第五話 捕食
ラフ野郎に一通り話を聞いたところ、今格安SIMのMLMというものがあるらしい。
MLMと言うと昔からずっとされてる健康サプリとか浄水器、くそ高い鍋にくそ高ぇシャンプーをイメージしていたのだがあれは売り続けなければ自分に一円も入ってこない奴を思い出すが格安SIMはどうやらそういう事ではないらしい。
なんでも自分が個人事業主となって他の奴に格安SIMに切り替えさせたらそいつの通信料の数パーセントが毎月入ってくる。つまり切り替えたやつが他社回線に乗り換えない限り継続的に自分に収入が入ってくるというものだ。
ぶっちゃけそんなビジネスをいまさら始めようとは思わない。
いちいち切り替えそうな奴を探してラフ野郎みたいに毎回毎回営業とかかけるんだったらどれだけ時間があってもめんどくさすぎて耐えられない。
これをこの町の住人たちに仕掛けたやつがいるはずだ。
だが何故だ。
こんな町でユーザー増やすよりは大学生がたくさんいるようなエリアでやったほうが絶対に簡単だろうしそもそもなんで格安SIMなんだよ。
俺はラフ野郎の話を聞きながらずっと考え込んでいたのだがそんなことには構わずラフ野郎はずっとしゃべり続けている。
「あ、そうそう!この格安SIMを使ってるのを提示したらドリンク代を割引くバーが駅近くにあるんですよ!」
「・・・はぁ?」
なんだそれ。
格安SIMとバー?
なんの繋がりがあるってんだよ。
「なんていうバーなのか教えてもらってもいい?」
「ラボラトリーって言うんですけどお酒も結構おいしいしマスターは僕の友達だったりするんですよ!」
「・・・へぇ、知らないなぁ。今度ちょっと行ってみようかな」
「いいですね!だったら今日のうちにこのウサギモバイルに・・・って、あ、ちょっと!!」
どうやらラフ野郎から取り上げられる情報はこれくらいだと感じた俺は挨拶もせずに席を立って店を出た。
バー、格安SIM・・・
恐らくバーの誰かがこの格安SIMを広めているのは間違いないだろう。
なるほど、切り替えた奴の通信料金の一部を懐に納める代わりにそいつにはサービスをして店で飲み食いさせる。
ストック収入を得ながらそいつから酒代まで巻き上げるのか。
客は気持ちいいだろうな。多分格安SIMに切り替えた自分はバーにとって会員様で飲食代を割り引いてもらえる!とか思ってんだろうがまぁ、割り引いたところで店側は赤字にならず固定客も増えるってか。
俺が思うに世の中には馬鹿が多すぎる
自分は馬鹿だと気付いていない馬鹿
自分は他の人とは違うと思ってる馬鹿
長いこと、経営者として従業員や客を相手にしているとたいていの馬鹿はそいつの顔つきと言動を見てればわかる。
ラフ野郎も自分は他の人とは違うと思っている馬鹿だ。
結局誰かに動かされているの過ぎないのだがそのことに気づかず「俺は自由人だ!」みたいな顔をしてやがる。
そういう奴らが格安SIMに切り替えさせられて更にバーで金を落としているんだろうな。
じゃあ俺はどうだ。
この町の現状に気づいてそのまま何もせず放置しておくか?
あり得ない
こんなおいしいビジネスを考える奴がいる。
手を組むか?
まさか
俺の金ヅルになるべきだろ。
あぁ、そうだ。
そうしてその日の夜、俺はBarラボラトリーに足を運んだ。オフィスから駅に向かうまでの路地裏にそのビルはあった。
エレベーターであがって店内に入り、すぐにカウンターにいるマスターらしき奴と目が合う。
若いな。
25歳くらいか?
こいつじゃないな
カウンターには誰も座ってない。
俺が入り口からほど近い席に腰を下ろす。
「いらっしゃいませ。何を飲まれますか」
「あ~、じゃあなんか甘いのくれ。お勧めの奴で」
「かしこまりました。フルーツ系とかいかがでしょうか」
「あぁ。任すわ」
「かしこまりました。」
若いわりにお辞儀とか話し方がだいぶ落ち着いてんな。
カウンター後ろの冷蔵庫から蒸留酒などを取り出してシェイカーに注いでいく。手付きが丁寧で上品にも見えてくるから不思議なもんだ。
「マスター」
「はい」
「ここさ、マスターがオーナーじゃないんだろ?オーナーと話がしたいんだけど」
「オーナーですか。オーナーと言うか社長であればあちらの席に座ってるのがうちの社長ですね。」
いつからそこにいたのだろうか。
入ってきたときは誰も座ってなかったはずだ。
マスターが指す方向に30代半ば・・・いや、30前後?
そこには俺のほうを笑顔でジッと見ている男の姿があった。
「こんにちは。一応このバーのオーナーをさせていただいてます。中道と申します。」
間違いない。こいつだ。
「あんたがこのウサギモバイルってのを仕掛けたのか?」
「仕掛けたというとなんだかいやらしいですね。純粋にお客様にこのお店をご利用いただこうと考えて試してみた結果ですよ。」
「そうか。そりゃそうだ。上手く立ち回ったもんだ。」
「ハハ、おかげさまでなんとか繁盛させてもらってます。ところでお話と言うのはどのようなものでしょうか」
こいつ、かなり頭が切れるな。
普通に会話している様で俺が何者か探ってやがる。
「まぁ簡単に言うと俺の会社、催事とかの仲介やってんだわ。そんで今度この町で祭りがあるだろ?実は一区画まだどこが出店するか決まってねぇからさ、そこでこのウサギモバイルの宣伝やらねぇ?」
「いいですねぇ。経済条件はどんな感じです?」
「場所代がこれくらい。」
「他には?」
「売上の数パーセントって言いたいところだがそんなショバ代みたいなもんもらったら今のご時世、反社会主義勢力みたいなもんだからな」
「破格の条件ですね。」
「まぁな。どっちかって言うとこの区画の利益がどうこうっていうよりあんたとビジネスがやりたいってのが本音だな」
「これまた、高く評価していただき光栄ですね。」
よく言うぜ。
ずっとおなじ笑顔を顔に張り付けて表情なんて一ミリもかわってないじゃないか。
「わかりました。ぜひよろしくお願いします。」
「おう」
俺の判断基準に決断の早さと言う物差しがある。
もちろんリスクを背負うときに慎重になるのはビジネスをしていれば当然の反応だ。これについてはいったん検討とするのもいいだろうし、頭の回転が速い奴ならその場でリターンとリスクを計算して利益を生み出せるかどうかも結論を出せる。
リスクがほぼ無いときに慎重になるのはただの馬鹿だ。
自分の判断力、計算力、思考力に自信が無い、つまり無能だ。
そういう判断基準で計るとこの中道って男はやはり切れる。
切れるからこそ利益を生み出すことが出来る。
切れるからこそこちらは気を抜くことが出来ない。
ただまぁ、これで中道との繋がりは手に入れた。
なんとかしてこいつを手に入れたい。
「そういえばまだ、お名前を聞いてませんでしたね。」
「俺は信清だ。」
「信清さんですね。これからよろしくお願いします。」
「あぁ、また詳細は追って決めようぜ。」
ちょうどカクテルが出来上がったようだ。
「はい。今日のお代はサービスさせてください。」
「気前がいいな」
「信清さんみたいな方とお会いできたのであれば安いものですよ。」
「そりゃ僥倖だ」
カクテルはストロベリーのロングカクテルで若干の炭酸も入っており今まで飲んだカクテルの中でもダントツに美味かった。