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式場隆三郎著 文学的診療簿

今日は時々お届けする式場ネタです。

精神乖離症患者の絵画
封筒の表裏に書きつけた密画
この患者は嘗て洋画家だった
精神乖離症患者の筆跡
記号と文字との混合した文章
精神乖離症患者の刺繍

昭和10年発行(昭和13年再販)式場隆三郎著「文学的診療簿」です。
式場隆三郎の「天才」と「狂人」との考え方は時代によって変わります。
と言いますか、時代に合わせて変えていると言った方が正確なのかもしれません。

①「狂人」≠「天才」時代 ~昭和前期

②「狂人」⇒「天才」時代 戦時下

③「狂人」≒「天才」時代 戦後~

②は山下清が発見された時代。彼らを評価するため、または戦時下での式場自身の仕事を守るためにも「狂人」は常人以上の「天才」に成りえるとの言説が必要でした。

③は山下清の価値が固まった時代。「狂人」故に「天才」だと山下清と言う神輿を担いだ時代。その背景には「民衆」の美術である「民藝」があり、ある意味、柳宗悦への対抗であったのかもしれません。

この「文学的診療簿」は①の時代
式場隆三郎はファン・ゴッホの中の「狂人」と「天才」とを自身の精神医としての立場から分けることができると考えていました。

文学的診療簿より―天才の幻想と狂人の幻想―
天才の幻想は素晴らしい芸術を生む。然し精神病の幻想はそれ以上に珍奇であっても藝術にはなり得ない。
例えばキリアム・ブレークの絵を見る。......彼は幼児から幻視幻聴があった......然し彼の芸術には全く病的な所がない
プリンツホルンの編んだ画集を見ると......それは狂人の症状であり排泄物であって藝術ではない。

こう考えていた式場は、時代と共に考えを緩やかに変えていきます。

式場隆三郎は大衆の欲望の権化であり続けました。
つまり、彼の思想の流れを読み解けば、大衆がアールブリュットに何を望んでいたのかがわかります。式場隆三郎は社会を映し出す鏡です。

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