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欲求段階に応じたファッションにおける意味的価値

1.はじめに

マーケティング理論ではコモディティ化(市場で製品・サービスの差別化がなされない状態)の進行への対抗措置として意味的価値の創出に注目が集まっている。
本稿ではマーケティング論における「意味的価値」(感覚的価値)の概念を用いてファッションにおける価値についてマズローの欲求段階説を絡めながら考察する。

2.顧客価値の種類

マーケティング理論では、企業が顧客に製品・サービスを提供し、顧客が認める価値を顧客価値と呼ぶ。

顧客価値には機能的価値と意味的価値の2種類がある。

🔳機能的価値:製品やサービスの基本的価値

🔳意味的価値:顧客の主観的な意味づけによって決まる価値。

意味的価値には自己表現価値とこだわり価値の2種類がある。

🔳自己表現価値:他者に対して自分を表現したり誇示できることに関する価値。

🔳こだわり価値:顧客の特別な思い入れによって評価される価値。

3.ファッションにおける意味的価値

(1)自己表現価値
アパレル商品はまさに自己表現価値を体現する商品である。
自己表現という言葉の通り、服を纏うことで自分の性格や価値観、嗜好といった「自分らしさ」を表現することができる。
白シャツにチノパンというシンプルなコーディネートであれば優しい性格を演出できるし、ジャケットスタイルは知的でクールな印象を与える。バンTを着ている人ならバンドが、アニメキャラクターがプリントされたTシャツを着ている人ならアニメが好きなことがファッションから伺える。ファッションをコミュニケーションと捉えるのがファッションで個性を表現する人たちである。

また特に高価なブランド品や高級車も自己表現価値が高い商品として例に挙がる。こういったケースは顕示的消費の意味合いが強い。

顕示的消費(けんじてきしょうひ)
必要性や実用的な価値だけでなく、それによって得られる周囲からの羨望(せんぼう)のまなざして行う消費行動。誇示的消費、衒示(げんじ)的消費、ブランド消費ともいう。

日本大百科全書

大衆に嫉妬心を抱かせるために高価な装飾品を身に着けることが顕示的消費である。

また恋愛対象の歓心を買うために”モテる”服を買う、所謂”モテファッション”も自己表現の手段に含まれる。

むしろアパレル商品に自己表現価値を見出すのは”モテるため”という動機が大半であろう。ファッション系Youtuberの大半がモテファッションについて取り上げているのは、それだけモテのためにアパレル商品を買う人が多く、需要が高いからである。

以上ファッションに自己表現価値を求める人たちの目的は個性の表現顕示的消費モテファッションの3種類に大別できる。

(2)こだわり価値
ファッションにおけるこだわり価値は服のデザインや着心地、服の持つストーリーやバックボーンといった服に対する純粋な愛着であり、そこに他者の目線は介在しない。
購買意思決定においても自身の価値観や感性が絶対的基準となっているため周囲の環境や文化にそこまで影響されないだろう。

4.意味的価値と欲求段階説

本章ではファッションにおいて意味的価値が人間のどのような欲求を充足できるのかについて検討する。
欲求の種類を説明するためにマズローの欲求段階説を用いる。

欲求段階説(よっきゅうだんかいせつ)
人間の発達と可能性の探究を目標として A.H.マズローが提唱した欲求,動機づけ理論。彼は人間の欲求構造を基礎的段階から順に次の5段階をなすと説明した。 (1) 生活維持の欲求 (生理的欲求) ,(2) 安定と安全の欲求,(3) 社会的欲求 (集団的欲求,所属欲求,親和欲求) ,(4) 自我の欲求 (人格的欲求,自主性の欲求,尊敬の欲求) ,(5) 自己実現の欲求。 (1) ~ (4) の欲求については,下位の欲求が充足されると次の欲求が高まるが,最高位の (5) の自己実現の欲求は完全に充足されることがなく,引続いて欲求が喚起され,行動の動機づけとなり,高い勤労意欲が誘発されるとする。

ブリタニカ国際大百科辞典

ファッションが充足可能な欲求は何だろうか。

日本はGDP世界第4位の経済大国であり、インフラの整備水準は国際的に見ても屈指である。故に貧困線(可処分所得の中央値の半分)を下回る所得水準でなければ⑴生活維持の欲求や⑵安定と安全の欲求が脅かされることはない。

⑶社会的欲求は身の回りの人間やコミュニティ(家族や友人、会社)から受け入れられたい、帰属することで精神的に満たされたいという欲求であり、これはファッションによって充足できる範囲は超えているだろう。(社会的欲求が満たされずにファッションを楽しむことはできない。)

承認欲求とは「他者から認められたい」と願う欲求である。
高位と低位の2種類に分類される。
・高位の承認欲求とは「自分に自信を持ちたい」、「技術や能力を習得して自分自身を高く評価したい」と願う欲求である。
・低位の承認欲求とは「他者から注目されたい」「認められたい」「褒められたい」と願う欲求である。

自己実現の欲求とは「自分が満足できる自分になりたい」と願う欲求であり、5段階欲求の最上位に位置している。
生理的欲求~承認欲求の4つの欲求階層を満たしていなければ、満たせない欲求である。

意味的価値(自己表現価値とこだわり価値)をこの2つの高次の欲求に当てはめてみる。

ファッションに自己表現価値を見出す人は購買意思決定に流行や他者の視点が大きく影響を及ぼしており、ファッションを通じて「他人との差別化を図りたい。」「他人より優れていることを見せびらかしたい。」あるいは「恋愛対象からモテたい。」というように総じて承認欲求に起因する。

ファッションにこだわり価値を見出す人の動機は「自分の世界観を実現したい。」「自分の心を豊かにする服を着たい」「「理想の自分になりたい」等自己実現の欲求と密接に結びついている。ファッションにこだわり価値を見出すのは真の服好きと言えるかもしれない。

顧客価値と欲求段階説の対応関係を以下に図式化してみた。

顧客価値と欲求段階説

5.考察

今回はファッションにおける顧客価値を分類し、マズローの欲求段階説との対応関係をまとめた。
自己表現価値承認欲求と、こだわり価値自己実現の欲求と密接に関係しており、マズローの欲求段階説によると承認欲求が相対的に低次、自己実現の欲求は高次の欲求であり、承認欲求が満たされていない個人はファッションに自己表現価値を見出す一方、承認欲求は満たされているが、自己実現の欲求の欠乏状態にある個人はファッションにこだわり価値を見出すものだと考える。

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