命の紙シリーズ「密室の選択」
第1章「命の舞い降りた紙」
俺はフリージャーナリストだ。
名を売るためのスクープや刺激的な記事を書くのが仕事だったが、数年前に一度、命を投げ出そうとしたことがある。
絶望に支配され、全てを諦めたその瞬間、一枚の紙が風に飛ばされて俺の足元に舞い降りてきた。
「次にこの紙を手にしたあなたが命を救います。」
意味のわからないメッセージだったが、その後、その紙に書かれた通りに動いた俺は、道端で倒れていた誰かの命を救った。
それをきっかけに、生きる意味を見つけた俺は、「命の紙」と呼ばれる不思議な現象を追い続けている。
第2章「再び届いたメッセージ」
そんな俺のもとに、再び「命の紙」が届いたのは数日前のことだった。
封筒には俺の名前と住所が記され、差出人は不明。
そして、以前目にした内容と同じだが、1箇所違うのは住所が書かれていたことだった。
俺は気づけば、その紙に書かれた住所に向かって車を走らせていた。
辿り着いた場所は、山奥にある一軒の古い小屋だった。
辺りは静かで、人の気配が全くない。
まるで時間が止まっているような場所だ。
俺は一歩踏み出した瞬間から、嫌な予感がしていた。
木々に囲まれたその小屋には、まるで誰かの隠れ家のような風格があった。
小屋の前には郵便受けがあって、目に飛び込んできたのは、AEDのマーク。なぜAED?嫌な予感がさらに膨らむ。
命の紙にAEDの使い方が書かれていたことを思い出した。
手紙に書かれていた「命を救う」っていうのは、このAEDを使うことなのか?
第3章「閉ざされた扉の先に」
直感が警鐘を鳴らしていた。 俺は、玄関のドアを叩いたが反応はない。
中を覗くと、床に二人の男が倒れていたんだ。
完全に予想外の展開だった。
俺は混乱した。これはただ事じゃない。
ドアを開けようとするが、鍵はかかっている。
窓ガラス越しに見える彼らは動かない。
何が起きているのか、さっぱりわからなかった。
「AEDが2つ必要か……」一瞬、そう考えた俺は、山を下りて公園にあるAEDを取りに行こうとした。
だが、ふと足が止まった。二人が同時に倒れている……。
心停止が同時に二人に起こる確率なんて、どれほどある?
俺のジャーナリストとしての勘が、ここで走らせてはいけないと警告していた。
そこで思い直した。
何か他に原因があるんじゃないか?
もしかして、何か有毒なものがこの小屋の中に……?
そう考えると、恐怖が背中を冷たく駆け抜けた。
二人が倒れている理由が、ただの心停止じゃない可能性が頭をよぎる。
そしてもう一度、俺はポケットから命の紙を取り出して読み返した。
裏面には小さく追加のメッセージが記されていたんだ。
「密室で複数人が同時に倒れている場合、ガスや有毒物質が疑われます。AEDを使う前に、まず119番通報をし、部屋を離れてください。」
その一文を見た瞬間、全てがクリアになった。
そうか、これはただの心停止じゃない。
二人が同時に倒れたのは、空気に混じっている何かが原因だ。
この部屋には何か有毒なものがある……ガスか?
そう思うと、俺は冷静さを取り戻した。 まずはここから離れなければ。
俺はすぐに救急に通報し、事態を報告した。
その場でAEDを使おうとしていたら、俺も倒れていただろう。
紙に記された警告は、命を救うための最後のヒントだった。
俺はその場を離れ、救急隊が到着するのを待った。 やがて救急車が到着し、隊員たちが小屋に入った。
二人の男はガス中毒により倒れていたらしい。
もし俺が紙の裏のメッセージを読まずに、そのままAEDを持ち出して小屋に突入していたら、三人目の犠牲者になっていたかもしれない。
救急隊が二人を担架に乗せて運び出す様子を、俺はただ立ち尽くして見ていた。
第4章「影の先にある光と終わりなき循環」
彼らは意識を取り戻しつつあり、命に別状はないらしいと聞いて、ようやく胸を撫で下ろした。
だが、安堵と共に新たな疑問が浮かび上がってきた。
命の紙の送り主は誰なのか?
なぜ俺の元に送られた来たのか?
警察も来て現場の調査が進む中、俺は再びポケットの中の紙を取り出した。
何度も読んだ紙だが、ふと気づいたことがある。
紙の角にかすかに残る、インクで滲んだマーク。それはかつて見たことのあるロゴだった。
「JHR」 俺の脳裏に浮かんだのは、かつて調査をしていた「日本救命研究所(Japan Humanitarian Rescue)」のことだった。
数年前、彼らがAEDや救命技術を普及させるための実験的なプロジェクトを進めていると聞いたことがあった。
しかし、その活動は突然中止され、表舞台から姿を消したとされていた。
なぜ彼らのロゴがこの紙に?
しかも俺宛に送られた理由は?
その時、小屋の奥から警察の捜査員が一つのノートを持ち出してきた。
それは倒れていた二人のうち、片方が所持していたものらしい。
中には手書きのメモがびっしりと書かれていた。
その一部を読み上げる捜査員の声に、俺は耳を疑った。
「AEDの普及と教育のために、あらゆる状況を想定した訓練を行う必要がある…」
「命の紙プロジェクト:予期せぬ状況で人がどのように反応し、行動するかを分析するため…」
俺は言葉を失った。つまり、これはただの事故ではなく、何らかの計画されたシナリオだったというのか?
この紙が届いたのも、そして二人が倒れていたのも、すべて俺を試すための仕掛けだったのかもしれない。
だが、それ以上の詳細を知ることはできなかった。ノートはその場で封印され、詳しい調査は後日に持ち越された。
俺に残されたのは、「命の紙」という謎だけだった。
数日後、ある夜更け。
机に向かい、この出来事についての記事を書こうとした俺の元に、また新たな封筒が届いた。
送り主は、やはり不明。
そして、中には短いメッセージが。
「真実を追い求めるなら、次はここに来い。」
そこには、またもや住所だけが記されていた。
俺は迷った。このゲームのような状況に乗るべきか、それともこれ以上深入りすべきではないのか。
だが、心のどこかでこう思っている自分がいた。
「もしこの先に本当に命を救う秘密が隠されているのなら、俺は行くべきだ。」
記された住所を再度見つめ、俺は深呼吸を一つ。
手元にはまた、新たな冒険が始まる予感が満ちていた。