとりをまわっていました。
そして、ある男子生徒の前に立ちました。この子は、講演中の質問に「あい!あい!」と大きな声で積極的に手を挙げてくれたので、特に印象強かった子です。
彼は、ニコニコしながら「うぁりがたうございまぁった」と何度も言ってくれました。私は、「うん、今日は、ありがとう。君に会えて嬉しいよ」と、握手をするために右手を彼に近づけました。
彼は、左手を出して来ました。右手は机の下です。
右手と左手では握手ができないので、私は彼の右腕をポンポンと叩きました。
彼は、ゆっくり机の下にあった右手を出してくれました。
すると、指が3本しか無いんです。
私は、一瞬で神を恨みました。
耳の機能を奪い、話すことが不自由の彼から、さらに手の指をも奪うとは、何ということだ。
私の目からは大粒の涙がこぼれ落ち、嗚咽に近い声が出ていたと思います。
彼は私のことを心配してくれたのでしょう、「だいじょうぶだよ!」と何度か伝えてくれていました。私にはそう聞こえましたが、動揺していてはっきり覚えていません。
私は、両手で彼の右手を包みました。彼は、笑顔でからだ全体を私に預けてきました。私は、彼を抱き締めました。
その瞬間、私の神への怒りはなくなり、温かい温かい、そして、強い強い何かが彼の右手から伝わってきました。私は、さらに強く彼を抱き締めました。
この男の子の右手は、『神の手』だ❗そう思えてなりませんでした。
私の生涯の中で、彼の右手以外に『神の手』だと思うことはないでしょう。
(ヘッダーの写真は、「みんなのフォトギャラリー」からnenecco色々創る人さんの作品を使わせていただきました。ありがとうございます)