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大学受験は大体思い通りにいかないし、共テは追試になる
こんにちは。米津玄師に今更ハマっている大学1年生「?!めめへぬひれもひ」です。
さて今回は、前回の予告通り
「大学受験がいろいろあって波乱だった話」
について、語ってみたいと思います。
大学名は伏せるので、合格体験記……とまではいきませんが、タイトルにもある通り、共通テスト追試を受けると言う稀有な体験もしたので、ぜひ最後まで読んでみてください!
受験生へ向けたメッセージも多いのですが、そこはご了承ください。
それでは目次行きます!!↓
1.共通テスト追試……?
私、今は晴れて大学生となり、大学1年の夏休みを満喫しているのですが、大学合格までにものすごい紆余曲折がありまして、その代表例が共通テスト追試なんですよね。でも、いまいち追試験がどんなものか知らない人が多いと思うので、ぜひ知っていただこうという思いでこのnoteを書いています!
そもそも共通テスト追試とは?
大体1月の2週目の週末に行われる共通テスト。毎年何かしらの波乱をもたらす、受験で最も大切で、厄介なテストの一つですよね。
そしてこの共通テストには、本試験と追試験と呼ばれるものがあります。
追試験というのは、やむを得ない事情で本試験を受けることができなくなってしまった受験生(私のようにね……)のために、例年本試験の2週間後に行われる試験のことです。
私は2024年度共通テスト追試験を受験しました。
(参考)2024年度共通テスト日程
共通テスト本試験→1月13日(土)、14日(日)
共通テスト追試験→1月27日(土)、28日(日)
追試験には、本試験とは全く違う試験問題が用意されており、本試験に比べて新傾向の問題が多いとされ、難易度も高いと言われています。
ただし、追試験受験者は本当に少ないです。
(今年は受験生約50万人のうち約1000人が追試験を受けたらしい。つまり私は1000分の1!)
また、平均点の公開も行われないため、難易度が高いかどうかは不明で、大学入試センターによると、本試験と追試験に難易度の差はないらしいです。(明らかに難しかったけどなあ……)
追試験は基本的に、東日本1会場、西日本1会場で行われます。
ただし、追試験受験者が多い場合は追加試験場が設けられる場合があり、2024年度の追試験では、1月1日に発生した能登半島沖地震の影響で金沢大学にも会場が設置されるなど、特別な対応がされることもあります。
(参考)2024年度共通テスト追試受験会場
当初の予定
東日本→東京外国語大学
西日本→京都工芸繊維大学 の計2会場
実際の会場
東日本→東京外国語大学
埼玉大学 聖徳大学
西日本→京都工芸繊維大学
大阪教育大学
特例措置→金沢大学 の計6会場
追試験が認められる場合は様々あり、傷病や、家族の危篤や死去といったものから、会場に行くまでの電車内などで痴漢に遭ったなどの場合でも、追試験申請を行うことができます。
共通テスト実施の手引きとかに書いてあるので、よく読んでおいた方が良いです!
ただし申請には期限があり、本試験が行われている2日の間に申請しなければ、追試験の受験はできません。もしも追試を受けたい場合は、保護者の方などに頼んで、迅速な対応をお願いしましょう。
ちなみに寝坊は対象外だから気をつけようね。
なぜ追試に?
結論から言うと、私の場合は新型コロナウイルスに罹患したためですね……感染経路など詳細は控えますが、41度ほど熱が出て、味も匂いもわからなくなり、人生が終わるかと思いました。
ちゃんと治った時には、共通テストが追試になってしまったことへの焦りや不安よりかは、生きてて良かったという気持ちの方が強かったです。
この、生きてればなんとかなるという、謎の悟りの精神がその後の受験に多大なる影響を及ぼし始めます。
初めての東京駅、号泣、不眠
自己紹介で述べた通り、私は静岡県出身です。追試験の会場は、静岡県まで東日本判定で、私の場合は東京外国語大学でした。
中学生の時からコロナなどがいろいろあって、あまり遠出もしていなかった私にとって、初の東京駅来訪が、まさか共テ追試になるとは、思いもよりませんでした……
東京外国語大学は、都心から割と離れたところにあって、東京駅から快速に乗り込んでも40分ほどかかります。しかも乗り換えもあります。
毎年この会場で行われるわけではないのですが、私は一番東京駅から遠い年を引き当てたようです。
1月26日金曜日、私は地元から新幹線に乗って、前乗りすることになりました。
新幹線に乗って東京駅に行くまでは良かったのですが、問題はそれからです。
東京駅はごった返していて、地元とは大違い。ほぼ東海道線しかない静岡では、乗り換える線路も機会もほとんどないため、駅で迷うことも不安になることもありませんでした。
しかし、東京駅は乗り換え放題の中心駅。見渡す限り続く様々な路線への階段に、私は思わず立ち尽くしてしまいました。
幸い、私には鉄道大好きな友人がおりまして、東京駅で電話を繋ぎ、目の前に見えている光景を伝えました。すると、なんと口頭で道案内をしてくれました。目の前の風景が見えていないのに、なぜそれだけで駅の様子がわかるの……?と震撼しましたが、ありがたすぎて頭が上がりませんでした。
無事にホテルの最寄りに着いた私は、一度東京外国語大学の下見に向かいました。
東京外大の最寄駅は、西武多摩川線多磨駅。
多摩と多磨で文字は違うし、初めての土地だし、1人だしで、なぜだか泣けてきてしまいました。その日の夜はお腹も空かず、うどんだけしか食べられませんでした。
その後、もう寝ようと思ったのですが、不安と緊張で全く眠ることができないのです。結局午前2時くらいになって眠りについた私は、4時間ほどの睡眠で試験を迎えます。
朝の電車で、ほぼ半泣きで会場に向かったことを覚えています。本当なら、高校の仲間と一緒に共通テストを受けていたはずなのに……と言う思いが余計に涙に拍車をかけていました。
↓当時のメモもまだ消せずに残っています
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2日間の試験
1月27日土曜日、試験1日目が始まります。
1日目の科目は地歴公民、国語、英語です。
文系の私にとっては、まだなんとかなりそうな科目揃いで、朝から半泣きだった私も、試験会場に着く頃には少し落ち着いていました。
追試験申請証明書と受験票を受付に見せてから会場へと入り、しばらく開始を待ちます。その間もガチガチに緊張していたのですが、ここで突然、先述した謎の悟り状態になりました。
ちゃんと健康な状態で試験を受けられているなら、それでいい気がしたのです。
すっと緊張が消えた気がして、その後は順調に解き進めることができました。どうせ追試験は本試験よりも難しくなる、と大きく構えていたのも良かったのかもしれません。1日目が終わる頃には、なんとなく手応えも感じていて、緊張もなくなっていました。
その日の夜は蕎麦を食べました。お腹が本当に弱いので、お腹に優しいものを食べた方がいいと判断したからです。そのあと、2日目のお昼用に、ホテルの近くのパン屋さんでパンも買いました。思えばこの時から、だいぶ余裕が出てきていたように思います。その日は、もう少し早く眠ることができました。
1月28日日曜日、2日目の試験日です。
科目は理科基礎と数学で、私にとっては大の苦手科目である数学が控えています。(今年からは情報もあるんだよね、みんな頑張れ。)
しかし、数学を解いている途中、今までにない集中状態に入り込みました。周りの景色が遅くなって、自分の脳だけが早く回転しているような感覚でした。自分でも驚いたのですが、これは千載一遇のチャンスだと思って、ガンガン数学を解き進めました。
これは後から自己採点してわかることなのですが、実は本番の数学が、高校3年間の模試と比べても一番点数が良かったのです。そんなことも、あるんですね……
2日目の試験も無事に終わり安堵していたのですが、そうしていられるのも一瞬、すぐに静岡に帰らなくてはなりません。
追試は2週間遅れの日程。国公立の出願締め切りを考えると、すぐに自己採点をして、出願先を決めなければいけなかったのです。
ハードすぎる出願日程
試験2日目、1月28日日曜日の夜には、大学入試センターからの解答が出揃い、自己採点が始まりました。今でもこの自己採点の様子を覚えています。
自慢になってしまうのですが、なんと自己最高得点を追試で出してしまったのです。得点もはぐらかしはしますが、ドヤ顔で言えるくらいの点を取りました。
嬉しいやら安心したやらで、また号泣です。
2日間の疲れで、新幹線の中で眠ってしまわないようにと始めた自己採点だったのですが、まさかこんな結果になるとは……
あまりに泣いてしまったので、隣に座っていた方に「大丈夫ですか?」と声をかけられてしまいました。とても優しい方で、感動しました。
今思うと、泣いてばかりの受験ですね。
1月29日月曜日、高校に登校します。
なんせ50万人のうち1000人しか受けないような追試ですから、投稿した瞬間クラスのほぼ全員に「どんな感じだった!?」と聞かれました。
多くの先生方にとっても追試の生徒がいるのは初めての経験だったそうで、全く知らない先生からすれ違いざまに、「お疲れ様!」と声をかけてもらいました。当時の自分は、本当に知らない人に突然声をかけられたものだからビビり散らかしていたのですが、先生の優しさだったんだなあと思います。
その後、再度自己採点を行い、ミスがないかをチェック。出願先の候補を決めることにします。
そしてその日の夕方には親が学校に来て、三者面談。忙しく出願先を決定します。
その夜には、出願書類を全て準備しました。
1月30日火曜日、出願書類を準備し終え、先生のチェックを受けると帰宅。そのまま親と共に郵便局に向かい出願を完了させます。
共通テストを受け終えてからまだ2日でした。
ちなみに国公立の出願締切は、2月2日金曜日まで。雪の影響で配達が遅れる可能性もあったので、週の半ばには必ず出さなければいけないという狂気的なスケジュールでした。
これでやっと国立の勉強ができると思っていた矢先に気づいたのです。
私立入試の勉強を1ミリもやっていないことに……
2.波乱、私立入試
怒涛の1週間
私が出願していた最初の私立入試は2月2日金曜日。つまり、共通テストのために東京に前乗りした日から、たったの1週間で私立入試が回ってきてしまったのです。
災難すぎます。勉強なんてできるわけありません。でも、やるしかありません。
これまた大学名は伏せるのですが、MARCHとか関関同立とかを受けました。共テ利用も出していましたし、地元で受けられるものを中心に受けました。
(ただし、ほぼノー勉でした……)
まさか、遠出したくないから地元で受けられるやつばっかりにしておこうという私の怠惰が、ここにきて役に立つとは思いませんでした。これでまたすぐに東京に行かなきゃとかだったら、私の体調は必ず崩れていたはずです。
ここまで来ると、共テ追試が運命だったんじゃないかと思えるほど、いろんなことが噛み合ってきていて、恐怖すら覚えていました。あまりに順調すぎました。
再び、東京
たった一つだけ、東京で受ける入試がありました。まあ、これは2月の半ばだったのでゆとりを持って準備ができました。
今回は母親がついていきたいというので、2人で行きました。だいぶ安心感が違くて、ついてきてくれたことがとても嬉しかったです。
東京駅に着くと、東京に住む姉も出迎えてくれました。追試の日は仕事があったそうで、会うことはできませんでしたが、ホテルの手配などの様々なことをサポートしてくれた、大切な姉です。
私が受験している間に、母と姉で東京観光していたのは、ちょっとずるいなと思ったのですが、ピリピリした受験期に、家族の暖かみに触れることができて、本当に嬉しかったです。
3.国立入試は背水の陣!
ついに国立入試の話です。私立入試の勉強も、もちろんやってはいたんですけれど、本命はこっちですから、並行でこちらも頑張っておりました……大学名を秘密にしている都合上、追試よりはふわっとした内容ですが、ご了承ください。
二次試験対策は意外と楽しい
勉強が一番楽しくなった瞬間が、まさか受験期最終盤の2月だったのは驚きでした。
やっぱり、共通テストまでの勉強ってやらされてる勉強感が強いんですよね。問題も結構癖が強くて、解いていてイライラしちゃったりすることもありました。
でも二次試験対策は、もう自分が行くであろう大学の過去問を解いていくことになるので、主体的にならざるを得ないんですよね。
主体的に勉強する経験なんて、よほど勉強が好きじゃない限りは豊富にあるわけじゃないと思うので、新鮮でしたね。とっても楽しかったです。
ただ、文系なのに二次試験に数学があったので、そこはもう苦労しました。私、直前共通テスト模試の数学20点台ですからね。共テ本番はうまくいったとはいえ、お世辞にも数学が得意だとは言えませんから……
2度目の遠征、緊張、あとは勢いで
入試のために2度目の遠征がスタートします。しかし、追試のために東京に2日間もいっていたおかげで、ホテルでの過ごし方とかがだいぶわかっていて、めちゃめちゃリラックスして過ごすことができました。
受験日の朝、ホテルを出ようとすると、受付の方がカイロをくれたのを覚えています。とても渋いイケオジの方でした。
「応援しております。」の一言が、とびきり嬉しかったです。また泊まって、感謝を伝えたいですね。
あとああいうイケオジになりたいものですね笑
絵に描いたようないぶし銀って感じでした。
受験の日の朝は、そんな混む??という電車の混み具合。人に押されて、足が浮きそうになりながら試験を受けにいきました。本当に足が浮きそうで、一歩間違えたら押し潰されていました。怖すぎます。
ちなみにこの二次試験も2日間。おかげで共テ追試と同じ感覚になれました。
緊張しなかったと言えば嘘になりますが、ここでもお得意の、健康な状態で試験受けられてて最高、というメンタルを発揮。普段は心配性なのですが、何故かこの時だけ「まあ、いけるっしょ」という空気感になったんですよね。
それが功を奏してか、何故か一番解けた科目が数学という、恐怖の現象が巻き起こります。あんなに苦手だった数学が、本番に強い科目になってしまうとは……受験は本当に思い通りには行かないものです。
まあ、追試になった時点で思い通りになってないんですけどね……
でも、国立入試は、私立入試とは違って乱れ打ちできないので、特別な緊張感がありました。いわゆる背水の陣ってやつですね。家庭の経済状況的にも、私立を受けはしたけれど行くのは無理そうだったし、後期試験まで受けることになりたくなかったので、前期試験で決める気でいました。
それも背水の陣感を際立たせていましたね。
ちなみに手応えはあんまりなく、受かるか落ちるか半々かなあくらいの手応えでした。
過度な期待をしても落ちた時怖いし、だからと言って自信がないわけでもないというのが正確ですね。
結果がわからないうちは、どっちと明言するのも怖かったんですよね。
4.合格発表
悶々とした日々が始まりました。合格発表までの期間は、試験日から割と長いんです。
しかも大学によって発表日はまちまちで、他の友達が受かっているらしいという情報を横目に、結果を待ち続けなければいけませんでした。
何も手につかないですよね。2週間くらい空くんですが、ふわふわとした気分のまま、一応後期の対策もするという日々。合格発表のことは、なるべく考えないでいました。
さらに発表時間もまちまちです。10時発表の大学もあれば、私の大学は15時でした。
10時であればその時間まで寝ることで誤魔化せますが、15時まで流石に寝れないですよね。
あの日は、本当に吐きそうでした……
合格発表前日の夜からうまく眠ることができず、睡眠時間は3時間。合格発表当日は後期試験の対策のために高校に登校していました。
しかし、後期試験の指導は12時で終わってしまい、そこから3時間のどうしようもない時間が始まってしまいました。
家に帰っても親がいて緊張するし、かと言って行く当てもない。私は3時間ほどサイクリングをするという強行手段に出ました。自転車走行中は、ずっと感覚がふわふわしていて、ずっとドキドキしていたのを覚えています。
結局隣町までたどり着いてしまい、合格発表のある15時に家に着くように調整して家へと帰りました。その間もずっと吐きそうでした。
今の大学に不満はほぼないのですが、唯一言うとしたら、合格発表は10時にしてほしいってことだけです。心臓に悪すぎます。
15時になり、震える手で発表サイトを開きます。番号を探す形式ではなく、受験番号を入れて紹介するシステムでした。
結果は、合格……!!
嬉しさが込み上げるというより、長かった受験生活が報われて終わったことへの安堵感の方が大きくて、急に肩の荷が降りたような気がしました。そこから先生方への報告や、入学手続きなど、気が抜けないことが続くのですが、もうとにかく脱力しました。
受かったら自分も親も、もっと号泣するのかと思っていたのですが、意外に涙は一滴も出ることはなく、「早く色々やらなきゃ!」という思考に変わりました。
親も自分も案外リアリストなのかもしれません。
こうして長いようでたった3ヶ月の受験が終わりました。
受験勉強の期間を含めれば、1年かそれ以上の戦いだったと思いますが、結果は無事勝利。追試験になったことが、逆に運を引き寄せたような気もしています。実際、本試験の問題を解いていたら、もっと共通テストの成績が悪かった可能性もありますからね。
よくがんばりました、自分。
5.思い詰めるのも良くない
いろいろ書いてきましたが、最後は心の持ちようの話です。これが一番大事かもしれません。
受験勉強をやってたら、終わりの見えないレースに嫌気がさしてきたり、プレッシャーを感じて苦しくなったりすることがあると思います。
そのプレッシャーの原因は様々で、自責の念や先生からの圧力、親とのすれ違いなどが挙げられます。
特に親と進路の意見が合わなかったり、過度な期待を寄せられていたり、逆に突き放されていたりすると、プレッシャーや不安を感じますよね。そして一番その不安やプレッシャーが激しくなるタイミングは、これしかあり得ません。
模試やテストで、成績が悪かった時です。
成績が悪くても前を向くべき
第一志望がD判定とかE判定で落ち込んだり、親に怒られたり、先生に進路相談で「厳しい」と言われたり、受験勉強の道は困難を極めます。
応援されるのが普通だと思ってたのに、なぜか厳しい言葉ばかりが重なって、心が折れてしまう……そんな時期もあるんですよね。
でも、落ち込んでたら追い抜かれます。これが難しいところですよね。
なかなか下がった気分を戻すのって難しいですし、「自分が落ち込んでいる間にもライバルは勉強しているかもしれない」という事実に気づくと、更なる焦燥感にも駆られることになり、もうどうしようもなくなります。
しかし、クヨクヨしていても何も変わらないのは事実です。しかも、判定なんて80%くらい当てになりません。A判定でも落ちるし、E判定でも受かる人は受かります。信じられるのは結局自分だけなんです。
模試の結果やテストの結果に一喜一憂する必要は、正直ありません。成績が良かったらこのまま頑張り続ければ良いし、悪かったら復習して改善するのみです。むしろ、「エグいミスしたけど、本番じゃなくて良かった〜」くらいの図太さを持ち合わせてるくらいの方が清々しいです。
私自身も12月の共テ直前模試で、数学IIB23点という驚愕の数字を叩き出してしまったことがあるのですが、本番じゃなくて良かった〜のメンタルで乗り切り、本番は79点でした。
みんなも、このメンタルで行こう!
辛い時に相談できる勇気が最重要
じゃあ頑張り続けることだけが正解か、と言われたら決してそうではないと思います。
思い詰めちゃう真面目な子もいるし、家庭環境や学校の雰囲気、様々なことが影響して、心が壊れてしまうことだってあります。
心の不調を誤魔化し続けてまで、受験勉強を続けても仕方ありません。良いことひとつもありません。
本当に辛い時、先生でも友達でも親でも兄弟でも、誰でも良いです。近所の人でも、本当に誰でも良いから、助けを求められること。それがどれほど人として大事な力か。
人間の価値は、決して勉強の得意不得意や学歴だけにあるわけではないと思います。そこに固執して、他の良さが失われてしまうくらいなら、勉強を辞めたって構いません。別に受験しなくたって、人生が終わるわけでも、ましてや死ぬわけでもないんです。
心の苦しさや辛さを
たかが受験ごときを理由に
隠す必要も我慢する必要もありません
6.さいごに
受験勉強は、なかなか思い通りにはいきません。高校3年生の4月に掲げた第一志望に、受かる可能性は10%未満とも言われます。
私のように体調不良で追試験になってしまったり、なかには重い病気や、事故などで、追試験になったりする方も中には居るでしょう。
1年先のゴールという、途方もない長さのレースを走り切らなければいけない受験は、もちろん過酷です。それでもそれを乗り越えた時、結果がどうであれ、前よりも成長した自分に出会えていると私は思います。
半年から1年くらい努力し続けたのです。それは誇るに値します。
あと、私はいつまでも追試験の受験生までちゃんと応援していますよ!!
いかがだったでしょうか?
受験なんてない方が、この世は幸せなんじゃないかとさえ思うほど、なかなかにハードな体験になった私の大学受験でしたが、過ぎてみると意外に良い経験な気もしています。
まあ、良い子の受験生はしっかりと体調を整えて、事故にも気を付けて、本試験を受けてください。その方が絶対に良いです。
ちゃんと息抜きもした方がいいです。SNSは全消しとか無謀です。2時間勉強したら、推しの動画を1つ見るでも構いません。
心にゆとりを持って、あなたがあなたらしく受験できることを、そしてその努力が報われる事を心から願っています。
7.次回予告の時間
さてさて、次回予告の時間がやってまいりました。
次回のnoteでは、
大学入学早々、全く眠れなくなった話
をお送りしたいと思います。
長いnoteでしたが、ここまで読んでいただいて本当にありがとうございました!!
それではまた次のnoteでお会いしましょう。
さよーなら、またいつか!