奇妙な会社「白いタオル」
ベランダにはもうこれ以上干しきれないほどの洗濯物がたなびいていたが、新しい洗濯物は待ってくれず、彼女が乾きはじめたタオルに手を伸ばして空間を作り出そうとした瞬間、真っ白いタオルがひらひらとベランダから落下していった。
庭の植え込みの間にとどまってじっと動かないタオルはもはや土にまみれてしまったのだから、もう一度ざっと手で洗って脱水をかけて他の洗濯物に紛れさせてしまおうと思ったところで、猛烈な眠気に襲われた。
それは毎日同じ時刻にやってくる悪魔のようなもので、彼女には慣れっこの訪問者だったのに、どうしても断ることができず、ドアを開けて招き入れるようにして、彼女はベランダに干した布団によりかかって目を閉じた。
半分以上睡眠状態にあるにも関わらず、彼女の頭の中にはまだ植え込みに紛れたタオルがそこにあったが、いつの間にかそれは、風にあおられて空に舞い上がっていった。
と言っても現実にそうなったのでなく、彼女の想像のなかで飛び立ったので、相変わらずタオルはそこにあったけれど、想像のタオルは舞い上がったことですっかり乾いてどこか遠くへ行ってしまった。
空は高く広くどこへでも繋がっているので、タオルは、彼女が一度も行ったことはない町で働いている髪の毛がとても短い女のところに届いた。
おかげで髪の短い女は、高いビルの階段を登らされることになった。おそらくは、飛んだタオルが高いビルの階段を想像させたのだろう。そんなことを全く知らない女は、用済みになったの書類が詰まった段ボールを抱えて額にうっすら汗をかいている。えんえん外階段を上がっているとき、眠っている彼女の町で吹いている風が空をつたってビルに到達し、書類の一枚を撒き散らした。
髪の短い女は、書類の行方を探そうとしたが書類はどこか知らない遠いところに飛んでいってしまった。その時、インターホンが鳴って、彼女が目を覚ましたが、家の外には誰も立っていない。
その瞬間今度こそ本当にタオルが舞い上がり、どこかに飛んでいってしまうのだが、誰もいない玄関をベランダからジロジロと見おろしている彼女はタオルのことをすっかり忘れている。
というか、自分は今どこにいるのか。えんえんと、高い階段を上がっていたのではなかったかと思ってもう一度空を見上げると、そこに白いタオルなのかそれとも大切なことの書いてある紙なのかわからないものが舞っている。彼女はそれをつかもうとして、手を伸ばす。すると、空のなかの白いものに何かが書いてあるのが見える。そこには長い数字の羅列や誰かの名前や難しい文言や、はてはどこかの部屋や椅子や机や電話や、そこで立ったり歩いたりしている人の姿まで見える。彼女はそれに目を凝らすと、決意するのだった。
私は明日、遠距離通勤の面接に行こうと。
奇妙な会社 つづくけど話はつづいてません。