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『怒りと向き合う』  鈴木 悠(すずき ゆう)


 Tさんは、誕生会とカレーが嫌いです。その理由は「誕生会もカレーも何十年もやってきたし、食べてきたから嫌だ」とはっきりしています。今日は、いつも通りの誕生会のはずでした。私は司会を担当し、Tさんはいつものように誕生会が始まると「もぐる」と言って休憩室に向かいました。いつもと同じかと思っていましたが、今日は、誕生会が終わった後も「くだらない」と大きな声を出していました。

 私は頭の中では先月渡せなかったTさんへの誕生日カードのことがとても気になっていました。なぜならTさんが誕生会を希望していなかったため、先月の誕生会を中止したからです。そのため私は自分の仕事の任務をこなすことだけしか考えられず、女性の仲間に誕生日カードを渡すようにお願いしました。

 そして、事件は起きました。休憩室で休んでいたTさんに「Tさんおめでとう」と仲間から誕生日カードを渡すと、彼は、「そんなもんいるか!」「こんなもんいらない!」と大声を張り上げました。その瞬間、皆からの思いが入った誕生日カードは、ビリビリに破かれてしまいました。私も渡した仲間も驚いて固まってしまいました。何が起こったのかわからず、気が動転していました。その場を察した仲間が近づいてきて、私に言いました。「こんな状態のときに、どうしてカードを渡したの?」と。仲間はそういうところがアシスタントより敏感です。予想していなかった出来事に戸惑っていた私ですが、ちぎられた誕生日カードには、仲間やアシスタントの思いが入っていましたし、時間を掛けて作っているから、悔しいという気持ちが込み上げてきました。
 
 なぜそんなことをしたのか直接聞きたいと思いました。一階に行くと、また大声で同じことを繰り返し叫んでいました。勇気を出して本人と対話する決意をしました。Tさんは冷静さが保てない状態でしたが、叫びながらも私の質問に答えてくれました。

「どうして、誕生日カードを破ったの?」と彼に尋ねると、興奮しながらも「誕生日カードはもういっぱい溜まるし、ゴミになるだけなんだよ。誕生会は、時間がもったいないから、仕事がしたいんだよ」と彼なりに納得できる答えを私に伝えてくれました。その話を聞いて、妙に納得してしまいました。急に肩の力が抜けました。そして、本人が伝えたかったことは、誕生会の間は、作業をしたいことと、誕生日カードはもう作らなくてよいこと、この二点でした。こんなシンプルなことなのに、もしかしたら、何十年も溜めていたのかもしれないと思いました。怒りは恐く醜いものだと思っていましたが、どうやらそれだけではありませんでした。
 
 怒りと向き合うことは、とてもエネルギーが必要なことではありますが、怒りと叫びの中に、大切な本人のメッセージが隠されているのだということが、今回仲間を通して気づくことができました。心の声を聞き取ることは容易ではありませんが、怒りという暗い闇の中に勇気を出して向き合うことができたとしたら、光に繋がる手がかりなのかもしれないと思いました。

 仲間は一見言葉を人に伝えることが苦手です。でも仲間の凄い点は、思いを伝えることです。祝いの場では、ニカっと笑って「おめでとう!」と何もかも忘れさせてくれる笑顔で私たちに祝福をしてくれます。また言葉はなくても、ギューッとハグしてくれるキュートな仲間もいます。私は人によってコミュニケーションが急に難しくなります。緊張したり、何か自分にとってマイナスのことを言われたりするかもしれないと思ってしまい、考え過ぎて言葉が出なくなってしまいます。人にはあまり言いたくない自分の弱いところです。

 しかし、仲間たちは胸の奥にすーっと入ってきて、私たちのカチカチに固まった心を包んでくれます。そんな彼らは私の癒しであり、ハッピーな気持ちにさせてくれる大切な存在です。仲間は私の支えです。
3年目のコミュニティ生活、日々彼らを思う気持ちが強くなってきているのに気がつきます。大切な仲間たちのために、ずっと寄り添える自分でいたいです。

                                
                              

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