ヰ世界情緒『Anima』、あるいは創世のプロメテウス
「魂」。古代ギリシア哲学者の大好物であり、カント以降には理性から追放され、現代オカルティズムに引き受けられた21gのエイドス。野生の思考を失った現代文明の片隅で消えゆく蝋燭の灯火。
「Anima」と表題されたこのライブで、ヰ世界情緒の示した「魂」とは、何であったのでしょうか。
2021年10月23日、ヰ世界情緒1stワンマンライブ『Anima』がYouTube‐Liveにて完全無料で公開され、Twitterトレンド1位を記録しました。私は折り悪くリアルタイムでの参加が叶わず、翌日のZ‐aNでの有料特別再配信にて視聴しました。
今回のライブはヴァイオリン、チェロ、コントラバスといったストリングスの入ったバンド編成。弦楽の重厚な響きが「ヰ世界情緒」らしいライブ空間を優雅に彩っていました。
第一部
彼女の初舞台は、samayuzameさんの「物語りのワルツ」「ジオラマドラマ」からスタート。2019年の12月、orieさんの耽美なビジュアルと「夜顔の告白」のカバーでデビューした彼女の原点が思い起こされます。
続いて、ライブの為に用意したという振り付けがとても可愛かった「いろはに咲きて」、また他には、タイトルと裏腹にペシミズムを纏った「やさしいせかい」、ポエトリーで始まる都会的なポップス「マボロシのまち」、そして特別再配信にて披露された「ANEMNE」もsamayuzameさんによる楽曲です。
また、とうかささんの手がけた「ハイドレンジア」、「斯く美しき造花」はリズミカルで情緒ちゃんの力強い発声が感じられる楽曲です。いずれも「花」という彼女を象徴するモチーフでもあります。
毎度お楽しみバンドメンバー紹介、からの「ヰ世界の宝石譚」。sasakure.UKさんの無機的なピコピコサウンドが有機的なストリングスアレンジのダイナミクスによってまた違った印象を与えていました。「ライブならでは」の楽しみがありますね。
そして、はるまきごはんさんによる新曲「霞がついてくる」。月明かりを背景に、大きく手を左右に振りながら伸びやかに歌い上げると彼女の初舞台は閉幕。静かに深く頭を下げる姿が印象的でした。
無論、ここで終わるはずもなく、例の如く第二部が幕開けです。
第二部
二部では、V.W.Pのメンバーとしての彼女の楽曲が披露されていました。今回のライブの無料化の為協賛したbilibiliのスマホゲーム「アーテリーギア」とのコラボパートとの事です。
「牢獄」は『シャーマニズム』で初披露された春猿火との楽曲で、ラップパート作詞をBOOGEY BOXX Fraが担当。日常語彙ではない「頭が高いぞ!」。
カッコイイエフェクトの「暗闇with花譜」は「バッドエンドからハッピーエンドへ」という歌詞が印象的でした。“生き急いでしまった”という花譜ちゃんの謎のトークが面白い。
続いて一転シックで大人っぽい、新たな神椿メンバー廉さん作曲の「泡沫feat.理芽」。この二人の組み合わせは今回初めてで新鮮に感じられます。“情緒とちょうちょ。”とは。
「刻印feat.幸祜」は“闘争本能感溢れる”ロック。V.W.P全員での「変身」は「アーテリーギア」テーマソング。情緒ちゃんをセンターに5つの個性が美しくぶつかり調和していました。
「牢獄」を除き、いずれも初披露楽曲という怒涛の展開でした。魔女たちとの共演は、ヰ世界情緒の持つ歌声の多様性のポテンシャルがぐっと引き出されますね。
曲の合間、ふわふわもこもこしてどこまでも空中に飛んで行く魔女たちのゆるいMCも存分に楽しめました。
第三部
第三部では、「変異体ヘリオトロープ」へと変身。「太陽へ向かう」を原義とする可憐な花のイメージぴったりの彼女の新たな姿。花柄のワンピースにフリルのついた白いドレス姿がとっても優美。顔の左右に角のように上に伸びたアネモス(註:目のついた花のような謎生物)の葉を、“身長が伸びてしまいました!”と無邪気に笑うのも可愛らしい。
ヘリオトロープと言えば、実らぬ恋の果てに花に姿を変えたクリュティエ、あるいは『三四郎』といった悲恋の物語のイメージがありますが、果たして「もこもこ」はストレイ・シープの暗示だったのでしょうか。
そんな新しい姿で、安田現象さんのアニメーション映像を背景に歌われた「とめどなき白情」。ドレスで優雅にステップを踏み踊る彼女がとても儚く美しく感じました。
“例えば、毎日楽しく過ごしたいなあって思ってるけど、どこかでずっと永遠に生きていたいなあって思ったりとか”
“凄く私はこの世界が大好きなんですけど、誰もいない世界に行きたいなあって思ったりとか、そういう矛盾したことばかり思うようになって。
そんな、散りぢりになったりばらばらになってる感情を繋いでくれたり、埋めてくれるものが、私にとっての歌や絵、創作になっていった気がします。”
以前、8月の『シャーマニズム』では、春猿火ちゃん自身のバックグラウンドに由来する「弱さ」の自覚とバーチャルという「仮面」の獲得による自己超克、あるいは同じ境遇を抱える私達すらも「仲間」として救済する「居場所」を作ろうとする彼女の優しい内面が描かれていました。
春ちゃんが「この場所」で生きる弱い存在を在りのまま肯定してくれる「シャーマン」であるのとは対照的に、今回の情緒ちゃんのライブは彼女自身が語るように「創作」の力によって、「ここではない世界」へと私達を連れて行ってくれるようなライブであったように感じます。ここにふたりの対照的な「魂」の救済へのアプローチが感じられます。
「Anima」というライブタイトルについて、“何もなかった世界に新しい魂を宿らせること”と語る彼女が「創作すること」に求める情熱やきらめきには、一方で「この世界」に対して抱いていた虚無感や孤独感というアンビバレントな感情が感じ取れるような気がします。
そうした“言葉だけじゃ表しきれない感情”に向き合う彼女の願いや理想を託された自由な「ヰ世界情緒」というかたちが、歌や絵という創作活動を通じて彼女の想いとこの世界を繋ぐ存在となっていったと言えるのでしょう。
「ヰ世界情緒」は、そんな私の想いと世界を繋いでくれる、私の願いそのものです。
そんな彼女自身の心を表現した新曲「誰もいない絵で」。私たちをここではない世界へいざなってくれる彼女の“終わりのない創造”がこれからも自由に花開いていきますように願っています。来年開催されるという個展、楽しみにしています。
そして、このライブのフィナーレを飾ったのは「シリウスの心臓」。
“・・ ・-・・ --- ・・・- ・ -・-- --- ・・-”
“私はこの世界が大好きです”と、最後にひとこと語った彼女。ヰ世界情緒としての活動を通してこの世界を愛するようになれた彼女から私たちへ、声の限り力いっぱい歌い上げられた“I Love You”が深く胸に響きました。
ヰ世界情緒ちゃん、素敵な「創作」の舞台を私たちに届けてくれてありがとうございました。特別再配信の3曲も素晴らしかったです。11月21日まで見られますのでまだの方も是非見て頂きたいです。
セットリスト
第一部
(映像演出)
物語りのワルツ
ジオラマドラマ
ハイドレンジア
いろはに咲きて
ディメンション
斯く美しき造花
やさしいせかい(新曲)
マボロシのまち(新曲)
ヰ世界の宝石譚
霞がついてくる(新曲)
第二部
(映像演出)
牢獄 with 春猿火
暗闇 with 花譜(新曲)
泡沫 feat. 理芽(新曲)
刻印 feat. 幸祜(新曲)
変身 V.W.P(新曲)
第三部
-変異体 Heriotrope-
とめどなき白情
誰もいない絵で(新曲)
シリウスの心臓
ALCADIA(エンディングロール)
特別再配信
深淵 ソロVer.
ANEMONE(新曲)
輪廻 ソロVer.