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努力の証明
「お前は努力が足りない」
「怠惰だから結果が出ない」
努力しているというのは証明しにくい、見る人の主観に依存するし、そもそも定義が曖昧だからだ。
努力している証拠が提示出来ないのなら、その人は努力していない…という結論にどうしてもなりがちだ。
これは《悪魔の証明》という。
ある一方の主張が証明出来ないので、それを否定する主張が正当化される。
例えば、幽霊がいることは証明できない。ゆえに幽霊はいない、迷信という主張が通る。
逆にいないという主張をしても、完全にいないと証明する証拠がないため、《幽霊は存在する》というもう片方の主張が通る。
証明が不可能な主張を立証責任を持つ者に求めることで、議論が進まなくなる。
努力もそうだ。
しかしもしかしたら、努力を《していない》事なら立証出来るかもしれない。
まず《努力していない》定義を問う。
「お前は宿題をやっていない」というようなことを言われるとする。
《宿題をやらない》という不正解を避ければいいだけなので、定義も分かりやすい。
《これをやっていなければ怠慢》という確たる証拠だ。
それでも結果が出るかどうかは分からない。
宿題をしてもテストで高得点を取れるかはまた別だ。
頭に入っていなかったり、忘れていたりすることもあるだろう。
ここで努力と結果を結び付けるからおかしなことになる。
「一応宿題には取り組みましたけど…」
「自主学習もしないから悪い!」
努力を《している》ことを証明するのは難しい。
さきほども書いたが、不正解は定義しやすい。ネガティブリスト方式というやつだ。
しかしポジティブリスト方式で表すと、無限に選択肢が生まれる。
「字を綺麗に書くにはクルトガ使っちゃダメなのね…」
「同級生はこれくらいやってる」
「東大生は塾に通っているのか」
「イチローはこのトレーニングやってるな」
「メイウェザーは他の人が休んでいる間も鍛錬している」
「ロマチェンコは独特な練習法をしている」
「戦時中の兵士は睡眠時間も削って空手してるのか」
……。
時間、内容、考え方、食事…
ひと通り真似はした。
でも結果は出ない。
もっと頑張らなきゃ…。
「努力不足なんだ」
もっと練習がハードになる。ひとことで言うなら際限が無くなるのだ。
最終的には「24時間努力できますか!?」になる。
間違いなく身体を壊すだろう。
《努力不足》
それを言っていいのはその人の生活…いや、人生を全て見ている人だけだろう。
なので《これをやれば大体出来るようになる》ではなく、《これをやっていないと》という最低限のタスクを設定するだけでいいと思う。
それすら曖昧なら、努力不足なんて絶対言っちゃダメだ。ただの説明不足であり、自己満足の感情をぶつけて優越感に浸っているだけだ。
《これをやれば》だと、結局出口のないトンネルを走り続けることになる。しんどいし、そこまで追い詰められて結果が出ないなら多分向いてない。
努力と結果は結びつかないから。
鉄拳の場合
ポジティブリスト方式の努力だと
・出来るまでひたすらランクマッチ。それで弱いなら努力不足
・気付いたことはひたすらメモする
・対戦動画を見直す
ネガティブリスト方式だと
・鉄拳をしない日があるなら努力不足
・毎日10分間の投げ抜け練習をしないと努力不足。毎日やらないといけないけど、10分だけでいい
・毎日YouTubeで見たコンボを10分間練習しないなら努力不足。できる範囲のコンボでいいが、毎日かつ10分キッチリやること。
仕事の場合
ポジティブリスト方式
・ひたすらメモ。それで出来ないなら努力不足
・家に帰って復習。それで出来ないなら努力不足
・頭の中でイメトレ。それでできない?なんで??
ネガティブリスト方式
・1ヶ月間で10回以上かつ30分以上寝坊による遅刻をしたら努力不足と見なし解雇
・休憩時間でもないのに1時間以上突っ立っていたら努力不足と見なし解雇
・1週間以上期間を空けずに、500時間勤務で無理なら向いていないので解雇