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虚像と実像の狭間にて

ダリダとヨランダ

50歳を超えたくらいから、ヨランダ(ダリダの実名)は、観客が期待する若くて美しいダリダという歌手に自分の実際の容姿がだんだんついていけなくなっているのを感じ始めていたと言う。
ヨランダにとってダリダというのは、いろんなスタッフ(ブランド・デザイナーやヘアーアーティスト、メイクアップアーティスト、ピアニストや楽団、演出家など)の協力を得て創り出した image virtuelle(ヴァーチャル・イメージ)なのであって、最初は本人に近い存在だったかも知れないが、いつしか自分の実像とは乖離した虚像になってしまっていたに違いない。
ステージ上の彼女が美しくてエネルギッシュでゴージャスであればあるほど、舞台を下りて仮面と衣装を脱いだ本人は孤独で惨めで疲れ切っていたのかも知れない。
私生活のヨランダは、何度も恋愛に失敗し、3人の相手が自殺し、歳を取ってからは友達も寄り付かず、男と付き合おうとしても皆怖がって誘いに乗ることもなく、モンマルトルの丘にある豪邸に独りぼっちでいることが多かったと言う。舞台の上で拍手喝采を受けるダリダとは正反対の自分をどのように感じていたのか?
腹立たしかったのか?悔しかったのか?
いや、それよりも虚無感に苛まれていたに違いない。
ダリダのシャンソンに "Mourir sur scène" (日本語の意味は「私は舞台の上で死にたい」)があるが、その歌詞は作詞家が書いたもので、おそらくヨランダは舞台の上での死なんて望んでいなかったと思う。本当の自分ではない仮の虚像の姿で死んでいくよりも、一人の女としての幸せ、大好きな男性と結ばれ、子供ができて、楽しい家庭の中で年老いていくという平凡な生活に憧れていたのではないだろうか?
そういう女性だった気がする。

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