「大変ですね」と「すごいですね」が言えれば、社会でやっていくのに十分なコミュ力になる
小学生のころ、「自分の顔を描いてみよう」という時間があった。
僕はあまり自分の顔がどうなってるか興味がなかったので、幼少期に鏡を見た記憶がなく、自分の顔を描けと言われてもイマイチピンとこなかった。
加えて、昔からあまり協調性が無かったので、周りの子達がなにを書いているかも全く参考にすることなく、自分の顔を触ってみたら四角い感じがしたので、自分の顔を四角形に描いた。(ちなみに僕はものすごい丸顔である)
当時それで先生に異常なくらい怒られたのを覚えている。
正直なぜ怒られているのか全くわからなかったので、ただただ恐かった。
みんなと違うことをしてはいけないということを初めて感じた瞬間だったかもしれない。
少なくとも僕はそう解釈した。
そんな感じでバグりながら生きてきたので、卒業証書には「これからも独特の感性を活かしてください」と書かれ続けてきた。
大人になる頃、僕はよく「君みたいな人は、会社員になったら3日でクビになるよ」と言われた。
僕もそうだろうなと思っていたし、特に否定もせず悔しいとも思わなかった。
ところがフタを開けてみればどうだろう。
鬱だとか何だとかで会社を辞めているのはむしろそんなことを言ってた人たちの方で、僕は平然と仕事を続けている。
あんなに意気揚々と社会に出たらどうのこうのと言っていた人たちが、どうも沈んでいるようなので、心配になって話を聞いてみた。
どうやら彼らは、コミュニケーションがうまくいかないとか、人間関係がどうだとかで悩み果てているらしい。
僕より数倍もコミュ力があったあの人たちが、どうしてそんなことで悩んでいるのかさっぱりだ。
僕は基本的に仕事以外の話は2つしかしない。
女性的な人に対しては「大変ですね」
男性的な人に対しては「すごいですね」
これだけだ。
細かい表現やレトリックはもちろん他人が使っていたのをそのまま真似して使うくらいの工夫はする。
でも、基本的に言ってるのはこれだけ。
無駄な話をしたくないわけじゃない。
コミュ力に自信がなかったからこうなった。
でも実はスマートに人間関係を築く人ほど、コミュニケーションはシンプルだと思う。
コミュニケーションが得意だった人たちは、いきなりお笑い芸人のような立ち振舞いをしようとするから空回りしてるんじゃないだろうか。
それが積み重なって人間関係のストレスが蓄積していくのではないか。
毎週アメトーーク!やしゃべくり007を見ている僕から言わせれば、そんなのは無理だ。
あれはプロの技だ。中学生がモンスターハンターにかける時間くらいを話術を磨くことに使わなければ到底為せない。
労働環境は上司がすべてだ。
だからこそ敵対するメリットはないし、二言目には褒めるべきだ。
褒めすぎてクビになった人を僕は知らない。
ネクタイでも遠い過去の実績でもミーティング中のギャグでもなんでもいい。○○なのがすごいですねを口グセにしておけばだいたいなんとかなる。
仕事の出来不出来はバックオフィスの担当者がすべてだ。
だからこそ敵対するメリットはないし、二言目には大変さに配慮すべきだ。
仕事の負荷や退社時間なんて関係ない。
きっと自分を手伝ってくれる人は全員、自分には言えない深刻な家庭の悩みを抱えているに違いない。
そう思って仕事をしていれば、「大変ですね」が自然と出てくる。
だいたい関係が深まってくると重い家庭の悩みを相談される(ほとんど不倫か病気)ので、実際彼・彼女らは悩みまくっている。
悩みまくりながら経理処理や手続きをやってくれているのだから、こんなに大変なことはない。
気を遣いすぎてクビになった人も僕は知らない。
どんどん大変さに声をかけよう。
正直、生まれながらのコミュニケーションお化けみたいな人種にはその分野では勝てない。
勝とうと思うなら吉本工業の養成所にでも入るしかないだろう。
しかし、単に仕事をする上でそこまでのレベルは必要ない。
むしろ言わなければいけないことは限られていて、そこを外さなければコミュ力としては十分だ。
これに気づいてしまえば、陰キャでもそこそこやっていける。
がんばろう。