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小説『失恋を経て』
それはそれは。
遠い昔のこと。
私にとって「恋」というものが、とても大切なものだったことを覚えています。
なぜなら。
今の私が生きているのは、「恋」という衝撃が心を壊したからなのです。
分かりやすく言うと、失恋したからです。
おかしな考えかもしれませんが、私は「恋」というものを「一人の人間が成長するために経験するもの」だと考えています。
けして、恋を成就させるだとか、肉体関係を持つことが全てではないと思うのです。
どうして、私がこのような考えに至ったのか。
それはきっと、私があの失恋を拗らせているだけなのかもしれないですが。
けれど。
それだけじゃないと、今でも信じています。
だから、今はまだ考えを曲げないでしょう。
幼い頃。
私はある一人の人間に恋をしました。
その人間のことを、詳しく語る必要なんてないでしょう。
今になって思うと「ただ近くにいただけの異性」だったのだろうとすら思います。
ともかく、私は恋をしました。
当時魅力的に想った、あの人に。
良くも悪くも、「恋」というものは人間を変えていきます。
積極的にその人へ言い寄りました。
付き合うために、行動を起こしました。
そして。
立派な人間になろうと、生きていました。
愚かしくも、それが全てその人のためになると信じていました。
それが全て迷惑だと気づいた時には、既に全て終わってしまっていました。
告白を経験した私の心は、崩れ落ちていたのです。
「何故?」
「どうして?」
私の心を突き刺すように、苦々しいサイダーが染み渡りました。
貴方の想像より、痛かったと思います。
そんな夏を得て、私は変わりました。
新学期。
あれだけ嫌がっていた眼鏡をかけるようになりました。
絶望を知った目は黒く濁ってしまいました。
それでも、死ぬことを考えることはありませんでした。
恋に破れても、幸せに生きることを諦めたくなかったというのもありましたが。
恋以外に、縋るものを知っていたからです。
「僕の投稿してるサイトはpixivって言うんだけど、ここに作品を投稿してみるといいよ!」
あの日、運命的に続けていたものが私を支えてくれたのでしょうか。
私は、前を見据え。
生涯を書くことに捧げると決めました。
己の苦痛を。
幸せを。
考えを。
口で主張できないことを、全て吐き出すように。
詩でも、小説でも、なんなら雑記でもよかったのです。
ただ、手頃な武器が詩だったのです。
そういえば、この頃からでした。
「変わったね」
そんなことを、言われるようになったのは。
私は恋をするあまり、大切なものを忘れていただけだったのです。
きっと。
それに気づいただけなのです。
「自分らしく生きること」
初めて出来た、自我の欠片が訴えます。
他ならぬその目標こそが、私に必要なものだったのかのように。
決断は、やがて行動を生みました。
(……さようなら。)
如何に身勝手な事だったでしょう。
私はもう、その人に口を開くことはない。
貴方の目を見ることもない。
冬が来ました。
変わらず眼鏡をかけて。
ある日入ったブティックで、心底気に入った黒のコートに身を包む私は。
誰かの声を聞いたのです。
それは、忌むべき過去からの声であるような気がしました。
「……変わりすぎでしょ。」
知ったことか。
私は、「本当の私」を知らなかっただけなんだ。
失恋で壊れた心。
私にとって。
浮かれるような、春が終わったから。
芽吹いた自我が、花開いたのだと思います。
失恋の衝撃がなければ、強い自我なんて芽生えもしなかったでしょう。
しっかりフってくれたこと以外に、感謝をすることはないでしょうが。
どうか件のその人が、幸福に生きていることを願うばかりです。
そこから、あまりにも遠い今。
お風呂から上がり、化粧水から乳液と、順番に肌を保湿して。
ネックレス入れに、目をやって。
「明日はどの色のネックレスを付けていこうかな?」
そんな想像をしながら、暖かい布団で眠りにつく私の姿がありました。
一見してみると、幸せそうだと思います。
ですが。
一度受けた傷は消えることはありません。
眠る前に、心が壊れたあの日を思い出すこともあります。
それでも。
私は生きています。
それはそれは、酷く幸せそうに。
きっと。
貴方が知るよしもないくらい。
恋よりも。
大切なものを、大事そうに抱えながら。
生きているのです。