伝統的金融政策のより具体的な把握 〜長期金利の厳密な定義及び政策金利との関係〜
〜初めに〜
初めまして。ある国立大学経済学研究科1年のマダオと申します。今回は、ゼミナールで日銀の非伝統的金融政策を勉強したことをきっかけに、逆に日本における伝統的金融政策について気になったため、その調査結果を執筆しています。特に、なぜ銀行間の金利をいじることが、世の中全体に効果があるのかといったことに疑問を持ったので、そこら辺を調査しました。今回はこの調査結果のシェアを通じて、金融政策や金融ニュースを読者の方がより具体的に理解できるようになることを目指したいと思います。一方で、単なる大学院生の調査結果ではあるので、あくまで私の理解であるという点はご了承ください。
〜伝統的金融政策の全体像〜
まず、日本の中央銀行は、伝統的には、ある金利を動かして、目標とする失業率とインフレ率を達成することを目指しています(日本銀行がその様なデュアルマンデイトを取っているかと言った議論はここでは捨象)。より具体的には、ある一つの金利(政策金利)を動かして、この世の中の多くの生活に関わる金利を動かすことによって、失業率やインフレ率に影響を与えようとします。この様な今まで中央銀行が伝統的に行なってきた金融政策を伝統的金融政策と呼びます。以下では、より細かく伝統的金融政策を理解するために必要な政策金利等の各種前提知識と、それが世の中の重要な金利とどう結びついているのかを述べていきます。
〜前提知識〜
政策金利とは?
まず、ここでいう、日本銀行が動かす金利である政策金利は、無担保コールレート(オーバーナイト物)と呼ばれる金利です。日本銀行がこの指標を動かしているというところまで知っていた人は割といるのではないでしょうか。無担保コールレート(オーバーナイト物)は、銀行間の無担保の資金取引のうち、取引日の翌日が返済期日となっている取引で用いられる金利です。日本銀行は、この銀行間の取引金利をオペレーションを通じて変更します。具体的には、政策金利を下げたい時には、買いオペレーションと呼ばれる政策を行い、銀行から国債を買い取って、銀行が日本銀行に持っている日銀当座預金に現金を振り込みます。この結果、余分な現金をもらった銀行は、この現金を運用したくなり、その現金の一部を無担保コールレート(オーバーナイト物)市場へ投資します。この買いオペレーションは一つの銀行に対して行われるわけではないため、多くの銀行で同様の事象が起こり、無担保コールレート(オーバーナイト物)市場はお金を貸したい人で溢れることになります。そのため、供給過多になり、低い金利でもお金が貸される様になります。この結果、政策金利が低下に向かいます。現金をほぼ無尽蔵に発行できる日本銀行は、このオペレーションの額を調整することによって、政策金利を(理論上は)自分のたちの思い通りに動かせます。
長期金利とは?
ここで、一旦重要な概念である長期金利について説明します。これは、政策金利の変更が後で述べる生活に身近な金利に影響を与える際は、一度この長期金利を経由することが多いからです。長期金利とは、一般には新発10年物国債の流通利回りを指します。流通利回りは、国債に書いてある不変の表面利率(クーポンレート)のことではなく、市場で取引される際の金利のことで、以下の式で表されます。
![](https://assets.st-note.com/img/1736349486-GzPYU0uit7ynS2pqAdCaLo5E.png?width=1200)
また、新発とは、発行時期が一番新しいものです。つまり、発行時期が一番新しい期間10年の国債の流通利回りを、長期金利と呼びます。長期金利と聞いて漠然と長い期間の金利を想定していただけで、長期金利の厳密な定義を知らなかった人は多いのではないでしょうか。
流通価格とは、株価と同様に、新発10年物国債の流通市場における価格です。上式からわかる様に、流通価格の上昇は流通利回りの低下を生み、流通価格の減少は流通利回りの上昇を生みます。額面価格も表面利率も発行条件から変わらないため、長期金利は流通価格で日々大きく変動します。これが、一般に債券は金利と価格が逆に動くと言われる所以です。
~政策金利の波及効果~
ここまで、説明すると、実はもうすでに比較的短期の金利については伝統的金融政策の経済への波及効果を説明できます。以下では、生活に関係ある金利として、住宅ローン金利、普通預金の金利、と政策金利の関係をまず述べたいと思います。その後、企業がお金を借りるときの融資の金利について、長期金利と政策金利の関係について説明した上で説明します。
無担保コールレートと住宅ローン金利の関係
住宅ローン金利は短期プライムレートと呼ばれる指標が元になって決定されます。そして、この短期プライムレート自体が無担保コールレート(オーバーナイト物)によって決定されます。
そのため、政策金利の変更は、短期プライムレートの変更を通じて、住宅ローン金利を動かします。
無担保コールレートと普通預金金利の関係
普通預金金利は、そもそも無担保コールレート(オーバーナイト物)を中心に決定されます。
そのため、政策金利の変更は、普通預金金利を直接動かします。
無担保コールレートと貸出金利の関係
無担保コールレートと貸出金利の関係を語るには、まず政策金利と長期金利の関係を語る必要があります。そのため、以下では、政策金利と長期金利の関係を最初に語った後に、政策金利と貸出金利の関係を語っていきます。
1. 無担保コールレート(オーバーナイト物)と長期金利の関係 (ここが一番語りたいところ)
無担保コールレート(オーバーナイト物)と長期金利の関係を語るには、純粋期待仮説と呼ばれる理論を説明する必要があります。これは、二つの運用戦略
①残存期間がn年の債券を保有し続ける場合
②残存期間が1年の債券をn年間の間毎年購入して資金を運用する
がある場合、この①と②の収益(利回り)は一致するという考えです。これは、n年間債券を運用したいというニーズだけがある場合、①と②も運用者にとって本質的に同じであるため、仮に①>②であれば、全ての運用者が①で運用するため、残存期間n年の債権価格が高騰し、利回りが落ちる(先程の価格と金利の議論を参照)ため、①=②が回復すると言ったことが起こるためです(①<②でも同じ)。同様にして、①' 3ヶ月物の国債を運用する場合と、②' 無担保コールレート(オーバーナイト物)を3ヶ月間毎日貸し続ける場合を考えます。この場合、上記純粋期待仮説より、①'の利回りと②'の利回り(オーバーナイトで貸した金額への利子総額/オーバーナイトで貸した総額)は一致します。この結果、無担保コールレート(オーバーナイト物)が一番短い(3ヶ月物の)国債の利回りに影響を与えられると分かったと思います。例えば、無担保コールレート(オーバーナイト物)が上がれば、②'の利回りが上がってしまうため、同様の需給の関係から、①'の利回りも上がります。次に、同じことを、①'' 1年物の国債を運用する、②'' 3ヶ月物の国債を一年間で4回購入し運用する場合、と言った様に同様に考えていくと、最終的にこの純粋期待仮説の考え方を用いれば、無担保コールレート(オーバーナイト物)が、長期金利等のより長い国債の利回りにも影響を与えられると分かったと思います。
この様にして、無担保コールレート(オーバーナイト物)が長期金利に影響を与えます。
(実は、この純粋期待仮説は多くの場合、リスクの違いなどもあるため、無担保コールレートと国債のような別の資産には用いません。しかし、おそらく、3ヶ月等の短い期間であれば、銀行に貸すのも国に貸すのも貸倒れ(倒産)リスクが限りなく低いため、国債と無担保コールレート(オーバーナイト物)の間に上記の様な運用面での裁定(利回りが同じになること)が生じるものと理解しています。そのため、無担保コールレート(オーバーナイト物)が3ヶ月国債利回りに影響を与え、その後3ヶ月国債利回りが1年国債利回りに影響を与え、いずれは長期金利にも影響を与えると言ったように、途中から国債と国債の間の純粋期待仮説にしています。)
2.政策金利と貸出金利の関係
貸出金利において代表的な指標は長期プライムレートと呼ばれる金利です。長期プライムレートは、特に財務面が優秀な企業について銀行が用いる融資金利です。この金利は、ほぼ長期金利に連動して動きます。このプライムレートを元に、貸出先企業のリスクプレミアムを加味して、中小企業様等の融資金利が決められていると考えられます。
もう一つの貸出金利として、スプレッド金利と呼ばれるものがあります。これは、日本円TIBORと呼ばれる指標に一定のスプレッドをのせて貸出金利を決める方法です。日本円TIBORは、無担保コール市場における期間ごとの金利であり、日本円TIBORの一番短い部分が先ほど述べた無担保コールレート(オーバーナイト物)であり、一年までの金利があります。無担保コールから期間に応じたタームスプレッドを乗せることで日本円TIBORができているため、無担保コールレート(オーバナイト物)の水準によって日本円TIBORは影響を受けます。(スプレッド金利を用いるスプレッド貸出は利用のハードルが極めて高い上、日本円TIBORが最長1年までしかないため、1年以下の融資にしか用いられないという欠点があります。)
従って、政策金利の変更は、上記の純粋期待仮説の原理から長期金利を動かすことによって、長期プライムレートを動かし、また、TIBORを動かすことによって、スプレッド金利も動かすため、貸出金利は政策金利変更に影響を受けます。
〜結論と感想〜
上記の様にして、中央銀行は、この銀行間の金利(政策金利)を操作するだけで、住宅ローン金利や貸出金利などの世の中の多くの金利に影響を与え、低失業率と低インフレを実現します。これが伝統的に中央銀行が行なってきた金融政策です。
まるでボタン一つで経済を好況にするのか不況にするのか概ね決定できると言っても過言ではなく、なんて、効率的なシステムなんだと感動したため、今回記事にまでしました。また、今回の話を聞いて、「日銀が利上げをするので金利が上がる」と言った時の金利という言葉のイメージが変わったのではないでしょう。マクロ経済学では金利はrと記し経済に一つしかないとされることも多く、私も調べるまでは金利ということで納得していましが、金利にも多くの種類があることが実感として理解できた今は、金利という言葉により敏感になりました。
一方でこの金利政策ともいうべき伝統的金融政策は21世紀に大きな問題を抱えることになり、日本を発祥として21世紀の中央銀行は非伝統的金融政策と呼ばれる新しい金融政策を行い出したのですが、それは後日語る機会があれば、語りたいと思います。