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【小説】見覚えのない写真 最終回 すべての景色は、間違っている 

 エレベーターが再び4階から下降したとき、小野は思い出していた。
 Aと喧嘩をしたのは自分ではなく、Sだったことを。
 ある冬の日に、ふたりは授業をさぼってドライブに行った。たしか、Sが兄だか姉に頼み込んで借りた車で。その車に、小野は乗っていない。
 どこかのインターチェンジから首都高に乗って、川を超えたあたりでトラックが積荷を撒き散らす事故が起きたそうだ。それで首都高はひどく渋滞した。途中のドライブインで何か食べよってと言ったのにさ、どうせならもっとおいしいとこで食べたいっていうんだよ。
 そう話したのが、AとSのどっちだったかは思い出せない。
 ふたりは空腹のまま、渋滞に巻き込まれてしまった。時刻は昼をとうにすぎて、日が暮れ始めていた。寒い、お腹が空いた、トイレに行きたい。
 小野は二人からそれぞれの話を聞かされているあいだ、首都高からのぞくきらきら反射するビルや、その上に広がる冬の曇天、散らかった積荷(小野はそれを、ケーキだと思った。高速道路に大量のショートケーキやモンブランやフルーツタルトが散らかっている)、道路の真下を凍えながら歩く通行人のことを想像していた。Aが話すときにはビルが山になり、Sが話すときには昼が夜になった。
 だからそんなのはきっとぜんぶ、間違っている。

 両手を上げて手のひらをくるくる回しながら、佐伯さんはゆっくり弧を描くように展開させた。見たことのない、ストレッチだ。
「それってどこに効くんですか?」
「いや、適当」
 小野も真似をして、手をひらひらさせる。
「結局箱っていうか写真はどうするん?」
「うーん。そのまんまですね」
「結局なんだったのか、わかんないのかあ」
「佐伯さん、残念そう」
「見てみたかったからかなあ。写真のその町を」
 たぶんあれは、自分でぜんぶやったのだと今は思っている。町のうえに、割り箸とかできるだけ平坦な感じのするものを入れて、テープで止めて、忘れてしまったんだろう。
「小野さん、りんご食べた?」
「酔い止めですね。食べましたよ」
「お菓子は?」
「ばっちりです」
「私だって、持ってきたし」
 ひらひらをやめると、佐伯さんはバッグからおまんじゅうやせんべいの入った袋を出して見せてくれた。
「あ、来た」
 ナズ穂さんの車が、ゆっくりと二人のもとに近づいてくる。

終わり

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