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幸せな場所
年明け早々、中学生の息子とプールに出かけた。いや、本当は私は温泉に行きたかったのだけど、息子と温泉に行っても別々だし、と思っていたら市内にゴミの焼却熱を利用した温浴施設と屋内プールがある場所があることを思い出し、二人で行くことにした。
そもそも、親と一緒にいるより、友人といるのが好きな息子は、誘ってもなかなか一緒に出かけてくれない。だけど、泳ぐことが全身の筋肉に良いことなどを言ったら乗り気になったようだ。
プールに着いた。私の方が先に着替え終わり、歩行者専用レーンでゆっくり歩き出しても、なかなか息子は現れない。隣のレーンに移って、ゆっくり平泳ぎや背泳ぎをしても尚、なかなか息子は現れない。ロッカーの鍵の操作に手こずっているのかな、着替えに手こずっているのかな、などとしばし焦れていると、数レーン離れた隣から、満面の笑顔で小さく手を振る息子に気づいた。
黒いレンズのゴーグルをかけ、水泳帽をかぶっているからか、全然気づかなかった。いや、私のイメージする息子と違ったのだ。筋肉がうっすらとつき、細いだけじゃなく逞しい。息子は水泳が得意ではないけど、すいすいと気持ちよさそうに泳ぐ。何往復も何往復も。
プールでは今、レッスンスクールに参加している10名ほどと、ゆっくり泳ぐ数名、ウォーキング専用レーンは常連さんばかりと思われる5名ほどが、歩くというより、ペチャクチャしゃべっている。音の響かない広くて明るいプールで、仲が良さそうな感じが微笑ましい。私は一人マイペースに、彼女、彼らを追い越ししつつクルクル回った。
しばし過ぎたのち、ウォーキング専用レーンの常連さんたちが集まって、コソコソ話し、そのうちの一人の年嵩のおばあさんがおもむろに声を出す。「お兄ちゃん、ねぇ、そこのお兄ちゃん!」声をかけられたのは、息子だった。え?と気づいてゴーグルを上げ、横を向く息子。「お兄ちゃん、イケメンだね!」
照れたようにはにかみ、一言二言会話する息子。息子はやたら年配にモテる。ふてぶてしく見えないのか、背がまだ小さくて幼く見えるからか、やたら可愛がられる。長女が嫉妬するほど。
私は距離を置き、彼の母と気づかれないように、でも耳は巨大な象のようになって会話を盗み聞きした。息子がイケメンと言われることは、ちょっとこそばゆい。そしてハーフの息子がイケメンと言われることは、日本が平和である証左だな、と思う。フランスと日本のハーフを「ポジティブ」に捉えられることが多いなか、別の国とのいわゆるハーフの子たちは生きにくくないだろうか?と、時に窮屈な日本で思う。
でも、その日プールで出会った人たちは皆一様にニコニコしていて、幸福そうで、私が死ぬ前に思い出したい1日であった。
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