【SS】夏の名残のレインボー
「レモンからブルーハワイまで全部かけて!」
「はあ?」
あいつが半泣きでバイト先の喫茶店に来たのは夏の終わり、そろそろかき氷も終わりにしようかと言い合っていた頃だった。取り敢えず店の隅の席に案内し、「何か頼む?」と聞いたら「かき氷」と答えた。そして冒頭の言葉である。要はかき氷シロップ全種類かけてくれ、とのことだ。
「いいでしょ?割増料金払ってもいいから。」
あいつの言うことは聞いてやりたいが、俺はただのアルバイトだ。できるわけないだろう!と言ってやりたいが、必死で泣くのをこらえているあいつを見るとやっぱり言えない。困った……。
サークル仲間のあいつとは会った時から妙に馬が合った。サークルの飲み会で先輩の世話をして終電を逃した時、あいつと二人で一晩中歩きながら語り明かしたのは良い思い出だ。あの頃から俺達は男女の垣根を越えた友情で結ばれたのかもしれない。最も今じゃ友情というより腐れ縁になりつつあるが。
結局、俺はマスターに頭を下げてあいつの願いを叶えてやった。マスターも「もうかき氷も終わりだし、なんか訳アリっぽいからね」と言って特別に了解してくれて、料金も据え置いてくれた。感謝である。かき氷をあいつの目の前に置くとあいつは少しだけ見つめた後、ガシガシと豪快に食べ始めた。その食べっぷりを見て俺は思った。ああ、男に振られたんだな、と。互いの恋愛事情を把握し合っている俺達は、振られた後の行動パターンもよく知っていた。あいつの場合はやけ食いだ。でも普段なら食べ放題の店に行って「バカヤロー!」「ふざけんな!」などと悪態をつきながら食いまくる。でも今日は妙に大人しくて何だか調子が狂う。俺は接客しながらあいつの様子を観察していた。
かき氷を食べ終わった頃合いを見て俺はあいつの前に温かいレモンティーを置いた。あいつはびっくりしたように顔を上げた。
「急いで食べたから頭痛いだろう?これは俺のおごり。」
「……。ありがとう……。」
あいつはゆっくりカップを取り上げ、口をつけた。レモンティーを少し飲んだ後、あいつはポツンと言った。
「さっき彼と別れてきた。」
「何かあったのか?」
「男同士でキャンプに行くって言ってたのに……。」
あいつはそう言ってスマホを取り出した。そして1枚の写真を見せてくれた。
「友達のインスタ見たら、写ってた。右隅に……。」
見せてくれたのは若者に人気のインスタ映えスポットで自撮りする女の子の写真だった。俺も知っているあいつの友達だ。その写真の右隅に確かにカップルが写り込んでいた。拡大しなくては分からないくらいだが、付き合っているあいつにはすぐに分かったのだろう。
「その子、元カノだって。1ヶ月くらい前から時々会うようになったって。悪かった、と謝っていたけど、私は嘘ついたことが許せなかった。」
あいつはそう言って俯いた。頬には涙がつたっている。
「あの人、私には嘘をつかれるは嫌だ、大嫌いだって言ってたくせに。自分が嘘をつくんだから……。」
あいつはそう言って肩を震わせ、声を上げずに泣いた。そんなあいつが痛々しくて俺はただそばで見ているしかなかった。
あれから何年経っただろう。俺は久しぶりにかつてのバイト先であるバイト先を訪れた。あの後しばらくして就活やら卒論やらで忙しくなり、バイトの方はやめてしまった。その後、一度も訪れる機会がなかった。店は相変わらずのレトロ感でそれが妙に嬉しかった。
「やあ、久しぶりだね。」
店に入るとマスターがあの頃と同じ笑顔で迎えてくれた。
「ご無沙汰しています!」
一礼して顔を上げた俺の目に『かき氷 レインボー』という文字が飛び込んできた。
「マスター、あれって……。」
「ああ、あれ?君の友達が食べていたのを見ていて自分も欲しいって言ってきた人が結構いてね。試しに数量限定で出したら評判が良かったのでメニュー化したんだ。」
「そうなんですか。」
「あの子にお礼言わなきゃ。今でも交流ある?今度連れてきてよ。」
「分かりました。あ、今日は俺が頼んでもいいですか?」
「もちろんだよ。ちょっと待ってて。」
おれは近くの席に座った。そしてのんびりとかき氷ができるのを待った。
「そういえば、あいつが男のことで泣いたのってあの時だけだよな。」
店の奥から聞こえる氷を削る音を聞きながら俺はそんなことを思い出していた。
こちらに参加しています。のんびりしすぎてギリギリになってしまいました😅
久々の腐れ縁カップル。今回は彼目線のお話です。今後どうなるのかな?私自身も楽しみになってきました
ヘッダーの写真はみんフォトのやどかりうさぎさんの作品を使わせてもらいました。ありがとうございました。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?