【ショートショート】あたらしい電話番号
あたらしい電話番号になったら、朝から晩までじゃんじゃん間違い電話がかかってくる。
間違いだと言う前に、みんな人生相談をはじめてしまうので困る。どうやら人生相談屋と似ている番号で、チラシに間違って私の番号を印刷したらしい。なので片っ端から、適当に答えている。
それが先週から、一度も相談電話がかかってこなくなった。
相談屋、新しいチラシを入れたのかな。
ちょっとさみしいなと思いながら久しぶりの静かな家で、そうめんの薬味に悩んでいたら、相談屋が水ようかんを持って詫びに現れた。わたしと同じくらいの年の女だ。
「ご迷惑をおかけしましたが」
頭を深々と提げながら、相談屋は言った。
「が?」
「あなたの適当な解答のせいで、すっかり困っているんです」
「そうなの」
「前後左右考えずに答えたでしょう。あとから文句がくるんです。そのくせ私が丁寧に答えると、みんながっかりするんですよ」
そりゃ大変でしたと私は笑ってしまった。
「ところで昼ごはん、食べました?」
「まだです」
そうめんをすすめると、彼女は喜んでくれた。
「いいですね、そうめん」
薬味は何がいいでしょうと聞こうとしたが、やめた。こんなことで相談扱いされては大変だ。相談料はとらないだろうが、苦手な茗荷とか言われそう。さっさと生姜をすって、そうめんを茹でることにする。
二人で黙然とそうめんを食べていると、彼女がふと、
「お詫びと言ってはなんですが、あなたの人生相談でもしますよ」
と言う。ほらきたぞ。
「いいんですか」
「もちろん」
適当な悩みをでっちあげてやれ。
「実は最近、夜な夜なご先祖様が枕もとに立って、私の生活態度を叱るので困っているのです。なにせ、五代前のご先祖様で。あ、考えてみるとご先祖様ってどのあたりの人までを言うんですかね。とにかく、古い時代の人でどうにも話があわなくて。殿方と直接話をしてはいけませんとか、どうして髪がくねくねしているのかとか言うんですよ」
私は毎日きれいに巻いている自慢の髪を、ふさあとかきわけた。
「それでは髪の毛をまっすぐに整えて、殿方とは距離をおいたらどうでしょう。そうすればもう、枕もとに立つことはないんじゃないでしょうか」
生姜が強すぎて、真人間になってしまったのだろうか。相談屋はなんだかつまらないことを言う。
「えー、それじゃあ相手の思うつぼじゃないですか。私はなんとか説得したいのに」
「それもそうか。では、あなたがご先祖様の髪の毛を巻いてさしあげれば」
「でも、祖先男ですよ」
と今度は私がつまらないことを言っている。所詮はできあいの相談か。
「ますます喜ばれますよ。ちなみに、ご先祖様はどんな系譜の方?」
「えっと、かなり遠い親戚みたい」
「それなら他人のようなものですから、恋も芽生えるかもしれません」
「芽生えてどうするんですか、祖先ですよ」
「いいじゃないですか」
「はあ、まあそれでやってみます」
それから相談屋は、水ようかんを食べて帰って行った。
その夜、夢に相談屋が現れた。
夢の中で相談屋は何か相談したそうにしていたが、沽券に関わるのか、何も言わなかった。私はヘアーアイロンをつかって、器用に相談屋の髪を巻いてあげた。相談屋は、くるくるに指をからませて嬉しそうに笑った。
先日、たまたま相談屋のチラシを見ることがあったのだが、髪の毛がくるくるになっていた。私は苦手な茗荷を買って、相談屋の次の来訪に備えている。
間違い電話は今でもたまにかかってくるが、相談は丁重にお断りしている。
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