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設計理論の考察(公理的設計:まとめ)

設計とは、機能領域のFR(必要機能)を満たす実体領域の適当なDP(設計変数)を選択し、FRとDPとの間の写像によって、所期のニーズを満たすような製品、製造プロセス、システムなどの形で総合した解を想像することである。

Nam P. Suh , 畑村 洋太郎 (翻訳), 『設計の原理』, 朝倉書店 , 1992, p23. 

「設計」―技術者にとっては耳心地のいい用語です(この部門に属することが心地いいかは?ですが)。とはいえ、設計と言っても、プロダクトを設計するのか、プロセスを設計するのか、いや、製造系ではなく建築系の設計なのか、言葉の概念が広いため、その理論も構築しにくいことが現状です(それがいいのか?)。

この記事では、公理的設計をキーワードに;
 ①文献調査
 ②設計公理とは?
 ③上記をもとに設計者が陥りやすい共通の失敗の考察
について記載しています。


1.「設計」の概念

ここでは、製造系の「設計」(プロダクト/プロセス)を取り扱うこととし(どちらかというと開発より・・・)、その理論を深めていくことを目的に、この記事のシリーズを進めていきたいと考えています。

まずは、上記かこみの中で記載した「写像」について、顧客の声からはじまる設計について、設計は4つの領域を写像していく行為であると説明しています。

左側の領域は右側に対して”何を達成したいのか”という設計の課題を、また右側は左側に対して”左側の領域の要求を満足するためにどのような提案をすべきか”という設計の解をそれぞれ表している。

Nam P. Suh , 畑村ら訳, 『公理的設計』, 森北出版 , 2004, p12
設計における4つの領域
Nam P. Suh , 畑村ら訳, 『公理的設計』, 森北出版 , 2004, p12, 図1.2 設計における4つの領域

公理的設計は、概念的なものとして位置づけられているので、具体的な方法論とは異なりますがイメージはつかめます。

少し古いですが、大富(2005)より、設計を支援するための,いわゆる設計研究の成果を分類した図が示されており参考になりますので下に記載します。
*本ブログ投稿者が再描画しています。

大富, 「製品開発における上流設計の重要性とその方法」(東芝レビュー Vol.60 No.1, 2005)

この文献では、製品のライフサイクルコストの大部分が設計段階で決定されること、そして上流設計がプロジェクトの成否に重大な影響を及ぼす理由を詳細に説明しています。特に、デザイン・フォー・エックス(DfX)の考え方を導入することの重要性が強調されています。

また、「設計」の概念を広げて、「製品開発プロセス」とした場合、それは「ある特定地点で顧客が要求する機能を、物理的構造物としての最終製品へと具現化させる一連の問題解決プロセス」(青島, 延岡(1997))と述べられています。

以上までは上記のブログで投稿しています。ここでは、次に、リサーチとして、文献と書籍を調査が必要なことを課題とし以下に続きます。

2.文献調査(公理的設計)

設計の概念レベルについて調べる際、以前の本ブログの過去記事が参考になりました(この過去記事(設計の概念化と利益の創出))。この記事では、設計の概念化と利益創出におけるその役割について論じ、設計プロセスが顧客のニーズを機能仕様に変換し、物理的な解決策と生産条件へと導く様子を記載しました。

また、業界内における利益創出の場所の動的な性質と、設計者やマネジャーが将来の利益創出の場所を予測することの重要性についても触れています。

読み返してみると、やはり「設計」の概念的な面では、公理的設計の概念は大切なことがわかります。

概念が幅広い「設計」行為ですが、こうして見てみると、問題解決フェーズと親和性が高いことがわかります。

ただ、ここでは、概念の調査を大切にしたいと思いますので、以下にいくつか文献を挙げ、レビューをしていきます。

中沢, 「公理論的設計法」, 精密機械 50巻, 2号, pp341-346.

この文献では、設計理論に関する研究を扱っています。設計の基本原理を体系的に理解し、適用する方法について解説されています。特に、設計公理としての機能的要求の独立性と情報量の最小化に焦点を当て、これらの原理を実際の設計に応用する例が紹介されています。また、情報量の概念を利用した設計評価方法についても説明があり、公理論的設計法が設計作業の効率化にどのように寄与するかが示されています。

吉川, 「設計とは何か : 一般設計学の試み」, 日本機械学会誌, 84巻 749号, pp328-335.

この文献では、設計の本質とその科学的アプローチについて論じられています。特に、設計行為を客観的に捉え、その過程を体系的に理解しようとする試みが紹介されています。設計が単に物を作る行為ではなく、機能や要求仕様を満たすための知的活動であるという視点が強調されています。また、設計過程の理解を深めるためには、その背後にある知識や機能の構造を解明することが重要であると指摘されています。

大隈慎吾, 藤本隆宏 (2006)「設計プロセスのシミュレーション分析に関する試論―日本産業の比較優位特性はモデル化できるか」(MMRC Discussion Paper Series No. 70). 東京大学大学院経済学研究科ものづくり経営研究センター.

この論文では、設計プロセスを理論化し、シミュレーションを用いて検証するアプローチを取り、製品開発における国際競争力の源泉を分析しています。公理的設計への言及は、これを基礎として設計プロセスのシミュレーションモデルの構築を試み、そのプロセスを通じて製品設計の本質を探求しようとしています。公理的設計の概念を利用して、設計プロセスの異なるアプローチ方法や製品アーキテクチャ(モジュラー型とインテグラル型)の影響を分析することにより、製品開発のリードタイムに及ぼす要因を解析しています。

「タイム・コンサルタントの日誌から」記事抜粋

これらの記事は、設計の本質、良い設計の条件、そしてAIによる設計自動化の可能性と限界について、深く掘り下げています。

最初の記事では、設計を機能要件から具体的な形に変換する過程を芸術と科学の融合として捉え、この複雑なプロセスをAIがどう実現可能かについて議論しています。続く記事では、設計とは機能を形状や構造に変換する行為であり、逆問題の典型とした上で、良い設計を作り出すための条件、すなわち有用性、存続性、操作性を基準に設計の多目的最適化問題としての側面を探求しています。最後の記事では、設計の自動化におけるAIの役割と人間の不可欠なクリエイティビティや評価能力のバランスに焦点を当て、深層学習や強化学習などの技術的進歩が人間とAIの連携を通じて、設計プロセスの未来をどう形作るかを論じています。

これらを通じて、設計におけるAIの活用とその挑戦、そして人間の独自の価値を統合的に考察しています。

山口, 「品質工学の基本機能の数理的基礎付けに関する研究」(博士論文),2019.

この研究は、品質工学の基本機能の数理的基礎付けに関するもので、公理的設計を含む複数の設計方法論の機能について詳しく検討しています。品質工学の基本機能を数理的に基礎付けることにより、技術者の知見や経験に依存することなく、製品や技術の技術課題を合理的に設定することが可能となります。また、これにより品質工学における技術課題の解決を効率化することができることが示されています。本研究は、品質工学、公理的設計、体系的アプローチ、一般設計学、1DCAEなど、異なる設計方法論における機能の特徴と課題を整理し、これらの比較を通じて新たな数理的基礎付けの方法論を提案し、その有効性を検証しています。

3.設計公理とは

ここからは、『公理的設計』『設計の原理』(*いずれもSuh博士による)を中心に述べていきます。下には、両書を参考に2つの公理をまとめます。公理的設計では、これにつきます。

設計公理
[1] Nam P. Suh , 畑村ら訳, 『公理的設計』, 森北出版 , 2004.
[2] Nam P. Suh , 畑村 洋太郎 (翻訳), 『設計の原理』, 朝倉書店 , 1992.

いずれの書籍も2つの公理の説明がなされ、そこから「系」「定理」が展開されていきますが、詰まるところ、上表につきます。参考までに系は以下([1] 付録1-A)。

  • 系1:干渉設計の独立化

  • 系2:FRの最小化

  • 系3:部品の統合

  • 系4:標準の利用

  • 系5:対称性の利用

  • 系6:設計許容範囲の最大化

  • 系7:情報量の小さい独立設計

  • 系8:有効なスカラー直角率

例えば、日本で過去に見られた、職人技の工程を頼りにした設計は、許容範囲が小さい点で公理2に反しています(ただ、当時はそれでよかったのかもしれません)。

4.設計者が陥りやすい共通の失敗

では、[1](p62)で述べられている設計者が陥りやすい共通の失敗を見ていきましょう(以前こちらの記事でも記載した設計における4つの領域から説明しています)。

それは、FRを要求機能(製造系でいえば、製品に指定された必要機能)、DRを設計変数とすると(同じくFRを満たす実体変数)、(FRに比べて )DP数が不十分で干渉するか、DP数が過多で冗長であるか、であり、つまりは、干渉設計、冗長設計を示唆しています。

また、上でも言及した、設計者が実際の生産システムでは製作不可能なほど許容範囲を小さくするのは、情報量が大きくなり、複雑化(考慮すべき変数、パラメーターが増加)を招いてしまい公理②に反してしまいます。

ここで、[2]p147より、熱処理に関する情報量として、ブリネル硬さの例が述べられており、わかりやすいので紹介します。

ある設計において、設計範囲が200±10kg/mm2、熱処理プロセスのシステム範囲は190±20kg/mm2だとすると、共通範囲は20kg/mm2となります。このときの情報量は、I=log(システム範囲/共通範囲)とすることができるので、設計者としては、この熱処理プロセスを使用するのであれば、190kg/mm2以下でも使用できるようするなど(=共通範囲を大きくすれば)、情報量は小さくすることができます。

*情報公理、また系6: 許容範囲の最大化=FRを設定する場合、許容範囲を可能限り大きくせよ、がこの場合の設計ルール的なニュアンスになっています。

あくまでも、公理を満たしていくことを志向しています。

他の方法論について

公理的設計は、2つの公理を基盤にして定理と系を引き出しており、結果的にロバスト設計を導いています([1]p69趣意)。したがって、タグチメソッド、TRIZとの親和性は非常に高いものとなります。

①タグチメソッド:考えられる多くのDP(設計変数)の中から、主要なDP決定する方法であり、設計公理に従っている([2]p173)。
②TRIZ:TRIZが矛盾の法則に基づいて、FR(要求機能)とC(制約条件)の両方を満足するDP(設計変数)を提案するために用いられるため([1]p69)。
*TRIZシンポジウム(2014)「理想性設計を目指した 構想設計プロセスに関する研究」では、公理的設計論も交えつつ、TRIZによる事例紹介もなされており、この関係性がよくわかるものとなっています。

まとめ

この記事の最初で記載した;設計研究の成果を分類した図(大富(2005))において、今後は背景にAIが発展している視点を加えなければなりません。とはいえ、公理的設計が提供するアプローチは、設計プロセスの論理的かつ効率的な構造なので、つまるところ、成功のカギは、常にユーザーのニーズを最優先に考え、設計の各段階で公理を念頭に置くことに変わりはありません。

[1] Nam Pyo Suh(原著),中尾 政之 (翻訳), 飯野 謙次 (翻訳), 畑村 洋太郎 (翻訳)『公理的設計』, 森北出版,2004.
[2] Nam P. Suh (原名), 畑村 洋太郎 (翻訳), 『設計の原理』, 朝倉書店,1992.
*TRIZについては、TRIZホームページが非常に参考になります。


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