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「弥太郎 長崎蕩遊録」6(3月後半・前編)

 岩崎弥太郎の丸山遊郭での遊びは佳境に入った。日記の記述は詳細を究める。こうした文章は、江戸期~明治維新期、恐らく弥太郎日記以外に存在しない。弥太郎は各妓楼から引っ張りだこで、すっかり遊び人気取り。お金がザブザブ出て行く。弥太郎は丸山遊郭の出入り口を「地獄門」と呼ぶが、深入りの自覚があったかどうか? 上司下許武兵衛は明らかに抑制している。(なお、下の人名中の「阿」は全て「お」と読みます)

遊び人弥太郎、丸山で大もて?

3月18日 旅宿大根屋の前を花月楼の婦女数人が通りかかり、弥太郎は中に旧知がいるのを発見、「躍然」下許を誘って丸山に行く。大小楼が閉まっていたので浪花楼へ。眺望のいい上階で、舞妓友吉以呂波阿志雄と「箸拳、指相撲、痛飲百杯」。同席した才知に富む「處女しょじょ阿梅が気に入り非常に愉快。

 夜、下許は先に退出。弥太郎は以呂波と共に嘉満楼に行き、主人に案内されてここでも上階へ。舞妓小高来席。舞妓と浪花楼へ赴く途中、顔を手巾てぬぐいで隠して小島楼冷却ひやかした。酔いがひどく、以呂波と「仮寝」下許の手前、早めに帰宿しようと服装を整えていると、袖の底に以呂波の「紅手巾」が投入されているのに気づいた。下女に送られる途中、瑞松亭の前でやり手としばし会話をし、夜中を過ぎて帰宿。

3月19日 大根屋の次男に懇請され、下許も一緒に丸山近くの芝居小屋へ。数多い観客の中に旧知の歌妓らがいる。浪花楼の「處女」阿梅 、歌妓友吉阿月も。阿梅が席に来て、夕方浪速楼に行く約束をした。日暮れ後、一人で浪速楼へ。阿梅は舞妓阿勇と指相撲、かわいい。同席していた以呂波に、どこに行くか聞かずに付いて来て、と耳打ちして弥太郎は退出。下女に引き留められたが、他の楼には行かない、また来るからと約束した。

 嘉満楼に上がって酒。歌妓小繁小雪阿村が陪席。以呂波も来たが、弥太郎を浪花楼に留めておくようにと責められたらしい。ここに突如花月楼のやり手阿近おちかが現れ、近頃は他の店に行ってばかり、と弥太郎を非難した。やりとりの後、弥太郎が今夕は花月に宿るつもりだと伝え、阿近は去ったが、かねて昵懇の小繁は自分たちと一緒に花月に行くように請う。

 しかし、弥太郎は他の妓楼を冷やかしたい。一方、以呂波と小雪は浪花楼に誘いたがり、小繁はそれを阻止しようとする。結局弥太郎は嘉満楼を出て、再び布巾で顔を隠して小島楼に行った。怪しい客として入店を断られ、それを見た小雪は失笑。やり手が弥太郎だと気づいて袖を引き、やむを得ず店に上がって小雪と以呂波が歌と踊り。早々に退出。

 浪花楼の前に至ると、小雪以呂波が弥太郎を楼に誘い入れようとし、阿梅ら数人が弥太郎の袖を引っ張った。そこに花月楼阿近小繁が「烈風」の勢いで現れ、弥太郎をはさんで言い争う。弥太郎は進退窮まって、雨が降って来たからみな楼に戻るようにと告げた。弥太郎の小刀を小雪が、大刀を以呂波が持つ。しかし弥太郎は一人で直進したので、みな悄然とした。

 小繁以呂波が、丸山遊郭の出入り口である二重門まで送ると言ってついて来る。弥太郎は瑞松楼の前に至ると、今夕はここに泊まると宣言、見送りは去った。以呂波は「あなたは薄情で憎たらしい」と恨み言。弥太郎は瑞松楼のやり手としばらく話をしてから退出した。

 ところが「四歩」進むと暗闇から阿近が現れ、弥太郎を(花月楼に)引っ張って帰った。酒。歌妓小繁歌路、娼妓緑野のほか下女数人も部屋に来た。その後、(緑野の他に)阿近もそばに臥した。一睡するとすでに夜明けが近い。緑野阿近が門まで送って来て、弥太郎は手を振って別れた。「地獄門」を出た時にはすでに日が出ようとしている。

遊蕩をちょっとだけ反省も遊びは続く

3月20日 丸山から戻ると大根屋の戸が閉まっていたので近所を徘徊。老婦に開けてもらって部屋に戻ると、下許から遊びすぎだと忠告する手紙をもらい、反省。黄昏時、二人で上銀冶町の阿山楼に行き、酒と談話。

3月21日 大根屋の前を遊女、美女が大勢通っていく。人に聞いて弘法大師祭りの日だと知る。弥太郎が花月楼に支払いに行くと告げると、下許もついて来た。丸山の諸楼を冷やかし、小島楼で酒。下許は入らず。舞妓以呂波兼吉小巻。下許が再来、宴が盛り上がる。花月の会計書を届けるよう以呂波を使いに出すと、すぐに阿近が来て加わった。

 小島楼から花月へ。下許と阿近が先に出る。弥太郎は舞妓と途中から引き返して浪花楼へ。先日の会計の不足分を「独眼龍君」(不明の人物)に渡す。花月楼に入ってここでも不足分を払う。下許はすでに去っていた。阿近曰く、下許は夕方以降出歩けないと言うので山口(丸山遊郭の出入り口)で見送った、と。酒。舞妓小巻以呂波小繁。旧知の緑野も。下女たちが、夕方隣席にいたオランダ人の客が持って来たオランダ酒を弥太郎に飲ませた。「ひどく甘い」

 夜中、弥太郎は以呂波を連れて津国楼に行こうとしたが。みなが引き留める。下許の旧知の青葉も同様で、やむを得ず残った。青葉緑野は弥太郎を挟んで臥した。一睡すると鶏の声が聞こえ、急いで宿に帰った。宿の戸は全閉。戸を叩いて老婦に開けさせ、昨夜のことを下許に報告してから寝た。


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