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【連載小説】恥知らず    第10話『史上最大の修羅場 後編』


「あのなぁ、フユピーに助けて欲しいんやけど…ええかな?」
「ん?何を?」
「元彼の奥さんから請求されてる慰謝料の支払いがキツいねん。なんぼ働いても追っつかんわぁ……」
「で?俺にどないせぇと仰るん?」
「500万貸して!」
「はぁ?アホなこと言うたらあきまへんわ。そんな大金あるわけないやん。」
半裸のマイはマルボロを深々と吹かして、吹き出物だらけの汚い尻をボリボリ搔きむしりながら「ブハっ」と大なる放屁をかました。マイの屁は硫黄とサリンガスの混合気体の如き極めて有害な異臭と毒素を含んでおり、著しく殺傷能力の高い生物兵器と称されても過言ではなかった。
一体どんな食生活をしてるんや、と思わずにはいられなかった。
「うち知ってんやで。フユピーが金持ちのババアと付き合ってんの。」
は?そんな個人情報をどこで入手したんや??困惑する俺を尻目にマイは更に続けた。
「六麓荘に住んでる未亡人やろ、そのババア。隠してもあかんで。」
マイが足繁く通うホストクラブで、豪遊するエツコを偶然目撃したとの事。泥酔したエツコが赤裸々に俺との交際を口外していたので、気になったマイが極秘でエツコの身辺調査を行ったところ詳細が判明したらしい。
マイはご丁寧にも興信所の調査報告書を、水戸黄門の印籠の如くドヤ顔で俺に突き付けた。
俺は観念して未亡人・エツコとの交際を洗いざらい白状した。
「あのババアって本も出してるし、サンテレビの経済番組に出た事あるらしいなぁ。結構名の知れた実業家なんやな。」
「はぁ……よう調べたな。感心するわ。」
「SNSに実名入りで拡散したらおもろい事になるやろなぁ?なあ、フユピー!」
「え?!ちょい待ちぃな……それだけはやめてくれ……」
「ほな、500万プリーズ!!ババアに貢がせたらええやん。」
見事にしてやられた。マイがここまで貪欲でがめつい女やったとは……
マイは一見能天気なアホ面を晒しているが、実に腹黒く計算高い本性を隠し持っていたのだ。俺は不覚にもマイを見くびり過ぎていた。
マイの恐喝まがいの依頼を俺は泣く泣く承諾する事となった。

ー日曜日の早朝ー

嫉妬深いDV男・スエキチに問答無用で呼び出され身の危険を察知したマイは、深夜にも関わらずそそくさと帰っていった。
さて、本来ならば日曜はヤリマン女子大生・大塚ミホとの面談日なのだが、暴行による負傷で身体が思うように動かぬ事情も相まって、ミホとの面談はキャンセルする事とした。
ミホにしてみれば俺を含めて10名以上の男と同時進行で付き合っている程の多忙を極めている。その内の1名欠員が生じても支障はないだろう。
俺自身、休日を1人でゆっくり過ごすのも良かろう。ただひたすらに欲望の赴くままに全力疾走してきたから、ここらで小休止して英気を養うのも全然ありや。
しかし日曜だと云うにも関わらず、最前からひっきりなしにLINEやメールの着信が後を絶たない。

マイ  「500万、出来たら今週中にお願いしまーす!」
ユミ  「フユヒコくん、ケガは大丈夫?ゆっくり休んで明日会社で会おうね。」
ルミ  「つわりが酷くて仕事になりません。休職中の生活費を工面して下さい。あんたの子やからイヤとは言わさへんで。覚悟しいや。」
兄貴  「いつ頃実家に戻れるか、また改めて話しよう。」
波平  「始末書の提出を大至急。」
チエ  「今週の水曜は予定変わって旦那の出張なくなったから、ウチに来たらあかんで。次来るんは来週の水曜やで。」
エツコ 「フユヒコちゃん、イギリス留学の件を真剣に考えてね。」
ミホ  「デートのキャンセル了解。今日は所用で姫路に行きます。」
ケイコ 「お疲れ様です。明日、両親がうちに来ます。結婚を前提に付き合ってるって云うてるからフユヒコに会いたいって。明日必ず来てね。待ってる。」
スエキチ「前略、ムチ打ちの症状が見受けられましたので、然るべき診察を受けました。先だって診断書をPDFで送信しますので、ご確認下さい。付きましては治療費を下記振込先に早急に振り込んで下さい。何卒よろしくお願い致します。」

完全に詰んでもうた……僕にはどうにもお手上げさ♪(by禁猟区:郷ひろみ)
先日夢枕に現れた俺のそっくりさんのお告げが改めて思い起こされた。
いよいよ俺も年貢の納め時なのか。
いっその事、行方をくらませて見知らぬ土地へ逃亡してまうかと真剣に考えていた。
再び兄・ナツヒコから緊急メールが届いた。
「おい、例のヤリマン女子大生が来よったぞ。ええ加減どないかせぇよ!」
事態が逼迫しているのが十分伝わってきた。兄上はすこぶるご立腹の模様。

俺が途方に暮れているところへ、思わぬ来客があった。
インターフォンのモニターに映し出されている人物に絶句した。
なぜか月曜担当のアラサ―婚活ナース・山内ケイコの姿がそこにあった。
「おはよう。突然お邪魔してゴメンね。ちょっとだけいい?」
ええ訳ないやろ!と言いたかったが、下手に逆らうとややこしいので不本意ながらもケイコの訪問をしぶしぶ受け入れた。
ケイコは両手に缶ビールと缶チューハイとカップの焼酎がこれでもかとギューギューに詰め込まれたコンビニの袋をぶら下げて意気揚々と俺の部屋にづかづか上り込んだ。
「こんな朝早よからどないしたん?」
ケイコはここに来るまでに既に一杯引っ掛けてきたのか酒臭い息をプハーと吹き掛け、だらしなくよだれを垂らして狂った犬のような表情を俺に向け、俺に擦り寄って股間をまさぐってきた。
「うちらもうじき結婚するもんねぇ…親も喜んでるわぁ…なあ、今日休みやろ?一緒に飲も!」
この女は完全に狂っている。目の前に立ちはだかる狂人の姿に俺は言い知れぬ恐怖を感じていた。
第一、俺はお前と結婚する等と口にした事は、今の一度も憶えがない。
故に何故そのような自己中心的な発想に至るんや?
ケイコは徐に自分のスマホの画面を俺に見せた。画面に映し出されているメールの文面に俺は目を疑った。メールは二日前に俺がケイコに送信した物だった。
「ケイコ、今まで待たせてすまなかった。結婚しよう。俺の嫁になって下さい。よろしくお願い致します。」
一体どういうことなんや?こんなメールを送信した憶えはない。俺は何者かの陰謀に嵌められたようだ。八方塞がりの四面楚歌とは正にこの様な状態を称するのであろう。
すっかり発情したケイコに有無を言わさず押し倒され衣服をむしり取られた俺は、強姦される恐怖に怯えて諤々ブルブルと小動物のように震えていた。
「フユヒコ、嬉しいわぁ。うちら幸せになろうねぇ。」
俺はただひたすらに、不幸のどん底に叩き落された心持ちだった。

「メールで伝えたように、明日うちの親が来んねん。一緒に食事行こかぁ云うてるわぁ。近々にフユヒコの実家にも挨拶行こうねぇ~。」
ケイコは缶ビールをぐびぐびと飲み干しながら、俺にも無理やり缶ビールを注いで終始上機嫌だった。
俺はもはや抵抗する気力を失い、廃人の如くしなびてひれ伏していた。
俺の脳内では既に何かが壊れ始めていた。不完全な良心回路はプロフェッサーギルの悪魔の笛に屈服して制御不能な状態に陥っていた。
こうして貴重な休日は、狂人と化したケイコの暴走に蹂躙されるがままに、無情に過ぎていった。

夜も更けて、さんざん己の欲望を撒き散らして気が済んだケイコがようやく帰っていった。
山積した劣悪で膨大な諸問題に真摯に対応する気は微塵もなかった。
如何にして逃亡するかで頭を悩ませていた。
ほっと一息ついてぼちぼち寝るかと思っていた矢先、またもや悪魔の如き非常招集のメールが来た。暴君ルミからのメールだ。
「今すぐ来い!流産しそうでヤバい。鈴蘭台の〇〇産婦人科で待ってる。」
日中嫌と云う程ケイコから大量のアルコールを注入されて、数時間経過しているとは云え完全にアルコールが抜けていない状態で、尚且つ時計を見ると既に終電も過ぎていたので、俺は丁重にお断りした。しかし暴君は許さなかった。
「なめとんか、われ。車で来れるやろ。云う事聞かんかったらどないなるかわかってるやろな?速攻でうちの舎弟に襲わせるぞ。」
先日の暴漢はやはりルミが差し向けた物だった。既にぶっ壊れていた俺は、暴君の命令におとなしく従う事にした。
「かしこまりました。直ちに向かいます。お待ち下さいませ。」
「最初からそう云わんかい、どあほ!」
俺は自分の車で神戸市北区鈴蘭台まで向かう事にした。
今考えると、なぜタクシーで行くという発想にならんかったのか?
ぶっ壊れていた俺は、正常な判断力を完璧に喪失していたのだろう。
鈴蘭台へ赴くには有馬街道と称するカーブが多い峠道を通らねばならない。ましてや深夜で周囲は暗く、尚且つ俺の体内にはアルコールが残っている極めてリスクの高い状態なので少しばかり想像力を膨らませたならばどのような惨劇が待ち受けているか、まともな人間ならおおよそ見当が付く筈だった。
そして待ち受けていた惨劇は見事的中した。
俺はカーブを曲がり切れずガードレールを突き破って谷底へ、まっさかさまに堕ちてデザイアー♪(by DESIRE-情熱-:中森明菜)あえなく撃沈。

おらは死んじまっただ、おらは死んじまっただ、おらは死んじまっただぁ、天国へ行っただぁ~おらが死んだのは、酔っ払い運転で、ギャー

俺は永久に逃亡する事が出来た。めでたし、めでたし。


                   つづく










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