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美人は得
そんな言葉をよく聞く。
振り返っても、やはりきれいな人は人目をひくし、受験、就職、結婚なにからなにまで美しいと有利は絶対にあるでしょう。
そして好きな人に対しても自信満々で、積極的に突き進んでいけるであろうって。
確かに「好きだよ」「かわいいね」と言われたら、女として嬉しいしそうなのかな!と思う。 その喜びで自信につながっていって、自然にいつの間にか人間関係も仕事も発展するのかもしれない。
だけど、ふと思う。美しさで人から贔屓目に見られていろんな得をして、本当に実際私の人生が発展していくのかな、と。
最初は得してポジションもらったり声かけてもらえたりするかもしれないけど、でもそれでもそのあとは?ずっとそれつづくのかな?
最初は「この人の外見でこちらも良い思いするから採用しよう」でも、その良い思いするのが終わったらどうなんだろう?て。就職なんて、女子の採用は嫁候補。それ終わったら別に会社として必要ではない。社員の良妻になればそれが会社の得になり、そのあとはもう用がないから、年をとっていくと厳しい目でみられていく。
実際はやっぱりその人の内側が魅力的であるということで、継続して人から好かれるのであって、その魅力がなければすぐ飽きられてしまうのでは?
そう思ったのは、好きな人に会った時。限りなく惹かれる人が目の前に現れて、褒められても好かれても、どうしようもなく自信が無くなってうつむいていく。
それは自分の中にゆるぎない中身をもてていなかったからだと思う。もちろんゆるぎない中身なんて誰しもそう簡単に持てるわけではないでしょう。でも、自分が思っているほどの中身をもちえていないと、自分に対して厳しい眼でみていたから。
それが、好きな人を目の前にした時に、どーんと立ちはだかってきたようで、今から思えば当時の気持ちを理解できるのですが、ものすごく怖かった。
恐れは人のココロの中に巣食っています。それをしっかり見ようとしない限り、ずっとずっと持ち続けることになる。
そして、それを乗り越えるのも他でもない自分なんだと思う。
好きな人と一緒にいるということは、自分の力で内面の魅力を輝かせていくということなしにはありえないのです。
“恋愛でも婚活でも可愛い女性は有利だ。 就活でも仕事でも可愛いから優遇されることもある。 職場で何かミスしても可愛いから許されることもある。 そんな女のカースト制度、わたしはその厳しさを子供の時にガッツリ体験している。”