命の紙シリーズ「空に舞う願い」
彼がそのビルの屋上に立っていたのは、ただ「終わらせる」ためだった。
生きる意味も、希望も、すべてが見えなくなっていた。
風が強く吹き、街の喧騒が遠くに感じられる。
今、この瞬間、何もかもを終わらせることが、彼にとって唯一の解放だった。
そんな時、一枚の紙飛行機が風に舞いながら、彼の足元にふわりと降り立った。
「なんだよ、こんな時に…」
拾い上げた紙には、見覚えのある言葉が書かれていた。
「次にこの紙を手にしたあなたが命を救います。」
思わず、苦笑いがこぼれた。
「命を救う?これから死のうとしてるってのに…」
しかし、その言葉が心に微かな響きを残した。
彼は自分が立っている場所を見渡し、ふと下を覗いた。
そこには、一人の人が地面に倒れているのが見えた。
周囲には誰もいない。
すぐに駆け寄る人の姿もない。
(まさか…今、命を救えってことか?)
目の前の光景に、彼の心はざわつき始めた。
自分は終わりを求めてここに来たはずなのに、倒れている人を見て、放っておけない自分に気づいてしまった。
(ああ、もう…なんなんだよ)
ため息をつきながら、彼はビルに備え付けられているAEDを思い出した。確か非常口の近くにあったはずだ。
心の奥底で感じる葛藤を振り切るように、彼はビル内に戻り、AEDを手に取った。
(しょうがない、俺しかいない…)
彼は急いで地上に降り、倒れている人の元に駆け寄った。
しかし、彼が再び紙を見ようとした時、驚くべきことに、そこに書かれていたはずの「AEDの使い方」の文字が消えていた。
「おい、どうなってるんだよ…紙にまで見放されたか?」
彼は焦り、混乱しながらAEDを手にした。
しかし、AEDは何の反応も示さない。
その時、彼の目に新たな文字が飛び込んできた。
「普段通りの呼吸をしている人には使えません。」
彼は頭を抱えた。
「さっきはこんなこと書いてなかっただろ…」
しかし、倒れている人に意識を集中させると、かすかにだが、呼吸をしていることに気づいた。
(息をしてる…そうかAEDは呼吸をしている人には使えない。
でも、この人、どうすればいいんだ?)
彼は自分の中で答えを探し、少しずつ冷静さを取り戻した。
AEDを使う必要がないなら、今やるべきことは一つ。
救急車を呼ぶことだ。
彼は急いで電話をかけ、状況を説明した。
「なんで、俺が…命を救うなんて考えてなかったのに…」
彼は倒れた人のそばでじっと待つ間、自分が今何をしているのか、そしてなぜここにいるのかを思い巡らせた。
自分がこの世から消えようとしていたはずが、今、逆に誰かの命を救う立場になっていることに、混乱しながらも不思議な感覚を覚えた。
救急車のサイレンが遠くから聞こえてくる。その音が近づくにつれ、彼はふと気づいた。
(もしかして、この紙…俺を救おうとしてたのか?)
紙を握りしめた彼の心に、これまで感じたことのない小さな希望が灯った。次に誰がこの紙を手にするかはわからない。
しかし、その人もまた、命を救う運命に導かれるのだろう。
彼は紙を見つめた。
(まだ、終わらせるには早いのかもしれないな。)
その瞬間、彼の目の前に再び文字が浮かび上がった。
「次の人にこの紙を託しなさい。」
彼は心に決めた。
命の紙の謎を追い、そして多くの命を救うために、フリージャーナリストとしての新たな一歩を踏み出すことを。
彼の中で新たな使命が生まれ、未来への扉が開かれたのだった。
彼は紙飛行機を飛ばした。
その紙飛行機は、彼が生きる意味を見出すための第一歩となることを、彼自身が信じていた。
風に乗って飛び立ったそれは、次なる命の運命を紡ぐために、青空へと舞い上がった。
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