BORN TO BE 野良猫ブルース 第4話 『淀川ストーリー』
とあるお金持ちのご婦人宅にて、豪華なディナーを堪能し満腹になったわてとミーさんは、ごちそうして下さったご婦人に感謝の意を込めて深々と頭を下げてお礼をしました。
そしてご婦人宅で飼われているヘタレのお犬様・アンドレ君ともお別れの挨拶をしました。
「ほなわてらぼちぼち行くさかい、奥様によろしゅう云うといてや。」
「もちろんだす。兄さんも姉さんもお元気で。また遊びに来て下さい。」
そうしてわてらは再びメインストリートを歩んで行きました。
「なあ、ボンちゃん。アンドレ君とは会話してたん?」
「さいです。なんでか知らんけど、わてとアンドレは猫と犬で種が異なるにも関わらず、言葉が通じたんですわ。」
「へぇぇ、すごいやん。ボンちゃんってなんか普通の猫とは思えんなぁ。意外とケンカ強いしなぁ…実はめっちゃとんでもないなんか歴史上の英雄とか偉人の生まれ変わりとかちゃうん?」
ミーさんは面白がって適当な事を云わはります。そない云われるともしかしたらわては人間とも会話がでける程のほんまもんの天才猫かもしれまへん、とついつい調子に乗って自惚れてまいそうだす。
けど今のわては、別に英雄にも偉人にも超人にも興味ありまへん。どこにでもおる平凡な野良猫で十分だす。
わてが今最も望んでいる事は、密かに想いを寄せるミーさんにわての嘘偽りのない正直な恋心を伝えて恋愛を成就させる。そして将来は愛しのミーさんと交尾してミーさんに玉のような可愛らしい赤ちゃん猫を産んで欲しいと思うてます。ささやかな幸せが得られたらそれでええねん。
わてのそんな恋しさと切なさと心強さを、ミーさんにいつお伝えしようかとわては常に悶々としております。
「あー今日は楽しかったわぁ。ほな、うち用事あるさかいぼちぼち行くね。ボンちゃん、また遊ぼうね。きっとやで。」
「へえ、わてもミーさんとお会いできてほんまに良かったですわ。ありがとうございました。ぜひまたご一緒しまひょ。」
「嬉しい。ボンちゃんって可愛くておもろいから大好きやわ。」
ミーさんがわての事大好きやと云うてくれはりました。わては天にも昇るような心持ちだす。俗に云う有頂天ってやつですわ。でへへへ……
可愛いあの娘は、ミーさんだす。いつでもオスをダメにする。
甘い唇ふるわせて~。
陽気に踊ろうよ。ブルースエードシューズ。
ジュークボックスに合わせてツイスト、ロックンロール。
甘いチュールで酔わせちゃう。
おー、ミーさん、ミーさん。おー恋しい。
もう一度踊って、もう一度キスして、お願いやから。
可愛いあの娘は、ミーさんだす。いつでもオスをダメにする。
甘い唇ふるわせて~。
わてはしばし妄想に浸って、お花畑なアホ面を晒してました。
「明日やったら淀川の河川敷にいてるから、よかったら来てや。」
「へえ、もちろんだす。ぜひ、行かしてもらいますわ。」
こうしてわては何処へと撤収していくミーさんの麗しくセクシーな後姿を見送りながら、本日の寝床を探すべく近隣の徘徊を再開しました。
夜も更けてきますとかなり寒いですわ。
はよどっか寒さが凌げる良さげなとこ探さな……とやや焦りつつも周辺を見渡すと、一晩寝て過ごすのに丁度ええ塩梅の軒下がありました。
そこは水道工事会社の資材置き場だす。鉄管や塩ビ製のパイプ、継手類などが山積みになってる棚の中やったら温そうやなと思うたんで、わては迷わず棚をのそのそよじ登りました。
よっしゃ、これで朝まで寝れるわと棚の中の隙間に入ろうとしたら、そこには既に同族の先客がいてました。先客は薄目を開けてわての顔をじっと見てます。
「んんん?ここは俺んとこや。悪いけど他を当たってくれんか。」
ああ、一足遅かったか。残念。わては無駄に争う気もありまへんし、他人の生活圏をむりやり奪い取る程あつかましくもないので、ここは潔く退く事としました。ところが先客はわてに他の場所を教えてくれました。
「あのな、ここの裏にちっさい倉庫があるわ。多分誰もおらんと思うから行ってみ。」
「えらいすんまへん。おおきに。行ってみますわ。」
親切で紳士的なその同族は、よく見ると推定2才位の端正な顔立ちのイケメンのオス猫でした。ああこの方、多分めっちゃモテるんやろなぁ…と思わせるような水も滴る伊達男だす。
わてはイケメンのアドバイスに従って、裏手のちっさい倉庫に赴くと確かに誰もいてまへんでした。
やれやれ今度こそほんまに寝れるわと、わては倉庫内の段ボールの中にもぐりこんで就寝しました。
「なあ、ヒロシはうちの事どない思うてるん?」
「ああ、彼女や思うてるで。」
「ウソ!いっつもウソばっかりやん。お前が好きやと耳元で云うた、そんなヒロシに騙されて、うちはいつも淀川の河川敷で待たされんねん。」
「ウソやない。俺はいつでもマジやで。ミー、お前が好っきやねん。」
「そやから一言下さい。恋の行方は環状線。そやからお前は素敵や。愛が消えてく淀川で。胸の鼓動が激しい、サイケな夏を淀川で。」
んんん………わては夢を見てます。劇中ではミーさんとヒロシとか云う見ず知らずのオス猫が出演してます。わてはヒロシを全く存じませんが、しかしどっかで見た事あります。ヒロシはイケメンですが、いかにも軽そうなチャラ男です。わてはヒロシとどっかでお会いしてるかも知れまへん。
ミーさんとヒロシは終始痴話喧嘩に明け暮れてます。ミーさんは一途に想いをぶつけてますが、ヒロシはミーさん以外にも複数のメス猫と関係しているようで、浮気性のヒロシはそこんところをミーさんに責められているようです。
そんなこんなで目が覚めたら既に夜が明けて周囲は明るくなってました。
わてが一晩お世話になったちっさい倉庫は、扉がない入口が東を向いているので文字通り朝日があたる家になっていました。
ああ~よう寝た。こないゆっくり寝たんほんまひっさしぶりやなぁ……と思いっきり伸びをして大あくびをかましました。
しかし不思議な夢や。なんでミーさんが出てきたんやろ?しかもヒロシって誰やねん?荒唐無稽な内容の夢にも関わらず、わては胸中穏やかではありまへんでした。
わては昨日ミーさんと約束を交わしたのを思い出して、早速淀川の河川敷へと向かいました。
最近のわては以前と比べて、かなり大阪市内の地理に詳しくなってました。
わては頭ん中であらゆる情報を整理しながらも、野生の勘を働かせてなんなく淀川の河川敷にたどり着きました。
そこには、ああ我が愛しのミー様がお美しいお姿で、凛として佇んでいらっしゃいました。
ミーの瞳は一万ボルト、地上に降りた最後の天使猫だす。
「ミーさん、おはよう。今日も変わらずお綺麗で愛くるしいですわ。」
「おはよう。ボンちゃん、いつからそないお世辞が上手くなったん?照れるわぁ~。年上のお姉さんをからかったらあかんよ。」
「からかうなんてそんな…わてはウソは云いまへん。ほんまの事だす。」
わては最前からこの胸のときめきが止まりまへん。
こうなったら、本日このタイミングでミーさんにわての気持ちをぶっちゃけよう、そう決めました。
生後間もなきしがない野良猫・ボンの一世一代の初舞台です。
わては背筋を伸ばして襟を正して深く深呼吸を整えて、我が愛しのミー様の汚れのない美しい瞳をじっと見つめてガン見して告白タイムに突入しました。ミーさんも目の前で真剣な顔をしているわてを見据えて、少々緊張気味な面持ちになっています。
「ミーさん、初めてお会いした時から決めていました。わてはミーさんが好きです。お付き合いして下さい。どうかよろしくお願い致します。」
わては顔を赤くしながらも、深々と頭を下げてミーさんに告白しました。
「ちょっと待ったぁー!」
どこからともなくオス猫のちょっと待ったコールが響き渡りました。
なんてこった。想定外のライバル登場や。わては激しく動揺しました。
「ヒロシやん!」
なんやと!突如現れたちょっと待った猫は、夢劇場に出てきたヒロシでした。ミーさんは驚きながらもヒロシに駆け寄って行きました。
「ミー、俺にはお前が必要や。やっぱ好っきやねん。」
「アホ、なんで今さらそないなこと云うねん。ヒロシのアホ……」
ミーさんはヒロシにすがりついて泣いてます。わては目の前の出来事が理解出来ずに困惑してます。
ヒロシはよくよく見ると、昨夜わてに寝床を教えてくれたあの紳士なイケメンでした。夢劇場のヒロシとも同一猫で間違いないようです。少し軽そうなチャラいイケメンです。
なにやら訳ありなミーさんとヒロシですが、このままおめおめと引き下がる訳には参りません。わてのミーさんに対する気持ちはそんな生半可な中途半端なもんやおまへん。わては気を取り直して再度、ミーさんの元へと歩み寄りました。
「ミーさん、わてはあなたを本気で好きになりました。わてはあきらめまへん。お願いします。」
わては改めてミーさんの前でお辞儀して右の前足を差し出しました。
ヒロシも負けていません。わてと同様にミーさんの前でお辞儀して右の前足を差し出してます。
「ミー、俺もお前が好きや。もう一度やり直そう。お願いします。」
一匹の美しいメスを巡る命がけの二匹のオスの戦いは、今正に佳境を迎えています。必死のぱっちの二匹の求愛にミーさんも随分と悩ましい表情を浮かべています。しかしミーさんはついに答えを出しました。
ミーさんはわての前に立ちました。わては「おおー、」と一瞬テンションが爆上がりしました。が次の瞬間全てが破壊されました。
「ごめんなさい。」
ミーさんが選んだ生涯の伴侶はヒロシでした。
「うちもヒロシやないとあかん。うちを嫁にして。お願いします。」
ミーさんは幸せそうな穏やかな表情でヒロシに抱かれています。
わてはこの場に相応しくない実に場違いな存在である事に気が付きましたので、黙ってここから静かに立ち去ろうとしました。そんなわてにミーさんとヒロシがお声を掛けて下さいました。
「ボンちゃん、ごめんね。ボンちゃんまだ若いし、大人になったらむっちゃカッコいいオスになるで。これから素敵なメスと出会えるよ。頑張ってね。」
「ボン君。俺、ミーを幸せにするで。約束する。君も頑張りや。」
わてはお二方から優しくお声掛けして頂き、思わず泣いてもうた。
「ボンちゃん泣き虫やなぁ。性格がむっちゃ優しいんやろね。」
わてはぐすぐす泣いてばかりで、まともに声がでまへん。けどやっとこさ最後の挨拶だけはしました。
「ミーさん、ヒロシさん。短い間でしたけどお世話になりました。どうかお幸せに。ほな、行きます。さいなら。」
これっきり、これっきりもう、これっきりでっかー。
これっきり、これっきりもう、これっきりでっかー。
街の灯りが映し出すあなたの中の見知らぬ猫。
わては少し遅れながら、あなたの後ろ歩いていました。
これっきり、これっきりもう、これっきりでっかー。
これっきり、これっきりもう、これっきりでっかー。
国道2号線駆け寄ったなら、今も川が見えますやろか?
ここは淀川。
話しかけても気付かずに、ちっさいアクビ重ねる猫。
わては熱いチュールティーで胸まで焼けてしもうたようです。
これっきり、これっきりもう、これっきりでっかー。
これっきり、これっきりもう、これっきりでっかー。
あなたの心横切ったなら、汐の香りまだするやろか?
ここは淀川。
一緒にいても心だけ一匹勝手に旅立つ猫。わてはいつも置いてけぼり。
あなたに今日は聞きたいんですわ。
これっきり、これっきりもう、これっきりでっかー。
これっきり、これっきりもう、これっきりでっかー。
そう言いながら今日もわては、波のように抱かれるんちゃうかな。
ここは淀川。