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♯7 介護 両親と話しあい1

今回は「親の介護と死後」についてのおはなし。


▶︎最大のハードル 話し合いの場をつくる

最近、わたしの両親と兄弟が集まって両親の介護について話し合いをした。コレ実は、簡単そうで意外とハードルが高かったけど実現できたのには陰で支えてくれた人がいたから。


介護や看護、それに関わることを職業とされている方には理解いただけるかもしれないけれど、親の世代と「身体が悪くなる」「自分が死んだ後の話」というキラーワード満載のこういった話は、比較的身内だけで話がしにくいものであって。


わたしは30代前半で義母の介護をしていた。そして20代後半は医療の必要な(カニューレとか、経管栄養とか、人工呼吸器とか)障がいを持つ子どもを家で育てていた。なので、ある程度の「見通し」は経験している。


けれど、見通しがわからず先の見えない話というは人間誰でもわからないし嫌なものだよなあと思う。わたしも経験していないことは、いまでも「むむむ」となったりして初めの一歩に時間がかかったりすることがあるからだ。


20代で障がいを持つ子どもの育児をしていた時、わたしが寝る間を惜しんで育児をする様子を両親は見守り、とても近くで支えてくれた。本当に感謝している。



ただ、
30代での義母の介護をするわたしを、両親はほぼ見ていない。やっぱり人間はわたしも含めて当事者にならないとその人の本質的な困りごと(物理的、精神的ともに)は、わからないかなって感じている。


▶︎ひょいっと高いハードルを越えられたのはこの人のおかげ

そして、今回は「身体が悪くなる」「自分が死んだ後の話」という話し合いの場を作るという「たか〜〜いハードルをひょいっと飛び越えることができた。これは、昭和生まれの典型的な日本男児である父を持つわたしにとって奇跡だった。だからこそ、陰で支えてくれた人に本当に感謝している。

そんな奇跡を起こしてくれた人。陰で支えてくれた人。それは。


長女だった。


職業柄、介護や看護における家族間のあれやこれを目の当たりにすることが多いようで。久しぶりに話したとき、わたしの思う「両親の介護や死後について」思っていることを長女に話した。


そもそも両親や兄弟と(長女にとっては祖父祖母や叔父)話し合いの場を作るということに、かなりのエネルギーが必要だと感じていること。家族の1人1人が、いまどんなふうに両親の介護が必要になった時に考えているかを知ることが大切だと感じていること。


両親は自分の最期をどこで迎えどのように過ごしたいと考えているのかを兄弟と一緒に認識しておく必要があるということ。その先に、具体的な社会資源を活用して家族全員が無理のない形で穏やかで幸せな介護につながる方法を、全員で考えていくと良いと思っていることなど。でもね、第三者として関わるのは慣れているけど自分の身内なるとやっぱり構えちゃって難しいんだよねー、なんて長女に話した。


すると「そうそれ!本当に大切だと思うよ。じゃあ、わたしがおじいちゃんやおじさんに声をかけようか。話すときも参加するよ。わたしが仕事で経験したことや感じてることを伝えることはできるからさ」と。


わたしとしては、なんとも心強い後ろ盾が。職業として関わっているからこそ、身内として、行動することの大切さを感じそして実際に行動してくれた。ああ、わたしはなんて幸せなんだろう♡長女よありがとう。


そして、その日はやってきた。・・・とはいえ、はなしの切り出し方はタイミングがむずかしく。。。


続きは、次回へ。最後まで読んでいただきありがとうございます。みなさんは、「介護についての話し合い」をしたことはありますか?



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山田ひろ子
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