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「いとお菓子」 町子さんと小太郎

 久しぶりに会社に行く。

 ざっと三十五日ほど休んだろうか。いつもより一時間も早く着いたら、すでに野良猫フーが来ていて、ロッカールームでスムージーなんか飲んでいる。私を見ると、あら三十五日ぶり、などと言う。猫なのに、数字に正確なところはさすが経理部、と感心する。

 三十五日も休むと、いろいろなことが変わってしまうものだ。

 隣のデスクの大山たけこの髪が長くなっている。三十五日前には耳が見えるくらいのショートカットだったのに、今では尻が隠れるほどだ。恋をして髪の毛がはやく伸びたのか?

 昼休みになると、みんなが寄ってきた。

 久しぶり。いままで何していたの、さみしかったなあ、元気にしてた、などと口々に言うが、みんな、三十五日分の菓子を狙っているのだ。

 なにせ、私のデスクの引き出しは人一倍大きくて懐も深い。そこにはぎっしり菓子が詰まっている。

 さっそく、ひとりひとりに菓子を配ってやる。
 課長には「あのよろし」。つきたての餅にきな粉と金粉が縞模様に振りかけてある。これを食べれば出世は間違いなし。

 たけこには「色即是空」という名のついた紫色の綿菓子をやる。三千年前の種から増やした幻のサツマイモを摩り下ろして漉した汁を混ぜた粗目でつくった特別な綿菓子だ。これを食べると恋が成就すると言うと、ちらちらと松岡を見ながら食べている。

 フーには、「狭いけれども楽しい我が家」という名の畳鰯。あたしの家は百坪あるし、あたしは魚は食べないの悪いけど、とかなんとか言って野菜ジュースを飲んでいる。

 松岡は甘いものが嫌いだから私のお菓子には興味がない。気が変わったときのために、今から松岡特性の菓子を用意しておかなければならないとは思ってはいるが、久しぶりに会社に出たので今日は疲れてしまった。

 明日から、夏休みである。


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