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『男はつらいよ』の寅さんはどうして結婚しないのか


はじめに

『男はつらいよ』が放映されてから55年たちました。私が好きな映画の一つです。アマゾンプライムでなんとなく見始めてから一年弱経過しましたが沼にハマってしまいました。
最近だとマックのCMでナイツの塙さんが寅さんに扮していますね。似せているようだけどあんまり似ていないのがなんともいえないなあと思いながら見ています(笑)。

そんな『男はつらいよ』ですが、なんと全部で50作あります。そのほとんどが同じような話の筋で、寅次郎がマドンナに振られてしまいます。寅次郎はそのまま家出をし旅に出ます。
いわゆるこれが"お約束"的展開で50作のほとんどがこのような話の筋です。作品的にはこれが大成功し話は分かっているのに何度でも見てしまう、実に不思議な映画です。

今回私が行いたいのは、車寅次郎という人間を考察することです。なぜ彼は旅をするのか、そしてなぜ彼は結婚できないのか。決してお約束だからと結論付けられない深い理由があると私は思います。どうかお付き合いください。

寅次郎のイメージ(視聴者)

『男はつらいよ』を見たことない人にとって車寅次郎(渥美清)はどういう人間に見えるか。YouTubeを見ると寅次郎の名言切り抜きがあり、内容を見ると勉強する意義や人生で大切なことを述べている場面が多い。
『男はつらいよ』に関する書籍や記事においても「古き良き日本」のように描いていると思われる。また主演の渥美清さんが国民栄誉賞を受賞されて、一種の寅さん神格化のようなものが存在していると思う。
さしずめ「きっと聖人で人の悩みを解決できてお調子者の純日本人」のイメージが大きいのではないだろうか。

ただ映画を少し見た人なら寅次郎は善人と言われる人ではないとわかるだろう。家に帰ったと思ったらすぐに喧嘩をし、酒癖は悪く口が滑ることも少なくない。
寅次郎の悪いところは第一作から早速発揮されている。妹さくら(倍賞千恵子)のお見合いの席にて彼はべろんべろんに酔っ払ってしまった。そこからは下ネタのオンパレード。お相手の同席していた少女がそれを聞いて笑うものだから寅も調子に乗ってきてしまう。結果相手家族からドン引きされお見合いの話はなかったことにされてしまった。
このような形で、作中ではどうしようもない描写も中々にあります。

寅次郎のイメージ(作品内)

『男はつらいよ』に出てくる登場人物の車寅次郎に対するイメージは、視聴者の持つそれと変わらない気がする。

例えば作品に出てくるマドンナたち。寅は内弁慶な男で家の中では威勢を張っているけれど、美人な女性とか旅で行きずりに会う人たちからは好印象を持たれている。

第23作に出てくるひとみ(桃井かおり)と寅は北海道で知り合った。ひとみを襲う悪漢(湯原昌幸)を撃退し仲良くなった。結婚式から逃げ出したこと、相手(布施明)に対する想いのことを打ち明けて、ついには寅を仲人として結婚する。

結婚式の仲人となった寅さん


第30作の蛍子(田中裕子)は寅のことが大好き。仕事終わりに一緒にお酒を飲んだり、とらやに訪問し相談事を話すこともある。三朗(沢田研二)との仲を取り持つほどにもなり、やがて二人は結婚の約束まで取り付ける。ラストシーンで結婚式の前に家出をした寅と電話で話しているときは泣いていた。

電話で寅さんと話す蛍子

第16作で出てくるのは大学の田所先生(小林桂樹)だ。恋をする女性がいるものの中々打ち明けられない。寅に恋愛のことを聞き腑に落ちる解答を聞けたため、寅次郎のことを「先生」と呼ぶようになる。ラストシーン、やがて二人は一緒に旅をして、田所先生は振られたことを寅にからかわれる。楽しそうな二人のやりとりだ。

一緒に旅をする田所先生と寅さん

ただ寅の身内は上記の人たちのようなイメージは決して抱いていない。帝釈天の参道で団子屋を営む一家はいつも寅に振り回されている。

第18作では寅が別所温泉の宿で無銭飲食をしてしまった。長野県警察でお世話になっている兄を助けるために、妹さくら(倍賞千恵子)はわざわざ温泉地へ行きお金を払いに行く。おいちゃん(下條正巳・森川信・松村達夫)やおばちゃん(三崎千恵子)は呆れてものが言えない始末であった。

左から、おいちゃん、博、タコ社長、おばちゃん

第13作にて、寅次郎が商売を終えてさくらに夕飯の献立を聞く。「ハンバーグよ」とさくらは答えるも「ケっ、横文字のものは食いたくねえや」と返す。しかし料理を作っているのが歌子(吉永小百合)だとわかったとき、歌子からも今日はハンバーグよと言われたときは、「ハンバーグ!僕大好き!」と答えていた。このように外と内では人が変わったようになるのが車寅次郎なのである。

「ハンバーグ大好き!」という寅。苦笑いするさくら


疑問点


ここまで寅次郎のイメージについて語ってきたが、如何せんどうしようもない部分があるが彼はお調子者だということがわかってきたと思います。またコミュニケーション能力はとてつもなく高いです。心地よいテンポ、秀逸な洒落で人々を笑わせることが出来ます。それゆえ多くのマドンナと出会い、そして視聴者を虜にしてきました。

ではどうして車寅次郎は結婚できないのでしょうか。
そしてどうして旅に出るのでしょうか。

寅次郎の抱えるコンプレックス


まず最初の問いですが、私は車寅次郎がコンプレックスを抱えているからだと考えます。恐らく身体的なもの(インポテンツとか)ではなく、自らの生き方というか社会的な自分の立ち位置に対してです。
テキ屋稼業に長年従事していますが、やはりまっとうな職に就くことが正しいと寅次郎自身身に染みているように思います。

さくらの夫であるひろし(前田吟)をつまらない男と評していますが、寅は彼がまじめな男だということをわかっています。とらやの裏の朝日印刷で働き、家庭を支えるために労働に勤しんでいる姿を寅は感心しているのです。
ひろしとさくらが新居を購入したとき、寅は真っ先にお祝い金を渡しました。その後金額の面で揉めてしまいますが、やはり祝う気持ちはあるのです。

ひろしとさくらの息子である満男(中村はやと・吉岡秀隆)に対しても勉強しろとよく言います。第46作で満男は就活が嫌になり家出します。出先の瀬戸内海の島に寅が迎えに行くことになります。「満男、おじさんの顔をよーくみるんだぞ。わかるな。これが一生就職しなかった人間の成れの果てだ。お前もこうなりたいか」と自分を例に説得にかかるのでした。

「満男、おじさんの顔をよーく見るんだぞ」

また初期の頃ですが、寅には昇(秋野大作)という舎弟がいました。最初は一緒に活動をしますが寅は「国に帰って親孝行しろ。俺みたいになるな」と何度もかれに告げています。第一作にて上野駅で二人は言い合いになり喧嘩別れをしてしまいます。
昇はやがて就職をし、第33作で家庭をもつ描写がなされています。まっとうになったかつての弟子を見て感激するものの、やくざ者の自分がやたらに近づいてはいけないと寅はあえて距離を置くようにしました。

寅と登 実に数十年ぶりの再会

ではなぜ寅次郎はテキ屋で働いているのでしょうか。
その前に寅の来歴を簡単に紹介します。

車寅次郎
1936年生まれ。
車平造とその妾(ミヤコ蝶々)の間にできた子供。妹さくらとは腹違い。
中学3年次、校長先生の頭を殴りそのまま中学中退。
16の時、実の父と喧嘩をしてそのまま家出をする。
以降テキ屋稼業に従事する。最初は弟子入りをしその後一人で活動する。
家出から20年後、故郷である葛飾柴又に戻ってくる(第1作はここから始まる)。


持ち前の喋りで商売はできるが、机に向かったり社会について考えることはしなかった。その重要性に気付いた時には彼はもう年を取りすぎており後戻りができないことを悟ったのだろう。

第5作では国鉄でまじめに働く青年に感化され様々な労働に打ち込む。しかしどこの会社も葛飾の店も寅を受け入れようとはしてくれない。ひろしの働く朝日印刷が面倒を見ようとしたが、寅は全く仕事をせず挙句昼休みが終わるも返ってこなかったのである。また37作では実家のとらやで店番を任されるも途中で寝てしまう。嫌気がさし午後は地元の仲間と酒をかっくらいに上野へと出かけたのだ。

こうなると様々な会社も彼を雇わなくなる。第28作にて彼は日の丸物産という会社に就職試験に行くも落とされる。
第26では定時制高校に編入しようと欲するも、彼は中学中退なので定時制中学を進められる。

仕事の重要性は寅もわかっている。しかしそれができない。
40を超えて色々行動に移そうとするもその機会にすら出会えない。
寅次郎はテキ屋稼業で生きるしか道がないのだ。


決してモテないわけではない

失恋ばかりしているが、実は寅に気を持っていたマドンナも一定数はいた。
本当に結婚の一歩手前にまで進んだ事例もいくつかあった。

第10作、寅次郎は御前様の甥っ子(米倉斉加年)が寅の幼馴染であるお千代(八千草薫)に好意を持っているのを聞きつける。お千代の気持ちを確かめるため寅は聞き出す。「なあ、いいだろう。返事はいいっていうことで」。お千代はうなずく。お千代は寅次郎自身がプロポーズしたのだと思っている。そのことに気付いた寅は心底驚いてしまう。その場にへたり込み何も言えなくなってしまうのだった。

へたり込む寅

第15作、キャバレーで歌手をするリリー(浅丘ルリ子)は寅と再会する。同じ渡世人同士なにかと波長の合う二人だ。リリーの帰り際、さくらが「リリーさんがお兄ちゃんと結婚してくれたらどんなに私嬉しいか」という。それを聞いてリリーはうつむきながら「いいわよ」とおもむろにいう。そこに寅がやってきてさくらがその旨を伝えるも、「リリー、冗談なんだろ?」と寅は本気にしない。それに対してリリーは冗談よと一蹴し何もないまま帰ってしまった。

リリーに結婚の意思を聞かれる寅

第28作、寅の親友でテキ屋を行っていた男がいた。彼は病魔が進行し寅に「俺が死んだら光枝(音無美紀子)を女房に」と告げていた。光枝は寅と親しく二人もまたいい感じであった。とらやにも遊びに来た。帰り道駅まで送る寅に彼女はこう言う。「私の夫が寅さんと結婚しろと言っていたけど何か聞いていない?」。寅の表情は曇り、「何も聞いていない。病人の冗談だから適当に返しておいた」と重たい口を開けた。「そうよね。夫も迷惑なことを言ったわ」と光枝は言うもまだなにか言いたそうにしている。寅もまた同じような感じだが、ずっとうつむいたままで要領を得ない。やがて二人はそのまま別れてしまった。

柴又駅前にて 寅と光枝

第29作、陶芸家のもとで働いていたかがり(いしだあゆみ)はひょんなことから勘当されてしまう。実家に帰ったかがりが心配になり寅は丹後へと赴く。かがりは段々寅に惹かれていき、東京のとらやに遊びに行った際には寅をデートに誘う。場所は鎌倉の長谷寺、緊張した寅は満男を連れて行ってしまった。残念そうな顔をしたかがりだが三人は出かけることにした。夕方やっと二人きりになれた二人だがかがりは涙を流す。「今日はいつもの寅さんやない。あれは旅先の寅さんやったんやね。幸せそうな家族がいて、あれが寅さんの本当の姿なんやね」と寂しげに言う。寅はそれを聞いてただうつむくことしかできなかった。

涙を流すかがりと寅

第32作、寅は岡山県高梁のお寺に住み込む。そこで住職の一人娘、朋子(竹下景子)と知り合う。寅もお寺のお手伝い、それこそ法事を行うなど大活躍だった。二人はいい感じの雰囲気になるが、住職(松村達夫)が「結婚するなら寅さんがええんか」と朋子に告げるもそれが寅に聞こえていた。ばつが悪くなった彼は朝方東京へ帰った。
数日して朋子が東京に来た。とらやで寅に再開しさくらたちと一緒に世間話をするが話したいのはそのことではない。寅も話したいことはあるが普段は行わないお客さんの饗応やとらや話に場を持たすなどをし続ける。「まだ何も話していない気がするの」と朋子が言い、寅・朋子・さくらの三人で柴又駅へ向かう。やがて二人きりになって、朋子が「岡山ではごめんなさい。父の発言で気を悪くしたんじゃないかと…」という。寅は最初は神妙な顔になるも快活な表情で「全然そんなことはない。俺は最初から冗談だと思っていたもんだ。朋子ちゃんもそれを聞いて安心したろ」と言うが、朋子は真剣な面持ちで、涙を目に浮かべながら首を振った。寅はそれを見てまた何も言えなくなってしまった。

気を悪くさせたのではと心配しなる朋子と寅

第44作の聖子(吉田日出子)は鳥取にある宿屋の女将だ。寅も若いころはよくここに通っていた。聖子は寅と所帯を持つことを望んでいたが恋敵が現れる。その男が気立ての好いのを見てそいつと結婚しろと寅は進めた。それから数年後、寅が満男と泉(後藤久美子)とそこに訪問することになる。聞くところによると聖子の亭主は数年前に亡くなっておりその生活も辛いものだったという。「あの時寅ちゃんを選んでおけばよかった」と暗い部屋で聖子に告げられる。男女の壁が打ち砕ける雰囲気であったが、満男の行動によって夜は何事もなく終わってしまった。

第46作では満男が就職活動に嫌気がさし香川県・琴島に行く。寅が満男を呼び返しに現地に向かうが、そこで葉子(松坂慶子)と出会う。またしても美人と出会ってしまった寅。一緒に金毘羅山に行き冗談を言い合うなどお互いに惹かれあう。ある晩、葉子が満男に「寅さんは独身なの?」と聞く。また「寅さんの魅力は電気ストーブのような温かさではなくて、身体の芯から温温まるような温かさ」とも言った。満男はそれに対して、「伯父さんは葉子さんのことが好きですよ」と言ってしまう。それを知った寅はバツが悪くなり次の日朝一番で帰ってしまったのだ。

私の知る限りこの5人は寅に好意があった。ただ所帯を持つ話になると写真のように寅は神妙な面持ちになって黙ってしまうのだ。

アイドルとなった寅次郎

私は絶対に寅のコンプレックスから出てくるものだと思っている。俺のようなものよりまともな男と結婚してほしい。俺では妻となるお前を幸せにできない、そう思っているからこそ結婚の話に取り組めないのだと思う。

車寅次郎を等身大に捉えるとするならば社会的立場の弱さに苦しむ男性と位置付られるだろう。ただし彼持ち前の明るさや弁の立つ隋逸の才能からそのように見えないようになっている。

目の前の人の立場を見ず、人と人を見据えた話ができる。水ぼらしい男性でもインテリな男でも総理大臣でも寅にとっては関係がない。考えすぎないから素朴な疑問を抱くことができ、心のままに動ける。

そう人々は寅さんをとらえる。
きっと誰もが多少は生きずらさを抱えていて、ゆったりとしたい心のままに生きたい。マドンナも行きずりの人もそして我々視聴者も、潜在的に潜む想いを車寅次郎に託しているのだろう。

寅本人としてはそんなつもりはなく、ただ目の前のことを楽しみたいと思っているだけに過ぎない。ただその姿が寅のすべてだと私たちは思ってしまう。車寅次郎は現代社会からの自由を代表するアイドルにさせられたのだ。

ただ実態としては社会生活や自分の身分に苦しむ一人の男性なのだ。

第8作、貴子(池内淳子)が柴又に引っ越してくる。寅と彼女が多少仲良くなった時分、寅は彼女の家を訪ねた。話は寅の旅のことになって貴子は「いいわね旅する生活は。私も日本全国を周る商売をしてみたいわ」という。それをきいて寅は「そんないいものじゃありませんよ…」と小声で返答する。貴子が電話を取りに奥へ行った時、寅は静かに家を後にした。

この話は、貴子は寅が気ままな自由人として述べている、いわばアイドルとしての寅次郎を取り上げている。他方寅は旅、つまりテキ屋稼業は楽ではないものだと十分すぎるほど知っている。むしろ自分にはこれしか選択肢がないことも身に染みている。アイドルとしての寅次郎と等身大の寅次郎の行き違いがこの場面では発生したのだ。

旅に憧れを抱く貴子、旅の苦しさを知る寅

恋愛とは相手に向き合うこと。それ即ちどうしても等身大の自分を認識してしまう。自分のコンプレックスを実感すると何ともいたたまれないような気持になって寅次郎は旅に出るのだと思う。
毎度毎度とらやを出る時はもの寂しそうだ。

おわりに

最後にさくらのセリフを引用します。

第41作、大学受験に悩む満男は「毎朝満員電車に揺られながら考えちゃうんだ、こういう生活が60の定年まで続くのかなあって。羨ましいなあ。おじさんはそういう生活を否定したんだろ」と言う。
さくらは、「何言ってるの。おじさんは否定したんじゃなくて否定されたのよ世の中に。あんたもそうなりたいの、いつまでも一人前扱いされなくて、家族や親せきに迷惑かけてばかりいて。そんな生活のどこがいいの!」と。

社会生活からの自由を代表するアイドルとしての寅次郎、社会の生き方に模索する寅次郎。『男はつらいよ』はある男の生き方が反映されている映画なのだなとつくづく思うようになった。

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