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「弥太郎 長崎蕩遊録」7(3月後半・後編)

 岩崎弥太郎の豪遊は止まらない。宴席には多数の舞妓、歌妓が陪席。上司の下許武兵衛と同席の際には男芸者を含め十七、八人がいたことも。金払いのいい上客の扱いなのだ。浮かれ気分で妓楼のやり手らを相手に、自らの正体を隠す悪戯を繰り返した。数日丸山を離れて反省の色も見せるが、長続きはしない。妓楼では行儀の悪い外国人と遭遇したことも。

珍事と豪遊

3月22日 雨。二日酔いと放蕩への後悔、読書の一日。夕方近く、下許しももと武兵衛と浴場に行くと、先に入った下許が「大珍かな」と言って出て来た。弥太郎が入ると、戸の内に花月楼のやり手阿近おちかがいた。阿近は弥太郎らを見て大笑い。混浴で双方裸だったはず。弥太郎は湯に入らなかった。

3月23日 下許と清人宅に行き(鴉片あへんを勧められたが喫せず)、大小楼で清人を接待。舞妓小光小種。明かりを持って便所に行こうとして、便器に片足を落とし足袋を汚す。弥太郎も店の人も狼狽。足を洗い、足袋を替えて再度宴席へ。窓から丸山の嘉満楼が夕陽に照り映えるのが見えると、遊びたい気持ちを抑えられず、ひとり「抜き足で」丸山へ。出る際、下許の分まで支払いを済ませた。

 嘉満楼で酒。舞妓小瀧小種小濱小唄小蝦阿村歌路。「部屋中に弦鼓が鳴り響き、舞妓の衣がゆらめく。愉快甚だしい」阿村と箸拳。小島楼にも行くが楽しめず。嘉満楼のしもべに明かりを持たせて諸楼を冷やかし、花月楼へ。手巾てぬぐいで顔を隠して入ろうとしたところ、一人の妓女が来て袖を引いた。「あなたを久しく待っていました。薄情な方」

 暗い中、弥太郎は「客を間違えていないかい、私は君の情人ではないよ」と言った。明かりの前で手巾を脱ぐと、周囲の人たちは大笑い。上階に上がって酒。舞妓阿由小繁阿政小種が歌い踊った。小島楼の歌妓小巻に花月に来るよう申しつけていたが、やり手が来て、他の席に出ていて来られないと謝った。

 間違えて弥太郎を「強引」しようとした「娼婦」は綾波、後から現れたのは正木野。二人は化粧と衣服を整えて弥太郎の席に来た。老婦やり手阿近が「他の楼は知らず、ここではただあなたの意に従います」と言い、弥太郎は大変嬉しい気持ちになって「一睡」した。まだ目覚めない内に老婦が来て、もう夜明けに近いと告げたので帰ることにした。廓の門を出た時、鶏の声を「四度」聞いた。旅宿の戸を叩いて中に入れてもらう。

反省と悪戯

3月24日 朝、弥太郎は会計簿を認めて濫費を認識したせいか、自らの行いが不安になる。勤勉に務めを果たそうと誓い、街ではなく山に入って谷川を遡った。田園風景に胸の内が爽やかになる。帰り道で舞妓阿由に出遭うも、その心持ちにならず。その後、下許と大音寺や稲荷社へ。俗塵を逃れた一日!

3月25日 一日閉じこもって読書。昨日に続いて大勢の客が大音寺に向かい、丸山の婦女たちも大根屋の前を通りかかったが「もはやその気にならず」、旅宿を出なかった。

3月26日 なぜか鬱々とした気持ちだった弥太郎は、同宿の隅田敬治と大音寺へ。参道の両側を妓女たちの寄進した灯火が照らして賑やか。仏堂で法談を聞こうとしたが人が多すぎ、片平町(丸山の隣)の鰻店に行って二人で酒と鰻飯。酔った二人は衣装を交換し、丸山の妓楼で悪戯をしかけた。

 顔を隠すと隅田が弥太郎を彷彿とさせるので、嘉満小島楼で上げてくれたものの、笑いを隠して退出。浪花楼では、少女阿梅がじっくり考えた上で、隅田が弥太郎と同じ服を着ていたので「岩原様、岩原様」と呼びかけた。笑いをこらえて走り去る。さらに幾つかの妓楼を冷やかして夜中に旅宿に帰り、倒れ臥して寝た。

妓楼で外国人たちと遭遇

3月27日 浪花楼で清人二人から接待を受けた。歌妓小志雄歌路阿秀。酔って一人で花月楼へ行くと、英人メイチヤウがオランダ人と共にいくつもの部屋に入って隠れた妓女を探索していた。翌日、英人の寓舎に行く約束をした。清人二人を呼んで酒。歌妓以呂波歌路小種。二人が去った後、弥太郎はやり手の阿近歌路を連れて諸楼を冷やかし、最後に中築楼に上がり酒。酔いが進んだので歌路と共に浪花楼へ。

 弥太郎が英人と約束をした経緯は不明。「メイチヤウ(John Major)」は日本語が話せた。開港後、丸山が外国人に開放されて間もないのに、早くも傍若無人のふるまい。昔も今も……。

(帰ろうと)残していた刀と羽織を取りに行ったところ、阿梅ら一同に引き留められ、又々酒。その後楼を出ようとすると、歌路いろはママがついて来る。無理に花月へ(行こうと)誘ったが(それでも諦めずに)袖を離そうとしないので、やむを得ず(本当に)花月へ。馴染みの緑野はおらず、からは禿かむろ竹野を通して、体調不良なので、近々お目にかかれたらとの伝言。以ママ波と宇多ママ路は廓門まで送りに来て、丁寧に挨拶した。夜中を過ぎて旅宿に帰った。

3月30日 午後、翌日から肥後へ出張予定の下許と浴場に行った後、待合楼で楽しく酒。一旦旅宿に戻ってから丸山へ。「妓楼の灯光がきらめき、弦鼓の音が鳴り響いていた」下許がどの妓楼にするか迷っていると、やり手に無理に誘われて浪花楼へ。歌妓小しを阿秀小高、男芸者ら十七、八人が待ち構えていた。下許が帰った後、弥太郎は嘉満楼に行き酒。歌妓糸路阿村以呂波。花月の阿近も来た。

 花月楼に行ったが、阿近が戻らなくて面白くないので瑞松楼へ。旧知の照葉と対酌。入衾するも眠れず。帰り際、楼内で歌妓阿山と立ち話をしていると、清人の客が通りかかった。清人は大声で悪罵し、狂ったような酔態をさらした。弥太郎は清人が何を言っているのか分からないまま、妓楼を出て旅宿に帰った。

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