第三話:夢の作り方
社長はすごい人です。
そしてそれよりも恐ろしい人です。
社長と出会ったのは今から約一年前、町のクリスマスへの模様替えが加速しだした頃だったと思います。
就職活動で内定が取れず途方に暮れていた時にインターネット上で地元の広告掲示板で中小企業の求人を探していた時に「一緒に夢を探してくれませんか」と言うスレッドが目に留まりました。
就職活動で散々な結果だった僕は「夢」ってどうやって見つけるのだろうと思いそのスレッドを開くとそこには僕みたいな人が「夢がなくて未来に希望が無い」とか「そういえば夢とかずっと持っていない・・・」なんて書き込みが多数ありました。中には「夢とかw」と嘲り笑うような書き込みもありましたが内定をもらえていない僕はなんとなく気になってずっとよみこんでいってました。
「オフ会でもしてみますか」と最後のほうに誰かが書き込んでいました。どうやらスレ主の方とはちがうみたいです。
書き込みを見る限り私と同年代の人が大半を占めているようでした。オフ会なんて行ったことがありませんが就職活動もうまくいってないし面接も今のところ予定が無い状態だったので思い切って参加してみることにしました。
当日、会場となった駅前の居酒屋に行ってみるとそこにはやっぱり私のような年代の人たちが9人、そして社長がいました。
年齢が私たちより上と言う事もあるのですがすぐに社長が誰なのかわかりました。
他の人たちがちょっと周囲を伺うような、緊張しているような表情をしているのに対して社長だけは余裕のある、ニコニコした顔をしてしゃべっています。
私が居酒屋の前に行くと社長は私の事をものすごくジッと見ています。ニコニコしながら、他の人達と話しながらです。
お店の中に入って最初は普通に楽しくお酒を飲んでいたのですがみんな当たり障りのない自己紹介のような世間話のような話から誰からともなく夢の話を始めていきました。
僕の隣の女の子が「私、小さい頃の夢はカフェをやりたいなぁって思ってました。」と言い出すと皆、子供のころの夢を語りだしました。
僕は小さい頃の夢なんて覚えていなかったから黙っていると社長が
「岸田君は昔の夢って何だったの?」
と笑顔で聞いてきました。
「僕は・・・。夢っていうのはあんまり持ったことなかったかもしれません。」
社長はニコニコしながら
「じゃあ今は?何か好きなこととかさ。なんでもいいんだけど頭に思い浮かぶものって何かあったりしない?」
「・・・。今、こうやってみんなと飲むちょっとお酒おいしいなぁって思いました。」
社長のニコニコが消えました。
もう誰の顔も見ていません。
周りのみんなは隣の人たちとおしゃべりしています。
けれど僕には何も聞こえてきません。
社長が何かを考えているのはわかりますが何を考えているのでしょう。
どれほどの時間が経過したのでしょうか。また元のニコニコ顔に戻ったと思ったら
「岸田君さ、バーの経営とか興味ない?」
それが社長との出会いです。
それから社長は色々なことを教えてくれました。
飲食店業界は今衰退の一途を辿っていること。
新規参入が難しいこと。
ハイリスクで経営を始めてもリターンはものすごく少ないこと。
店を出してからお客さんを増やすという事がどれだけ難しいのかと言う事。
教えてもらえばもらうほど「バーの経営なんて出来ないじゃん」と思いました。
しかし社長はバーの経営をやりたいそうです。
何を考えているのかわかりません。
「岸田、お前来週から○○ってバーのバイトしてこい。」
社長の元で事務員として働いて半年、季節は夏へと移りワイシャツを着たまま汗をかくことの不快さを知り始めたタイミングで社長が突然そんなことを言ってきました。
バイトですか?
経験を積んで来いと言う事でしょうか。
「明日、面接組んどいたから絶対に受かれよ。」
「は、はい」
言葉自体は命令口調なのですが社長は今日もニコニコしています。
「そんでそのバーの客全員と仲良くなって来い。」
「へ?全員ですか?」
「全員だ」
その時は全く分かりませんでしたが今なら社長が言っていた意味が分かります。
社長はそのバーの客を奪ってこいと言ってたのです。
お店を出す前に集客するという点でこれほどの戦略はありません。
先月社長に
「ついでにメニューとレシピももってこい。なんなら日毎の売上と調べられる範囲の経費もだ。でバイトも辞めろ」
と言われました。
社長はすごい人です。
僕の話を居酒屋で聞いてそこから夢を作り出して実現しようとしています。
社長は恐ろしい人です。
僕に僕の夢を実現させてくれません。
全部社長が手配しました。