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デジタル監視社会は日本でも潜行している

アメリカを中心としたデジタル監視社会について、ズボフの『監視資本主義』という大著を3回にわたってご紹介しましたが、では日本の状況はどうなのかという視点をもたらしてくれたのが、堤未果さんの『デジタル・ファシズム』です。


わたしたちの個人情報はほぼ間違いなくアメリカ政府にわたっている

 本書を読みすすめていくなかでまずびっくりしたのが、中央省庁向け政府共通プラットフォームのベンダー(製造・販売元)として、アマゾンが選ばれていたことです。国家の中枢のシステムをアメリカ企業に委ねるような決定がされていたことに、愕然としました。どうぞなんでも見てくださいと差し出しているようなもので、スパイの手間すらいらない国なのですね。しかも、個人情報などを管理するデータ設備を日本国内に置く要求は、2020年1月1日に発効した「日米デジタル貿易協定」よってできなくなっているのに、そういう選定がされているそうです。
 とはいえ、アメリカの属国としての現状を鑑みれば、拒否できなかった要求なのではないかとも思えますね。最近、軍事部門で自衛隊がアメリカの指揮のもとで動くといったことが話題になっていますが、ITの分野でも同じように、アメリカ政府と日本政府は、ほぼ一体となって運営されるような方向にあるのでしょう。
 さらに言えば、2018年に成立した「クラウド法」によって、アメリカ政府は個人情報の提出を米国内に本拠地を持つ企業に対して、国外に保存されているデータであっても、令状なしで開示させることができるようになっているそうです。ということは、アマゾンなどで買い物をしている私の情報は、アメリカ政府にわたっている可能性があるということなのです。知られて困るようなものを買っているわけではないのですが、知られる状態にあると思うと、不愉快ですね。
 私の個人情報は、個人情報保護法によって保護されていると、私もかつては信じていたのですが、そんな期待はむなしくなるような法律がすでに運用されていることも、本書で知りました。安倍政権下で2013年に作られた、自由なビジネスを邪魔する規制をバイパスする「国家戦略特区法」。その改正法が2020年に成立していて、個人情報の扱いが緩くなっているそうです。通常、自治体が個人情報を扱うには本人の同意を必要としますが、街全体のサービス向上のために使うなど、公益を目的とした使用であって、同意を得ることで事務手続きに支障が出ると判断されれば、政府や地方自治体が本人の許可なく個人データを第三者(民間企業)に提供できるようになってしまったようです。

デジタル化が骨抜きにする地方自治

 デジタル庁に権限を集中させるため、データの扱いに関するルールを全国で統一することにもなっています。各自治体で定めていた個人情報保護のルールは一旦リセットされ、すべての自治体が国のルールに合わせることになり、利用目的が明確ならば、今まで直接収集が原則だった個人情報を、間接的に手に入れることも可能になったそうです。
 この6月に、地方自治法の改正が行われ、感染症の大流行や大規模災害などが発生した場合に、国が自治体に必要な指示ができる特例が盛り込まれました。感染症が再来したら、ワクチン供給への対応の仕方で、これまでできていた自治体独自の判断ができなくなるということで、私が地方自治法という法律に注目するきっかけとなりました。それまで、自分たちのことは自分たちで決めて、運営していくという、2000年頃から本格化した流れが私の頭の中にはあって、その視点で物事を捉えていたわけですが、真逆の制度がデジタル化の流れのなかで着々と準備されていることを知りました。
 地方自治制度を解体する「自治体戦略2040構想」が、2018年に総務省からだされていたことも初めて知りました。

今のままでは少子化の影響で、特に小規模自治体は存続できないから、デジタル技術と民営化で業務を効率化するという。公共サービスは民間企業に外注し、自治体はその民間サービス(アプリ)を、少数の公務員がマネージャーとして運営する管理場(OS)として、新しく生まれ変わらせるのだ。
さらに、中枢都市とその周りの自治体を地域ごとにまとめて「圏域」という一つの自治体とし、そこに入れない小さな自治体は、都道府県が傘下に入れて上から運営してゆく。選挙で選ばれた地方議会には介入させず、財源措置をはじめ、地方行政は全て国が主導する中枢都市が運営するので、トップダウンで物事がサクサク決まってゆく算段だ。

『デジタル・ファシズム』

信用スコアは国民の抵抗権を奪う

 物事がサクサク決まっていくという、何をするにしても遅いと批判されがちな日本政府の面目躍如のような構想ですが、こういったことを行うにあたって、大量の個人データが集められることは明らかで、それらが本当にわたしたちの利益になるように使われるかはとても疑問です。それは中国で採用されている「信用スコア制度」について知ることで感じる懸念でもあり、中国企業の事例を一つご紹介します。

アリペイは2015年に、決済情報から取り込んだ個人の買い物データや銀行へのローン返済履歴に、日常的に集められる膨大な個人情報を合体させ、AIが点数化した社会信用スコア「芝麻信用」を、自社の決済システムに搭載した。
その信用スコアは、学歴や勤務先、資産、人脈、行動(買い物や交通違反、各種トラブルなど)、返済履歴(未払い等)の5項目から計算される。
アリババ本社から最寄りの地下鉄駅に表示されているのは「社会信用スコアが低くなると、ローンや融資の審査、就職や入学など、様々な場面で日常生活に影響が出る可能性がある」という警告文だ。
スコアが低くなり、自治体が管理するブラックリストに載ると、あらゆる面で経済活動ができなくなる一方で、高スコアになると、ローンの金利が優遇されたり、賃貸住宅の敷金が無料になったり、病院で通常前金制の治療費を後払いで支払えるなど、多くのメリットが用意されている。

『デジタル・ファシズム』

 こういった信用スコアは完全管理型社会のツールとして効果が高いようで、「政府が好ましくないと判断した人物は、デジタル化した中国社会でまともに暮らせなくなる」と、党幹部が公言するほどになっています。さらに、信用スコアにプラスして、ベーシックインカムやデジタル通貨もあわせると、国民は生きる術を政府に強く依存するだけでなく、一挙手一投足も把握されることになってしまい、反政府の暴動は減ってゆくだろうと言われています。現に中国では、政府主導の信用制度とキャッシュレスが導入されて以来、「国民のお行儀が格段によくなった」と書かれています。中国での大規模なデモのニュースを聞かなくなったわけですよね。
 中国とは違いがあるようですが、「信用スコア」は、アメリカですでに「サービスとしてのソフトウェア(software as a service)(SaaS)」といったビジネスとして花開いています。このサービスについては、ズボフの『監視資本主義』の記述のほうがイメージしやすかったので、その部分をご紹介します。

(信用スコアをだすための)オンライン行動には、テキスト、eメール、GPS座標、ソーシャルメディアへの投稿、フェイスブックのプロフィール、小売取引、通信パターンなどが含まれる。データソースには携帯電話のバッテリーを充電する頻度、着信メッセージ数、電話の着信に応えたかどうか、応えたのであればいつ応えたか、電話にリストした連絡先の数、オンライン・フォームにどのように記入するか、毎日の移動距離、といった私生活に関わる詳細も含まれ得る。(中略)
サービスとしての監視のもう一つの例は、雇用主や家主に、従業員や借主の候補の、詳細な審査情報を販売するというものだ。たとえば、家を借りたい人は、自分のソーシャルメディアの全プロフィールへのアクセスを、家主から求められる。その後、この審査代行会社は、会話スレッドからプライベートメッセージまで、「サイトでのすべての活動を抽出」し、自然言語処理やその他の分析ソフトウェアを使って、家を借りたい人の人柄から財務ストレスレベルまでを網羅した報告書をまとめる。それには妊娠履歴や年齢といった繊細な情報まで含まれる。本人には情報を閲覧したり、それに異を唱えたりする機会は与えられない。このデジタル審査では、貧しく選択肢が少ない人ほど、ファウスト的取引の餌食になり、社会への参加と引き換えにプライバシーを剥奪される。

『監視資本主義』

 これはアメリカでの事例だから、日本ではそこまでまだいっていないのではないかと幻想を抱かれている人がいたとしたら、残念でしたということで、日本でもPayPay銀行が個人の信用スコアを企業にすでに販売しているそうです。2021年5月に成立したデジタル改革関連法では、個人情報保護法が緩められ、思想信条や犯罪歴、病歴などのセンシティブな情報も次々にデジタル化されてゆくことになったそうです。
 となると、これからローンを借りたいといった人は、自分のあらゆる言動に気をつけなければならない社会になっていくということです。それが中国のような極端な制度になるのかは、現状では不明ですが、ローンの審査が通らないといったことが起こったときに、何が原因かを考える過程で、ソーシャルメディアでの書き込みまで審査の対象になっているかもしれないと知って、その人を委縮させていく可能性は十分考えられます。
 今は過渡期であり、どうなっていくのかがまだ見えていません。その中で現状において私がしようとしていることは、情報をひとまとめにさせないようなデジタル活用法を編み出していくことです。

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